「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
迫り来るグリーン・・・・・・常陸の湯


脱衣場より廊下越しに撮影。背後に池の東屋、その右で光っているのがゴルフ場の芝生。

 温泉巡りをする者にとって、常磐〜阿武隈山塊方面は楽しいのか楽しくないのか分からないむつかしさがある。

 あちらが地味な鉱泉の宝庫であることはこれまでに何度も書いた。なぜこの地方に今なお数多くの鉱泉宿が点在するのかは、地質的な要因もあるのだろうが、つまるところ「農閑期の湯治」がそこに文化として近年まで根付いていたからではないのかな〜、なんて勝手に愚考している。実際鉱泉水が湧き出してるところは日本国中無数にあるわけで、それが利用されているかいないか、ってコトだ。

 例えばおれの郷里である大阪の南河内。その南端は河内長野市というが、ここは温泉・鉱泉に乏しい大阪にあって、それでもかつては錦渓温泉・汐ノ宮温泉等々の鉱泉があった。しかし、最近の掘っ立て施設を除いて考えると、宿として現存するのは長野温泉・天見温泉くらいのもんだ。汐ノ宮は戦前に一種のリゾート地として栄えたのだそうだが、長らく煙突だけが残った荒地になっていた。今は温泉水を利用した病院になっている。
 余談だがここ以外にも汐滝・小塩といった「汐」のつく地名は、どれも鉱泉の湧出地であるらしい(※)。地名になるくらいだからその鉱泉水がかつて利用されたことは容易に伺えるのだが、鉱泉宿としては発達しなかったり、温泉ブームのはるか以前に消滅してしまっている。
 ※:http://www.osakasayama-family.com/rekisi6shuuryou.htmlより

 北摂なんてーのもそうで、阪神大震災前に群発地震が起きた猪名川水系には鉱泉の湧出ポイントがいくつもあると聞いたことがある。大阪随一の奇湯「山空海温泉」はそのような源泉を活用して近年にできた湯治場だが、そんなのは珍しい例で、多くは未利用のまま、またかつて野に埋もれて平々凡々とあった鉱泉宿にも、すでになくなったところが目立つ。

 とはいえこちらも安閑とはしておれない。この常磐方面でも、というか、だからこそ、というか消滅した鉱泉宿は分母が多いだけに枚挙にいとまがない。行ってみると跡形もなくなっていた、ってこともある。そんな時はものすごく悲しい一方、奇蹟的に古風な佇まいを残しているのに遭遇すると歓喜雀躍することもあるワケで、なんともフクザツ。だから「むつかしい」のだ。

 水戸ICを出てすぐのところにある、「常陸の湯」はそんな中でも特に、佇まいと置かれた現状のギャップが象徴的なところだろう。何せ目の前が「水戸ゴルフクラブ」といって、Gという外資傘下のゴルフ場のコースなのだから。「目の前」は比喩ではないよ。ホント、目の前。

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 春の一日、ずいぶん早くに訪れたおれたちは、最初道を間違えてクラブハウスの前まで行ってしまった。駐車場はすでにクルマがギッシリで、ひきも切らず電動カートが出発して行く。ゴルフ場の朝はもっと早いのだ。来訪客と間違えて挨拶するスタッフを尻目に車寄せをグルッと回って脱出。誰が一家総出でゴルフ場に来るねん?
 一筋手前、まさか、と思うほど狭い道を下ってすぐのところに目指す場所はあった。道に松の巨木が突き出してルーフキャリアが当たってしまうのを何とか転回してようやく駐車。小さな鳥居と祠があって、その脇では源泉らしき泉が大事に囲われていた。

 浴舎と細い渡り廊下でつながる雨戸の閉ざされたトタン葺きの離れ、さらにそこに続くモルタル2階建ての建物は宿泊室だろうか。裏手はおそらく自宅で、さらに別の離れがあったりするので意外に全体としては大きい。あ、なんだ〜。さっきのゴルフ場に入る道からも入れたんだ、と今頃になって気づく。それらに面して前は小さな鯉の池、真ん中が東屋のある島になっているのが何ともレトロ・・・・・・と、ここまでは良い。

