「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
鈴虫列車にて保身


走れメロス号、だってさ

 今日の五所川原での仕事は終わった。あとはもう青森市内に戻るだけだ。

 おれはソッコーでネクタイ外し、駅のコインロッカーにカバン突っ込んで身軽になった。これから津軽鉄道で金木まで行って、太宰治の生家である「斜陽館」を観光しようってハラだ。もうキブンはすっかり観光モード。目的地がちょとクラいけど。
 それにしても、晩夏の津軽平野は北国とは思えない暑さだ。立ってるだけで汗が出てくる。そこに「東遊記」や「天明年度凶歳日記」に描かれたような、冷涼で不毛な飢餓平野の印象はない。

 津軽鉄道の五所川原駅は、数日前の弘南鉄道の大鰐駅と同じく、リッパなJRの駅舎の横にちょこんとくっ付くように、古びて小さな暗い建物が建つ。改札をくぐるとJRのホームに出て、跨線橋もJRのを使用する。宿り木っちゅーか、コバンザメっちゅーか、弱小私鉄は大変だ。金木までの運賃は法外に高かった。
 特に、路線バスや観光バス、タクシーといった他の事業部門を持たないここの経営は容易ではなく、それを辛くも色々なアイデアで切り抜けている。有名なストーブ列車を始め季節ごとに変わるイベント列車やら、ホームの飾り付けやら、列車のペットネームやら、あの手この手で何とか乗客離れを食い止め、観光客を誘致しようとしているのだ。
 そういえば、薄暗い改札口には虫カゴが置かれ、小学生の習字のようなでっかい字で「鈴虫」と、その下に張られてあった。中では何匹かの鈴虫が、鳴くでもなく触覚を動かしていた。
 ホームに貼られた季節列車の案内を読んで、おれは気づいた。鈴虫列車は今日からだったのだ。

 動くのか動かんのか分からんボロボロの車両群が留置された構内には、濃い山吹色の「走れメロス号」(・・・・・・それにしても安直なネーミングやな)なるジーゼルが停車中。意外にもピカピカの新型で、古びて荒廃した周囲のストラクチャに妙に不釣合いな印象ではある。

 さて、元々乗客が少ないところに、ノーネクタイとはいえスーツ姿で、あちこちウロウロしながら写真を撮りまくるおれもずいぶん異質な存在だが、さらに異質な三人連れがやってきた。巨大なビデオカメラかついだオッサンとニーチャン、ネーチャン・・・・・・。

 明らかにTV局の撮影クルーだ。おおかた、件の鈴虫列車を撮りに来たのだろう。そしてそのままメロス号に乗り込んできた。

 --------?何でこれに乗るねんな?

 このときまでおれは勘違いしてた。鈴虫列車というのは、何かこう、特別仕立てのお座敷列車のようなものに鈴虫を満載して行くものだと思っていたのだ。
 運転席の後ろの天井辺りに置かれた箱を彼等は撮影している。よく見ると何のことはない。家庭用洗濯洗剤の箱くらいの小さなそれが鈴虫の入った虫カゴなのだった。
 何とまぁ、それだけ!必死の経営努力してる津軽鉄道にゃぁ悪いし、申し訳ないけど・・・・・・正直かなりスベッたよ、わしゃ。

 感慨はともかく撮影は進み、レポーターのネーチャンがニコヤカになんか話してるバストアップのシーンが終わって、カメラがこっちを向いた。

 瞬間、おれは反射的に首をすくめてクロスシートに深く沈みこんだのだった。

 ・・・・・・一応は出張中の身の上だ。こんなんが万一全国ネットで流れたりしたら、そして関係者がそれを観ていたりでもしたら、ナニ言われるか分からん。でも、今日の仕事、わしゃキッチリ結果は出したし、本日の予定は全部終わった。文句を言われる筋合いはあらへん。出張の移動時間は自由やろ?金だって別会計でちゃーんと自腹切ってる。とはいえしかし、ま、観光か観光でないかゆうたらそら観光やし、役得っちゅーたら、役得や。ほやからあまり嬉しそうな顔して映るワケには行かん。そや、曲解する人かておるかも知れん。アイツは仕事そっちのけで遊び歩いてたとか言われるのも腹立たしい。画像は何より有力な証拠となってまう。いやいや。ちゃんとやったんは事実や。結果見たら、流して手抜きでこんなにやれんコトはガキにだって分かる。でも、口さがない連中は掃いて捨てるほどおるしなぁ。いやいやいやいや、やはりここは目立たぬようにしておくのが吉だろう。沈香も焚かず屁もこかず、と昔から言うではないか・・・・・・瞬間的にこれだけ考えるとは、ペンティアムもビックリのすごい演算能力やで、これ。

 ともあれその結果の首すくめ(笑)。ああ、我がコトながらそのチキンぶりにはほとほとナサケなくなる。

 そんなおれの内面の葛藤にも気づかず、クルー3人衆は呑気なもんだ・・・・・・気づくワケあらへんわな(笑)。あまりも鈴虫がウンともスンとも鳴かないのにじれたのか、棚から下ろして床に置いてアップで撮ったり、周りのいかにも観光客といったいでたちのおばはん達にインタビューしたりと撮影に余念がない。

 おれは金木に着くまでの約15分、なるだけ目立たぬように身を固くしてたのだが、全てはおれの独りよがり、自意識過剰にすぎなかった。いかにも商用のヨソ者然とした風体のおれにニュースソースとしてのバリューなどあるはずもなく、ついぞカメラやマイクが向けられることはなかったのである。

 自意識過剰、っちゃ〜そぉいや太宰治の作品を読む上で外せないキーワードだな〜、などとアホな連想をしながらおれは金木駅前のダラダラ坂を下っていった。相変わらず暑い。
 目当ての「斜陽館」は確かに、彼自身が作中で書いたように「風情も何もないただ大き」かった。

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 夕方、青森のホテルにつき部屋に入ると、いつもの習性ですぐタバコをくわえ、テレビをつけた。

 --------うあ゛!?

 思わずマヌケな声が出た。

 ・・・・・・言うまでもない。画面には、車両後方、背もたれ越しに不自然に身をすくめるおれの薄くなった頭部が映し出されていたのである。

2005.09.30
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