「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
横浜の仙境


これだけ見るとどんな山奥か、って思うでしょ?

 実のところ横浜はあまり好きな土地ではない。幹線道路は混んでるし、脇道に入ると狭い一方通行が迷路のように入り組んでいる上にアップダウンも激しく、アッと言う間に方向を見失うし、アセって引き返そうにもUターンもままならない。そんなときに限って対向車が来たりするのだが、もう離合もままならない。同じ理由で神戸も苦手だ。

 しかし横浜も神戸も、港町のエキゾチックな(ステロタイプだな〜)雰囲気が大衆をくすぐるのか、居住地として、またクルマのナンバーとしてひじょうな高人気である。個人的にはアホちゃうかぁ〜!?と思う。今時、港町らしい雰囲気なんてどこに残ってまんねん?むしろ、急傾斜地の崖みたいなところギリギリまでせせこましく建ち並んだせまっ苦しい一戸建てやチマチマしたマンション、最初に述べたようなイライラする道路事情ばっかりが目立つ気がするけどな。

 ・・・・・・などと悪口から始めたことからお分かりと思うが、おれは横浜方面にほとんど出かけることがない。何年か前にラーメン博物館に行ったのと、そのまた何年か前に中華街に行ったくらいだ。
 それがこないだ急に思い立って、この冬一番の寒波が来てる中、横浜半島方面に出かけたのだった。

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 朝早くにいったん三浦半島を南下し、そこから北上するように久里浜を出たのが12:30、国道16号線は予想通り激混みで、横浜に近づくにつれてさらにノロノロになる。磯子の手前で山側に入り、途中、何度もすれ違いに往生しながらグニュグニュと住宅街を走り抜けた突き当たりにそれはあった。名前を中里温泉と言い、同名の一軒宿の旅館が建つ。
 おれはナビもないのに地図だけで不思議と迷わず行けたが、それはおれの土地カンがいいからではなく、辿ったコースが偶然良かったためである。駅方面から入ってたらはたしてたどり着けたかどうか・・・・・・つまりそれくらいややこしい。

 ここは「弘明寺(ぐみょうじ)」という真言宗のお寺の裏山が公園になってて(どうやら廃仏毀釈でお上に取り上げられたらしい)、そのちょうどお寺から見て反対側の谷底に位置する。間には京浜急行の駅まであって、なんと両者は直線距離でわずか200mほどしかはなれていない・・・・・・っていちいち書くのめんどくせぇ〜!!下の地図見てちょんまげ!(笑)。


左下に小さく旅館があります。

 無論ある程度予備知識を持って行ったとはいえ、おれは驚いた。上部がその公園なのだろうが、深く木が生い茂った森の小さな谷間に旅館への入口があり、砂利敷きの道を少し上がると実に古めかしい2階建ての木造旅館が一軒。庇や柱に看板も出ておらず、誰かの別邸にでも迷い込んだ雰囲気だ。玄関前では色づくのが遅れた紅葉が真っ赤に染まっている。
 これがホンマ横浜!?ってな閑静な佇まい。弘明寺駅から200mもまぁ驚きだが、そんな駅、近所の人以外はあまり知らないだろうから、もっと分かりやすく書こう。ここ、横浜駅からわずか5kmほどしか離れてないんです。

 玄関を明けるとまったく人の気配がなく、切れかけた蛍光灯が明滅している。何度か大声で呼ぶとバーサンが出てきた。入湯料を払おうとすると、「お子さんは小学生?小学生、大人の何割だったかな〜?」とか言う。家族連れでの入湯客などめったにないのだろう。バーサンはしばし奥に引っ込み、慎重なる検討の結果、子供料金は「大人の半額」っちゅーコトに決まった(笑)。
 玄関脇が浴室になっていて、さっそく入ろうとすると、バーサンは申し訳なさそうに「みなさんいっしょに入られるのでもかまわないでしょうか?」と言う。つまり混浴、ってコトだ。どうやら客が少ないので、男女別の浴室の片方は普段は湯を張ってないのだろう。こんなサイトやってるくらいだから、当然こっちは全然気にするワケがない。それにしてもここまで町中で混浴は珍しい。

 広い脱衣場のわりにこじんまりした浴室には、タイル張りの浴槽が一つ。湯船がこじんまりしてるのがいかにも鉱泉らしくて好ましいが、メタケイ酸泉だとかいう鉱泉は、ハッキシ言って真水とどこが違うのかよく分からなかった。おれは成分表の写真は撮るものの、それを精査するようなタイプではないので詳細は知らないが、いずれにせよ、あまり濃くはなさそうである。ま、ラーメンのスープといっしょで、珍妙だったり濃かったりすりゃエエ、っちゅうもんでもなかろう。どうだっていい。泉質至上主義者なんてナンセンスだ。モテない理系崩れのヲタにしか思えん。

 他にお客さんもいなさそうなので、風呂から上がって館内を少し見て回る。おそらくは創業当初からのものと思われる建屋は見れば見るほど古めかしい作りで、くすんだ壁や手の込んだ明り取りの細工、何よりも大きく育った庭木などに、今時の旅館では出せない風格が感じられる。
 ここには特別なものはなにもないけれど、現代ではなかなか見つけることができなくなったものが、ことさらコテコテしく民芸調の演出されて威張る風でもなく静謐なまま、確かに、ある。
 つまらないけれど、おれが求めてるのはこんなものなのだ。ホント、泉質なんてウソついてさえなけりゃどぉでもいい。

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 外に出ると、来たときに降り始めた雨が激しくなっている。温泉本にデカデカと取り上げられることもなく都会の片隅で古色蒼然とした姿のままで、忍び寄る老朽化と客数の減少に抗いながらヒッソリ頑張っているシチュエーションに、おれは温泉にまつわる話の第一回に書いた姫路の迷湯「増位温泉・梅麟館」を思い出した。

 あそこも姫路駅からわずか数kmのところに周囲の時代の変遷から取り残されたように古い建物がポツンと建ち、そして「温泉旅館」ではなく「割烹旅館」を名乗っていた。さらには、そのお値段がその重厚な宿の雰囲気に反して、とてもリーズナブルなものだったところ、風呂は片方つぶした混浴ってとこまでいっしょだ。

 仙境は辺鄙な山奥ばかりにあるモンぢゃない。立地と泉質に甘えて、うれしそうに提灯ぶら下げてる温泉宿、珍奇な泉質、ナンギな立地にのみ血道を上げる温泉マニアは、一度ここの湯で顔を洗って出直せ!と言いたい・・・・・・って、ま、クルマでのアプローチの悪さは山奥の秘湯並みだったけどな〜(笑)。

 えらそうにいろいろ書いたけど、実のところこういう旅館は日帰りでは愉しみきれない。またの機会があれば泊りがけで行ってやろうか、と今は少し思ってる。


※上記のとおりここは行った時、偶然混浴だっただけなので、期待して行かないようにね♪

2005.12.05
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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