「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
百穴温泉の巻

 東武東上線っちゅーのはまことに不思議な路線で、他の東武電車とは全く接続していない。さらに池袋を起点とする郊外私鉄のクセに、60年代半ば頃までは電化はおろかディーゼル化もされておらず、汽車が客車を引っ張っていたという。今は沿線の宅地化もずいぶん進んだが、元はめっちゃローカル線なのだ。
 この中間あたりに東松山という町があって、ちょっと行ったところに「吉見百穴」という横穴式の古墳群がある。

 大体において名所旧跡の中でも、「横穴式古墳群」ってーのは脱力入ってることが多いような気がする・・・・・・ったって、おれはあとは大阪の玉手山古墳群しか知らないのだけれど、単に山の斜面にボコボコといくつも穴が開いてる、それだけなのだ。
 分かっちゃいるけど、晩秋のある日、近所に温泉もあるしということで出かけてみた。無論、まだるっこしい電車なんて使っていられない。関越使えばアッという間に到着。

 予想通りの脱力系。低い山、ぢゃなくこりゃ小さな丘だな、その斜面にいくつも穴が開いている。つまりは墓穴なのでさほど奥行きもない。中もガランドウで特段見るべきものもないけれど、暖かな日の当たる周遊コースを回り、てっぺんの茶店で妙に汁の少ないウドンを食べながらボーッとするのは、さほど悪い体験ではなかった。
 最下部には敗色濃厚な旧日本軍が作ったといわれる地下壕跡もあるが、こんなチンケな丘ではジュータン爆撃されたら丘ごと消滅してしまうだろう。
 裏手あたりにある、客室から調度から何から全部砂岩をくり抜いて作った「巌窟ホテル」にも本当は行きたかったのだが、今は崩落の危険があって一般公開はしていないとのこと。まぁ、子供も小さいしムリさせる訳には行かない。諦めるとしよう。

 ・・・・・・激しく時間が余ってしまった。

 川沿いの道を行くと、すぐに一軒宿の百穴温泉に着いた。「春奈」といって割烹旅館みたいな名前だ。予想よりも大きい。ほこりっぽい砂利の中庭には古い型のマイクロバスが置いてあったりして、観光の雰囲気はゼロ。農閑期の湯治場が今に残ったような雰囲気の典型的な鉱泉宿だ。余り期待してなかっただけに、ちょっとうれしくなってきた。

 入湯料1,000円也を払って早速入る。ベニヤ張りの壁と赤いニードルパンチが敷き詰められた廊下を抜けた奥に、温室のような広い浴舎。内部ははひな壇状に湯船があって、元はジャングル風呂みたいだったのだろうが、手入れもされないまま枯れた棕櫚を見ていると「廃園の湯」といった荒廃した趣がある。女性専用の狭い浴室もあるが、基本的には混浴。関東平野では珍しい・・・・・・どころか今や唯一なのではあるまいか。泉質はメタ硼酸泉らしいが、湯からはそんな感じは全くしない。そもそもちゃんと鉱泉水使ってるんかいな!?(笑)・・・・・・ま、泉質なんてどぉでもいいことなんだけどね。
 パンパンと銃声が聞こえる。クレー射撃場が近くにあるみたいだ。それ以外は浴客の姿も含めて動きはほとんどなく、弛緩した時間が流れていく。隣は藻が繁殖しまくってほとんどグリーンティー状態の汚い鯉の池・・・・・・んん〜、このヤル気のなさ、いいなぁ。あっても資金難で手が打てないのかなぁ・・・・・・なんだか廃墟物件で風呂に入ってるような気分だ。

 湯上りには大広間が用意されていて、こんなによぉさんお客が入ってたんだと驚くほど人がゴロゴロしている。ほとんどが年寄りなのは言うまでもない。薄っぺらい座布団に座り、紺地に白い水玉の安い湯呑みで茶を飲み、飽きればまた風呂に入り、と、おれは昔行った「北白川ラジウム温泉」での一日を思い出したりもした。

 この雰囲気、とてもいい。こんなふうに時代から取り残されながら、緩慢に崩壊していく雰囲気はとてもいい。そう、ここ百穴温泉は、都内からさほど遠くないところに残った奇跡的な鉱泉湯治場だったのだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 7年前のことである。その2年後には会社の連中と共に再訪し、隣町にある日本有数の超脱力観光施設「老若男女憩いの場神秘珍々ニコニコ園」に行ったりもしてるが、そこでの脳震盪を起こしそうなほどディープインパクトな体験についてはまたの機会に譲ろう。

2005.05.22

附記:
 その後のインターネット普及によって、この百穴温泉は交通の便のよさもあって混浴マニアの聖地のような存在になってしまった。それはそれで仕方ないことだが、問題は多い。楽しむだけならいいのに、ボロいだの湯が汚いだのなんだの、勘違いした文句の発言がネット上で散見される。鉱泉宿なんてこんなもんや、っちゅーねん。金払ったんだから快適さを寄こせ、ってかぁ!?甘いんちゃいます!?
 そぉゆうマイナス面も含めて楽しむことのできない連中が安易に出かける方が絶対に悪い。ラブホの風呂にでも入って乳繰りあってろ!っちゅーねん。

 さらに良くないことには、混浴カップル目当てのキモヲタなモテない系のノゾキ連中も押しかけるようになって、土日など今やとても普通に入れる雰囲気ではないとも聞く。ったくもう死んで欲しいな、こーゆー非生産的な連中は。。
 残念なことだ。情報化社会の小さな暴力の集積の前に、このような旅館に僅かに残る「佇まい」などひとたまりもないのだから。
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved