「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
葉山の魔境


奥から見た全景

 湘南、葉山の町は天皇の御用邸があったりして、ハイブロウなイメージがあるが、実態は年がら年中狭い道路が渋滞してる平凡な海沿いの町、といったところだろう。

 そんなところに秘湯があるらしい、と噂を初めて聞いたのはかれこれ5年くらいまえのことだろうか。あの辺に温泉は他にそれほどなく、ちょっとガセっぽくて眉唾な感じがしたのと、それだけで一日を費やしてわざわざ近場の三浦半島に出かけていくのも何となく「もったいない」気がして、機会を逃していたのである。

 そうこうするうちにネット上でも出かけたレポートが目に付くようになってきた。ガセではなかったらしい。加えて近所のスポーツ屋でもらったフリーペーパーに記事が載ってたこともあって、昨年の暮れ、前回の中里温泉等と併せて出かけてみることにした。その名を星山温泉という。

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 湘南国際村の下の方、開発され尽くしたような三浦半島にもまだこんなところが残っててんなぁ〜、っちゅーような山あいの道を登っていく。あらかじめ詳しく調べていたので迷うことはなかったけど、案内の看板も一切なく縦横に細い道が走る段々畑の中を、右に左に折れて行くのはけっこう不安なものだ。
 道はさらに狭くなり、最後の人家から谷間を上がった杉林の突き当たり、ゴチャゴチャとバラックの固まった施設があった。薪、というよりは廃建材がうずたかく積み上げられ、一角からはそれを燃やしていると思しき紫煙が立ち昇る。大柄で無精ひげを伸ばし、上下小汚い黒いスエット着た、どことなく熊を思わせるオッサンがせわしなく立ち働いていた。

 どうやら正しく到着できたみたいだ。それはそれでいいのだが、迷うことも想定して早目に出て来たせいでまだ7時半。営業開始は9時(笑)。早過ぎや、っちゅうねん。時間つぶしに周囲をうろついては見たが、なぁ〜んにもなし。仕方なく戻って園内をうろついているとオッサンが焚火を熾してくれた。見た目ちょっと怖げだがとても親切で話し好きな人だった。

 それにしてもここは怪しい。お金を払うときにもらったサービス券で正式名称が「稲龍神山スポーツランド」ということが分かったが、「スポーツ」に関する設備は何一つない(笑)。それより何より全て手作りで作ったらしき建物はじめ一切合財がボロボロで雑然としている。これは典型的な「脱力観光」のパターンである。すなわち、不思議な、そして余人に理解しがたい情熱で一気に作り上げたまではいいけれど、その後の資金と整理整頓しながら維持していく根気が続かず、息切れしたまま細々と荒れるがままに運営されている施設特有のオーラがある。

 たとえば人生訓のようなものがギッシリとトタンの壁面に書かれた休憩室。なぜか巨大な日の丸が描かれた入口の扉から覗くと、内部は色んなものが散乱している。扇風機とストーブが同居しているのは「マルドロールの歌」もビックリのディペイズマンだな(笑)。ちゃんと片付けりゃぁええのに。
 あるいは墨痕鮮やかに「日暮まで下山なるまじ稲龍庵」という謎の文句の書かれた休憩室らしき建物。「庵」、っちゅーからにはここもまた休憩室なのだろうが、どうみても物置にしか見えない。

 ・・・・・・と、設備の面白さを語ってるだけでジューブン一話分の長さになってしまいそうなので、この辺で切り上げて風呂の話に移るけど、この風呂がまたすごい。どう見ても外観、浴室に見えない(笑)。単なる小屋。それでも男女別なのかどうかは不明ながら2棟ある。片方が薪焚きなのに、もう片方がプロパンっちゅーのも奇妙。
 その程度で驚いてる場合ではないな、異常にシロウト臭いペンキ(つまりはヘタな)絵の掲げられたスノコ敷きの浴室内部がまたすごい。鏡の台の板からはキノコが生えてるし、あまつさえ暖かさゆえに巨大化したか、長い触角を揺らしたゴキブリがゆっくり壁を斜めに下って行く。そしてステンレスの家庭用浴槽に湛えられるのは「イリカ鉱泉水」。イリカの意味は訊き忘れたが、おそらくは「ゅうみやま」の略なのではなかろうか?

 そう、この泉質がなければ、ここは単なる「ヘンな場所」に過ぎない。泉質にほとんどどこだわらないおれでも、さすがにこの泉質には舌を巻いた。無色透明無味無臭だが強烈なアルカリ性でヌールヌル。このヌルヌル度、関東近辺では最強ではないだろうか。おれの経験では北海道のオソウシ温泉に匹敵するように感じた。子供たちはケガのかさぶたの跡がきれいになった!とか言って喜んでた。
 この強力なアルカリの源泉は園内の奥、斜面を登った数ヶ所から湧出している。いちばん大きな源泉小屋にはデカデカと「稲龍大観音大明神」って看板が出ていた。神仏習合だなぁ。
 この泉質に(そしておそらくは異様なロケーションにも)ほれ込んで何度も訪問するコアなリピーターもいるそうで、園内で唯一マトモな感じのする小屋は、そんなファンの人が建てたものだという。おれも建てさせてもらおうかな?葉山に別荘やで!(笑)。

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 こんなけおもろい体験が出来て入湯料はわずか500円。サービス券を10枚ためると1回タダ、と怪しげな佇まいにしてはモノ分かりのいいサービスまであったりするのが憎めない。

 ハッキシ言ってオススメです。でも、あんまり人気出て、儲かってリニューアルされたらイヤかも(笑)。今のままでいてね♪


向かって左側の浴室。

2006.01.14
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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