「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ボーフラの湯2題


・・・・・・だそうっす。

(えゝ 水ゾルですよおぼろな寒天(アガア)の液ですよ)

   日は黄金(きん)の薔薇
   赤いちいさな蠕虫(ぜんちゆう)が
   水とひかりをからだにまとひ
   ひとりでをどりをやつてゐる

(えゝ、8 γ e 6 α ことにもアラベスクの飾り文字)

   羽むしの死骸
   いちゐのかれ葉
   真珠の泡に
   ちぎれたこけの花軸など

(ナチラナトラのひいさまはいまみづ底のみかげのうへに
 黄いろなかげとおふたりでせつかくおどつてゐられます
 いゝえ、けれども、すぐでせうまもなく浮いておいででせう)

   赤い蠕虫はとがつた二つの耳をもち
   燐光珊瑚の環節に
   正しく飾る真珠のぼたん
   くるりくるりと廻つてゐます

(えゝ、8 γ e 6 α ことにもアラベスクの飾り文字)・・・・・・
「蠕虫舞手(アンネリダ・タンツェーリン)」宮沢賢治
http://www.ihatov.cc/より


 ・・・・・・原詩はもっと後が長いが、全部引用しているとこのエッセイ1話分くらいのボリュームになってしまうので、まぁそれもキラクでいいのだけれどそれではオチも何もなくなってしまうので、出だしのところのみを紹介した。彼の第一詩集「春と修羅」に収められたちょっとスノッブな香りのする佳作である。いうまでもなく、これは手水鉢か何かに湧いたボーフラのことを詠った詩だ。

 ま、ボーフラってーのはまことにチンケな生き物で、井原西鶴かなんかの作品では、金持ちの道楽息子が放蕩のあげく身上をツブしてなるのが金魚の餌のボーフラ売り、最底辺の貧窮生活しながら遊び歩いていることの喩えが「ドブの中のボーフラ」、ってな具合で、大体において、役立たずでロクでもないもののように言われている。

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 豊後森から湧蓋山に向かう町田川沿いは温泉の宝庫で、どれも鄙びたいい味があり、流してハシゴするのがもったいなく思えるようなところである。ほとんどは旅館が数軒固まっただけ、あるいは共同浴場のみで旅館さえもないようなところがほとんどだが、そんな中で唯一大きく発展しているのが宝泉寺温泉だろう。
 大きいといっても、別府や雲仙のようなことはない。ちょっと鉄筋コンクリートの温泉ホテルが数軒あるかな、という程度だ。そんな「ほどよい歓楽」の雰囲気のある温泉街のはずれに、「石櫃の湯」という露天風呂がある。20年くらい前初めて行った時にはすでにあったので、相当昔からあるものだろう。名前の由来ともなった石櫃とは、よく神社の入口とかで柄杓が置かれてあるような石の桶で、いかにもそれらしい屋根まで掛けられてあった。

 10月のことだったか、当時は今ほど温泉ブームでもなく、また行動するのが平日中心だったこともあって、朝の露天風呂には誰も人がいなかった。まるで公園の鯉の池のような湯船には落ち葉が一杯沈んでいた。
 ぬるい湯と落ち葉だらけの露天風呂に入ってると、なんだかホントに自分が庭の鯉の池に入ってるような気分になってくる。

 そしてそのうちおれは気づいたのだった。赤い糸くずのようなものが無数に湯の中をピヨピヨと回りながら、浮いたり沈んだり泳ぎ回っているのを。

 季語に言う秋の蚊は、哀れなもの、滅び行くものを意味するそうだが、どうしてどうして蚊もこんなところに産卵して、なかなかしたたかに頑張るのものだなぁ、と感心してしまった。
 ・・・・・・と、感心はしたものの、しかし、もう少し公共施設ならシッカリ清掃も心がけてほしいものだとも同時に思ったが。

 ちなみにこの温泉、その数年後にも秋に再訪した。そしたらやはりボーフラが元気に泳ぎ回っているではないか。あの辺りは相当遅い季節まで蚊取り線香が必要に違いない。

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 東北の三大名湯の一つ、鳴子温泉郷の裏山に「潟沼」という湖がある。あまり知られていないが、鳴子は気象庁指定の火山で、これは火口湖なのである。実際、古文書から9世紀頃には爆発があったのではないかとも言われている。ph実に1.7と日本一の強酸性の湖だそうで魚は生息していない。
 周囲には数箇所の地熱地帯があって、白土化したあたりからは高温の水蒸気が立ち上っている。

 湖を取り巻く遊歩道に沿って対岸に回ったところでは、湖水のほとりに温泉が湧出している。誰が掘ったのか人一人が入れる広さの湯船らしきものもあるが、とても入れる温度ではなかった。みれば水面のあちこちからも気泡が出てる。手を入れるとこっちの方がよほど適温だ。
 この潟沼、温泉街からさほど離れているわけでもないのにとても寂れたところで、唯一あるレストハウスも廃業しちゃってるし、遊歩道の真ん中から何本もキノコが生えてる始末。ただでさえそんなところに加え、夏の終わりの猛暑の昼下がりっちゅーこともあって、人のくる様子はまったくない。ためらわず湖の方に入湯することにした。

 底がニュルニュルの腐植土の泥なのが何ともブキミで、緑がかった湯の酸がホントに強いのかを確認する気にはなれなかったが、入ってみるとこれがぬるめで、炎天下には実に気持がいい。
 かくして泥が巻き上がらないよう、あまりかき回さず静かに入っていて、そしておれはまたまた気付いたのだった。ボーフラがよーさん泳ぎ回ってはるやおまへんか(※)。

 大したモンである。およそ生物の住めそうにないこの強酸性の湖でシッカリ元気に繁殖してやがる。すごい生命力。湖から上がってからボーフラが水中にウヨウヨしてた事実を知らされたヨメはギョエ〜とか叫んでいたが(笑)、ま、ともあれボーフラが取るに足らぬつまらないものの代表のように言うのは改めなくちゃならんのかも。

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 この後、下った温泉街で再び風呂に入ってかかり湯をすると、身体のあちこちから赤いホコリのようにくっ付いていたボーフラが流されていったのだった。ウゲゲ。

 えゝ、8 γ e 6 α ことにもアラベスクの飾り文字・・・・・・そうゆう眼差しで見ると、ケッコー憎めないヤツにさえ思えてくるよね、ボーフラ。



※冒頭の画像の説明書きを読めば分かるが、このボーフラ、普段は湖底の巣に住んでるらしい。突然の闖入者であるおれたちが驚かしたから湧き上がって来たのであった。悪いことしちゃいました・・・・・・。


ギャラリーとは別のショットでの潟沼。この時はまだ機嫌がよかった。
向こう岸の白い崖も地熱地帯です。

2005.11.26
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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