「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
わが「オフミ」体験記

 おれは常々、温泉は佇まいが全て、だと思ってる。泉質なんてど〜でもよろし。WEB上でも泉質至上主義者をけっこう見かけるが、うるせぇよ、って思う。実にくだらない。単に変わったものを見つけたことが、自分と他人との差異だと思っている文化も何も解せぬアホだ。
 最近はワケ知り顔に「源泉掛け流しでないと本当の温泉ではない」などとヌカす源泉バカもいる。厳選バカなのかも知れない。「源泉100%・非循環」でやっていける温泉が日本に一体どれだけあるというのだ?ちったぁ考えろ!ボケ!と言いたい。

 ちょっと前に書いたように、おれはブランドやらステータスといった在所不明のものの上にふんぞり返って、エラソーな態度を取る旅館も大嫌いだが、たかが物見遊山の延長線上でしかないことなのに、無闇に高踏を気取るコイツ等も大嫌いだ。そんなに掛け流しがいいんなら、野湯だけ行ってろ!

 それでも最初にそぉゆうことを言い出した人はまぁいいや。ウソやごまかしが横行する現状へのアンチテーゼとして言いたいことはよく分かるから。問題は、その後に続くスローガンの受け売り・借り物の思想の連中だ。単なるスノッブなエピゴーネンぢゃん。自分のアタマで思考することも出来ないくせに、えらそうにしてやがる。
 例えばさ、1分間の湧出量が数リットルしかないような貧弱な源泉の鉱泉が掛け流しなんてできるかい?ガキでも分かる算術ぢゃん。それに大切にみんなで入り、慈しみ、守ってきた部分こそが「温泉」なんぢゃねぇの?「文化」なんぢゃねぇの?

 ・・・・・・ハハハ。いきなり脱線して大暴れしてしまった。タイトルのことについて書かなくては。

 人間の脳はベンリっちゅーか、勝手なもんで、不愉快な記憶は努めて忘れようとする。そんなんで、わずか6年ほど前のことなのに、だいぶ記憶は薄れて来つつある。そのまま忘却の彼方に追いやってしまうのも、生来のケチがジャマしてネタ的に惜しく、また、時間の経過がある程度やんわりと「笑い」の要素を振りかけてオブラートに包んでくれるかもしれない気がしてまとめようとしたのだった。

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 関東に越してきてまだ間もない頃、PCを購入し、さっそくプロバイダと契約したおれは、とある温泉フォーラムのようなところに入った。当時まだ、ブロードバンドは一般化しておらず、56Kbpsなんちゅ〜今からすれば信じられない貧弱な接続環境が主流。そのため、オニのようなテキストオンリーのメールのやり取りで会員は情報の交換をしていた。思えば、かつてのパソ通がインターネットにシフトして行く過程での、アダ花のような通信形態だ。

 それはともかく、あまりおれは熱心な会員ではなかった。ROM、っちゅうんですか、読むだけで発言することはあまりないし、他の会員のやり取りを読みながら、少し齟齬さえも感じていたのである。
 例えば、内輪でしか通用しないような隠語とか名づけ趣味。アレがおれは大嫌いなので、「ジモ専」とか「アビルマン」なんて〜のが文中の随所に出てくるのにゲンナリしたものだ・・・・・・ま、それでも最近はかなり世間でも通じるようになったみたいだが(笑)。
 あと、極端な成分分析表主義っちゅーか、ナニナニが何mg含まれてるのは珍しいとか何とか、おれが「理系崩れ」という言い方で呼ぶヤツ。薬局で薬品仕入れて自分ちの風呂に溶かして入っとけ!って気分になる。

 それがどーしたことかある日、そんなおれにオフミのお誘いがやってきた。オフミ!!あ、これも元は省略形隠語か(笑)。いわゆるネット上での同好の士が実際に集まることですな。空気読んで止しときゃぁエエのに、ある種の怖いもの見たさに加え、ちょっと気になってた古い地図に温泉マークが出てるポイントにも入れると聞いて、行く気におれはなったのだった。

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 当日、待ち合わせ場所となった房総のホテルに集うたのは、20代から40代までの、ものの見事にオトコ、それも露骨にモテない系のいでたちのヤツばっか約20名。言うまでもなくその中には自分自身も含まれる、トホホ。中心メンバーは温泉のためだけに生きてるような40前後のオッサン。この世界ではものすごく有名な人らしいが、着てるブルゾンの襟足が真っ黒に垢光りしてるのを見て、おれはかなり引きまくった。ま、おそらくは間違いなく独身だろう。その人を含めて5〜6名がかなりディープな「温泉キ●ガイ」、約10名がそこそこのマニア、残り数名が志高くオタクの世界に足を踏み入れようとしている人、そんな編成だった。
 ともあれさっそく入湯開始。おれは入るだけで満足だったのだが、そこはそれ、筋金入りの温泉ヲタ集団、入っただけで許すはずがない。いきなりリトマス試験紙やらカクテルメジャー(!?)やら試験管、ビーカー等の一式取り出して計測開始。何てことない岩作りの露天風呂は理科の実験室状態・・・・・・おれは彼等と行動を共にしたことを激しく後悔した。
 出たら出たで、宿のスタッフをつかまえていきなり、

 --------源泉の場所はどこですか?