 池を挟んで向うがいきなりゴルフコース!!芝生の青さが美しい、ってか?(笑)。見ている目の前を頻繁にグループが通り過ぎていく。東屋のイスの下にあった網は池に落ちたボールを拾うためのものなのだろう。ともあれ、僅か10mほどの距離を挟んで全く違う世界が広がっている。この落差は何なんだよ〜っ!?どだい浴室の脱衣場まで全部ガラス戸で、外から筒抜けに丸見えやんけ。

 そのうちバーサンが出てきて離れの雨戸を開け放し始めた。そこが休憩室になっており、勝手に早く到着したのはおれたちなのに、風呂にまだ湯が一杯になってないことを詫びながら、茶でも飲んで待っててくれと言う。入ると何ともシブい調度類。紺地に白の水玉模様の湯呑みとアルマイトのペナペナの灰皿は、こ〜ゆ〜場所のマストアイテムだな。何に使うものか分からないけれど、チラシを折ったモノがきちんと並べて何枚もティッシュの空き箱に入れてあるのと、TVの横にボトルキープらしき名札の掛かった焼酎があるのが面白い。近在の年寄りの浴客でそれなりに賑わっているのだろう。渋茶が美味い。

 しばし待つうち、湯が一杯になったという。脱衣場が男女別に別れているだけで、浴室は混浴。石造りの八角形の湯船が1つ、中央にデーンとあるのがちょっと変わった感じ。改装されたのか外観より中が新しい。湯はあまりクセのない無色透明無味無臭だが、ま、おれは「泉質なんてどーでもいい派」なので、この佇まいだけで十分。しっかしさっきの道に突き出してた松の巨木、あれってこの浴室の壁の下から生えてたんだ!?(笑)。
 上がると、相変わらずすぐ向うをゴルフ客が歩いていくのが見える。ヘタクソが大振りしたら飛び込んできかねない近さだ。マンレイだったっけ、ハダカのネーチャンとシルクハットにフロックコートでステッキを持ったオッサンが並んでる写真を、おれはなんだか思い出した。

 再び休憩室でゴロゴロしてるとバーサンがやってきて盛んに話し掛ける。退屈なのかも知れない。

 -------お客さん、どちらからですか?
 -------東京からです。
 -------は〜、関西の方ですよねぇ?
 -------はい、ま、転勤でこっちにきまして(そりゃ〜この話し方で東京産まれは絶対あらへんで)。
 -------関西ってばアタシ、一昨年ですかねぇ、京都に旅行に行ったんですよ。
 -------ほぉ。
 -------そうしたらもう、ご飯の味付けが薄くて薄くて、全然口に合いませんでした。
 -------あ〜、ま〜、こっちは醤油や味噌でシッカリ味付けますからねぇ。
 -------こっちに来て、食べ物で苦労されません?
 -------いえ〜、全然。いや、ホントに薄味なのは京都の懐石とかだけで、普段はあんなに薄味ちゃいますしね。納豆だって大好物です。
 -------あらま!アタシ実は納豆あまり好きぢゃ〜なくて、食べるのは年に一回くらいのもんです。
 -------あ、そうなんですか!?

 ベタベタの大阪人であるおれがタコ焼嫌いなように、水戸の人にも納豆嫌いはいるのだ。

 おれたちはその日、バーサンに教わった通りの道順で偕楽園の桜山を見物し、「干し大根のパリパリした感じがあってこれなら食べれる」とオススメの「そぼろ納豆」っちゅうのを土産に買って帰った。いい、一日だった。

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 ちなみにこのそぼろ納豆、お味の方はというと、おれはなかなか気に入った。ご飯にも合うし、酒にも納豆そのままより食感・味にひねりあってよく合う気がする。しかし、無類の納豆好きである上の子に言わせると「臭みが足りなくて物足りない」そうである。

 水戸に行かれた方はぜひどうぞ。


方角的に言うと、グリーンはこの画面左になります。

2006.04.18
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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