「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
鷹ノ羽鉱泉の巻


寂しかったなぁ〜・・・・・・


 盆の真っ只中だというのに、小千谷駅前は閑散としていた。これから魚沼丘陵に向かうおれは、夕食の材料をここで調達することにする。いかにも地方らしい小さなリージョナルスーパーを見つけ、少々茶目っ気を起こして焼肉セットを買うことにした。何もソロツアーがいつもワンバーナーで片付くお手軽なものでなくちゃならん、って法はない。明日は東京に戻るし、たまにはこぉゆうのもいいだろう。タマネギ・ピーマン・長ネギは欠かせないので、これらも少しづつ購入。こんな些細な部分にこだわってしまうおれは、やはり少々ヘンなのかも知れない。

 さらに十日町では、幻の酒「天神囃子」の4合瓶も購入。電柱の看板を見つけて、ここが母方の実家だという大学時代の友人が、昔、この酒の旨さについて語ってたのを思い出したのだ。
 この「天神囃子」、十日町では至極ポピュラーなものなのだが、めったに町の外には出回らない。新潟県内でも扱う店は僅か、他府県ではまず見かけない。

 本当は、松之山温泉近くにテントを張ろうと思っていたが、どうにもいい場所が見つからない。お寺や神社は地面も平らで手ごろでいいけれど、あまりに小さいとトイレもない。ないことは別にかまわないが、立ちションではバチがアタリそうだ。
 仕方なく、翌朝行こうと思ってた鷹ノ羽鉱泉に向かうことにした。少々時間は押してる。

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 田中角栄の遺功か余徳か、どえらい田舎道までが国道指定を受けているため、かえってルートが分かりくい。オマケにどれも似たような400番台の番号なので一層混乱する。この地方特有の、羽目板作りの板壁の、真四角で大きな家が並ぶ集落をいくつも抜けて、ようやくふもとの牧村に到着した。石油が取れることで、知る人ぞ知る村である。

 既に日は西に傾きかけ、おれは村の中のちょっと大きな神社にテントを張ることにした。一夜お世話になる挨拶代わりの賽銭も上げた・・・・・・が、しかし、どうにもやはり家が密集しすぎてて落ち着かない。それに、神社もこれだけデカイと森閑とした霊域の雰囲気があって、俗世の汚濁にまみれたおれが泊まるのはなんだか落ち着かない。

 心の中でおれは言った。「スンマセン!神さん、やっぱキャンセルさせてもらいまっさ!」

 鉱泉はここから4〜5km山に上がった、舗装路が切れてそこから先はダートの林道に変わるところにあった。どんづまりの感が強い。看板もないまるで民家そのものの建物が、何もない草地に2軒並ぶが、片方は廃業している様子だ。

 ------ごめんください。あのぉ〜、お風呂入らせていただきたいんですけど。
 ------あ〜、今から?悪いね〜。今日はもう遅いし、閉めて山下りるトコなんだわ。
 ------え!?っちゅーことは夜は誰もおらんのんですか!?
 ------あ〜、明日9:00くらいになったらまた上がってくるからさ〜。

 ひょえあ〜っ!これは予想外!湯守の老夫婦は軽トラに乗って行ってしまい、おれは無人の山中に一人取り残されてしまったのだった。

 既に薄暗くなった中、林道脇の空地にテントを立て、テーブルを広げ、思った・・・・・・一体全体わしゃなにをやっとるんだ?

 それでもハラは減る。焼肉なんて思いついたことを激しく後悔しながら、おれは寂しく炭を起こした。炭火でバーベキュー、確かに美味いよ。でもそれは、こんな無人の山中でなければ、の話だ。一人でなければ、の話だ。
 見渡す周囲に灯りは全く見えない。はるか彼方に見えるのは、あれは上越市の灯りか。なまじそんなのが見えるだけに余計に寂しい。おれは酔いで紛らわせるべく「天神囃子」を開けた。
 甘口のとても濃厚な酒だ。本当に幻になってしまった郷里の地酒、「万里乃春」に似ている。端麗辛口ばかりがもてはやされる世の中なんてツマランなぁ〜、とふと思う。

 それでも炭火が赤く熾り、酒が回り始めると少しは気持も暖かくなる。気持が外に向き始め、ケータイのアンテナが1本立っているのに気づいたおれは、あちこちにメールを打ちまくった。酔っ払いのスパムに、マジメにコマメに付き合ってくれた美人のKちゃん、おーきにっす!!

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 翌朝、鉱泉の周囲を探索する。

 ここは、鉱泉水と共に湧き出す天然ガスを分離して、それを燃料に加熱している。そのためかゴムホースからドラム缶に溜められる水は、炭酸水のように泡がブツブツと出ていた。当然火気厳禁。隣の廃業した方では、そのまま水が捨てられている。もったいない話だ。
 火を絶やすことなく沸かされた湯は、宿の表の巨大な樽に貯えられている。手を突っ込むとやや熱めだが適温。こんなんだったら、夜のうちに浴びときゃぁ良かったな。

 ・・・・・・そうこうするうちに時間となり、下から軽トラが上がってきて、おれは無事入ることができたのだった。内部も民家そのものだが、献立がかかってるトコからすると、簡単な食事は作ってくれるみたいだ。要は近郷の日帰り湯治場なのだろう。
 別浴で小さなタイル張りの湯船には、時間が経って若干白濁した硫黄泉。それだけ。窓から見ると真っ赤な鶏頭が咲いていた。

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 確かに特異な鉱泉ではある。しかし、それはおれが余所者だからであって、この辺りでは、自家用に地面にパイプを突っ込んでガスを採取することが、今でも一般的に行われているらしい。だから、近所の人にとっては普通の景色だろう。さらに、あたりは観光地でもなんでもなく、特段景色が良いわけでもなく、今は宿泊も止めたこの鷹ノ羽鉱泉の将来は、決して明るくないのかもしれない。ひょっとしたら今の代で終わってしまうことだってありうるだろうし、ワケの分からんクアハウスもどきにリニューアルする可能性だってある。

 それらに対して、おれは何ら口を挟める立場にないけれど、やはりそうなれば惜しい。このような無個性な景色や風物こそ、おれ達が喪ってはいけないものなのだ。

 東京への帰路、おれは上越国境の温泉には一つも立ち寄らなかった。なんだか記憶が薄まりそうに思えたからだ。


附記:
 ガスの採取についての出典は、ギャラリーでも紹介した「首長竜の終焉〜日本の油田〜(http://www.os.rim.or.jp/~hira/)」を元にしています。喪われて行くものへの深い愛惜のまなざしを感じる、素晴らしいサイトです。

2005.08.02
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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