「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
水没温泉・・・・・・加賀井温泉「一陽館」


季節外れの豪雨の中、池のようになった露天風呂より走って来るオッサンたち(笑)。
柱の右の女性は今回のメンバーの一人、Hちゃん(超美人)右端はHer/L/Bちゃん。これまた説明不要の超美人。

 ------あと30分だよ!30分!30分もしたら水に浸かっちまう。そうなったらもう、ミソもクソもいっしょだぁ〜!

 癇に障る大きな声でそう騒ぎながら内湯に入ってきたのは、チビで貧相、ハゲのクセに天然パーマの、色白で吊り目のオヤジだった。典型的なモテない系で、その自覚と劣等感ゆえ、人目を引くためのウケ狙いで異常に露悪的に騒いで、却って周囲をサムくさせるタイプだと一目で分かる。テムパリ〜電波系オヤヂには、えてしてこぉゆう外見の人が多いような気がするのは気のせいだろうか。

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 篠つく大雨に煙る風景の中、周囲から取り残されたように加賀井温泉「一陽館」は、去年の初夏に来た時と変わらぬ古色蒼然とした佇まいで建っていた。
 加賀井、とは古い地名で、地図上ではすでに消滅してしまっており、今は松代温泉と呼んだ方が分かりやすい。ただ、長野市の在の人に言わせると、加賀井はまだこの辺では普通に通じるようで、「あ〜、あそこにはとっても美味しいウナギの白焼きを売ってる頑固親父の店があったのよ〜」などと教わった。

 頑固ということではここも負けてはいない。未だに旧地名にこだわり続け、残念ながら宿泊は止めてしまったようだが、建物のリニューアルも行わずにボロボロのまま、湯治のための湯として悄然と住宅地の外れに残り続ける。浴舎の前後に2ヶ所の湯井があって、大量の鉄分とカルシウム、塩分に炭酸を含んだ濃厚な湯が音を立てて噴き出しているが、実際は周囲の到るところが源泉地帯のようで、地面は一面析出物で錆色に染まり、側溝にも褐色の温泉水がダバダバ流れる。

 昔の公民館のような外観の内湯は真ん中で男女別に仕切られており、細長い湯船とそれに沿った脱衣棚が並ぶだけで洗い場はない。これまた古い形式と言える。そもそもこんな湯では石鹸を泡立てることも不可能だろうが・・・・・・。湯船も析出物でゴテゴテに固まって本来の面積より一回り小さくなっている。この濃厚さは北海道の二股ラヂウムや島根の木部谷あたりに匹敵すると思う。舐めてみると、血を思わせる金気臭さと塩辛さに泥臭さが混じったような味がした。
 中はこの雨で早々にゲレンデから下りて来たらしい連中で意外にごった返している。ま、早々に滑るのを諦めて、善光寺行って、大雪の戸隠でノンビリ手打ち蕎麦食って、そんでもってここまでやってきたおれ達も同類だな。ちなみに浴舎にくっ付いて古い駅のような休憩棟があるが、1階はすでに水浸しになっており、下駄箱の下のスノコが泥水の中で浮いていた。

 説明好きで有名な主人は、雨だけでなく融雪のために汲み上げた地下水がどんどん流れ込んできてこんなコトになってるんだ、だから役場のヤツ等を今呼びつけてるトコなんだ、という風なことをボヤいていた。見てないで汲み出せよ、経営者なら(笑)。

 晴れてたらみんなでいっしょに露天風呂に入っても良かったんだが、この雨ではどうしようもない。それでも諦めの悪いおれは念のために偵察に行った。ちなみにここの露天風呂は、内湯から再び入口を出て回り込んだところにあるのだが、すでにそこまでの通路は完全に水没し、水はひたひたと湯船に迫っていた。
 雨は冷たく激しく、湯温がそれで下がったせいか、入っても全然暖まらない。これでは気分が滅入るばっかりだ。それでもオッサンが2〜3人、ぬるま湯の中で頑張っている。

 そうして早々に内湯に戻って仕切りなおしていると、最初に叙述したオヤヂの乱入である。そういや露天の方にいたかもしれない。何度も何度も同じコトを!オマエは壊れたサンプラーか!?女湯の方からは楽しそうな声が聞こえてくる。オトコは永遠に不幸だ。あんまりにも同じネタを繰り返すのがうっとぉしくなってきて、目配せしてみんなで一斉に上がろうとすると当人に声を掛けられた。

 ------ナンだぁ〜!?ミソもクソも一緒になるって聞いて、怖気づいて退散かぁ〜?

 殺意を、覚えた。湯船の奥行きは長いが幅は狭い。湯船のヘリから蹴り入れたら十分顔面に届く距離だ。血ダルマにして叩っ込んだろか!?血の味のする湯の中へ。
 無論、もう分別と保身を覚えたおれに実際できるワケもなく、「オメェがうっとーしーから出るんだよ!」と出かかった言葉までをも呑み込んで、おれは屈辱に近い感情で黙って服を着た。同行の他のみんなも多かれ少なかれ同じ気持ちなのだろう、複雑な表情で服を着てる。

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 外に出ておれ達は女性陣が出てくるのを待った。相変わらず雨は降りつのり、ついに露天風呂は完全に水没。析出物まみれのケロリンの洗面器がプカプカ流されていく。先刻までそれでも湯船近くで漂っていたサンダルは、今は畑の真ん中まで流れていった。水面のあちこちに泡が出ているのは、温泉に含まれる炭酸が地の底から上がってきているせいだろう。地盤悪いんだろうな。
 内湯の中ではいまだ件のオヤヂが「ミソもクソもいっしょだぁ〜!」とこれ見よがしに大声を上げているのが聞こえる。もうみんな誰もがウンザリしてる、っちゅーのに。

 ------あと30分だよ!30分!30分もしたら水に浸かっちまう。そうなったらもう、ミソもクソもいっしょだぁ〜!
 ------あと30分だよ!30分!30分もしたら水に浸かっちまう。そうなったらもう、ミソもクソもいっしょだぁ〜!
 ------あと30分だよ!30分!30分もしたら水に浸かっちまう。そうなったらもう、ミソもクソもいっしょだぁ〜!
 ------あと30分だよ!30分!30分もしたら水に浸かっちまう。そうなったらもう、ミソもクソもいっしょだぁ〜!

 いや、もうすでになってるって(笑)・・・・・・クソと一緒になってるのはテメェの貧困な脳ミソぢゃねぇのか?などと心中悪態をつきながら、おれは加賀井温泉を後にしたのだった。


これは昨年入ったときの様子

2006.03.02
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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