 と来たもんだ。見てどうなるものでもないが、どうやらそこを確認しないと入ったことにはならないのが流儀らしい。ゾロゾロとイケてない連中が冬晴れのホテルの駐車場を横切っていく。おれはそれでもう十分おなか一杯な気分になった。しかし、源泉見ただけぢゃダメらしい。今度は、

 --------保健所の分析表はありますか?

 だって(笑)。これが、この後二日間にわたって続くことになる。

 続いて行ったのは、老人のデイサービスセンター。ところが今はもう温泉引いてないとのこと。フツーの人ならここで諦めるが、そこは温泉マニア軍団、源泉確認するまではあくなき執念で追求する。そうして着いたのは何だかかなり山に入ったダムの斜面。こんなトコにあるんかいな?と思ってると、藪の中に直径1mほどのマンホールの蓋があって、ここのはずだ、という。
 みなで重たい蓋を持ち上げると、果たして中には、延びた素麺のような真っ白な湯の花がまとわりついた鉱泉水が静かにあふれている。そそくさと取り出されるリトマス試験紙、カクテルメジャー・・・・・・服脱いで入るヤツまで現れた。なんぼ温暖な房総とはいえ2月ですよ!温泉ぢゃなく冷鉱泉ですよ!

 その日はそれから3〜4ヶ所回ったろうか。時速40km制限の道をキッチリ時速40kmで行くという、法的に間違ってはいないがいささか不気味な運転の件の温泉王を先頭に、カルトなところばかりだった。しかし、何だか少しも面白くなかった。「泉質」以外の属性を全て切り落として温泉を評価しようとする態度が、おれにはなんとも寒々しく見えたのである。

 日も暮れて、宿泊場所となった温泉民宿で宴会が始まった。大体みんな何百ヶ所だ何千ヶ所だ、と入湯数の自慢も兼ねて自己紹介が進んでいく。数え方もさすが温泉ヲタ集団、風呂の数ではなく源泉数でカウントするのだ。だから温泉地は1ヶ所でも、そこに3つの源泉から湯が来てたら3ヶ所、となる。そんなことしたらいくらでも数増えるやんか。鳴子なんか370ナン個って数えるのだろうか?・・・・・・数えるんだろうな、やはり(笑)。

 末席のおれにも自己紹介の順番が回ってきた。いいかげん疲れてたのと、多少酒が入った勢いもあって、自己紹介に絡めて大意としては冒頭のようなこと・・・・・・つまりはケンカ売るようなことををついつい言ってしまった。それこそ姫路のバスクリンぶち込みの迷湯「増位温泉」のことも言ったかも知れない。
 数自慢の連中の表情が一瞬、白けたものに、次に輪の中に異物を入れてしまった困惑とも憎悪ともつかないものに変わって行った。

 無論、一方で数自慢を露骨にヨイショしたりもしてフォローしまくったので、それで乱闘になるようなこともなく、つつがなく宴会は終わったのだが・・・・・・部屋にもどると、おれをこのオフミに誘ってくださった方に話しかけられた。

 --------ちょっと合わなかったですか?
 --------いえ、ま、はぁ・・・・・・正直ちょっとキツかったです。
 --------たしかに変ですよね。ちょっとおかしい。
 --------いやいや、スミマセンでした。大人気ないコト言っちゃいましたね。
 --------いいんですよ。いろんな考え方の人がいて。あの彼(温泉王)なんて、1日40通もメール書いて、データ整備して、とても仕事なんかしてるヒマはありません・・・・・・でもまぁ、そうゆう人たちがいてマイナーな温泉の情報が整備されて行くのも事実なんですよね・・・・・・気を悪くなさらないで下さい。

 ・・・・・・全くもってその通りである。極めてフラットな見方のできるこの人もまた、かなりディープな温泉ヲタなのだが、何だか「マトモな人」の香りがした。自分を突き放して見て、変であるってことを自覚している点において。
 一方で、おれだってジューブンオタクな方だ。彼等と何が違うかといえば、細かなセグメントの違いだけだ。お茶やお花の流派とか、お寺の宗派、あるいは過激派のセクト違いの差に過ぎない。つまり「蝸牛角上の争い」とか故事に言う状態である。「大枠の部分で温泉好きはいっしょなんだしええやんか。」といった忠恕の心がおれには欠けていた。協調性のないおれが全部悪い。

 しかし反省したところでおれのワガママが治るはずもなく、治す気もない。仕事ならガマンも必要だが、温泉はおれの趣味だ。結論は出た。

 誰かと与しなきゃいいのだ。

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 おれは翌日の昼過ぎに一行と分かれた。それからもしばらくはそのフォーラムに籍だけは置いていたが、プロバイダが変わってメールアドレスが変わったのを機に、それきりにしてしまった。

 なのになのに、嗚呼それなのに!!・・・・・・ま、続きはまたの機会に。
 
2006.01.15
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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