「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
2020 茨城Ⅱ(後半)

さらに南下してる途中で気になる廃墟物件を発見。
鉄骨の骨組みだけになった鶏ガラ状態がアブストラクトで美しい。
しっかし、何だったんでしょうね?ココ。
いや~、撮影敢行したかったんですけど、ドンガラの柱の向こうが道路で、意外に沢山クルマが通るんですわ。
何だか良く分からんアスファルトが固まったようなのが山積みにされてます。
これではあまりに見晴らし良すぎ。
もうちょっと原形を保ってた頃に来たかったかも。
横にくっついた事務所スペース。

ベニヤの天井板ってこんな風にベロンベロンになって垂れ下がってることが多いかも。
こっちは残留物もなく、あんまし面白くありません。
異様に狭いトイレ。

60cm四方くらいしかありませんでした。
さらに南下して利根川沿いに少し西に向かった堤防下に到着。
旧・東大戸小学校石納分校です。

分校って山奥にあるものとばかり思ってましたけど、必ずしもそうではないんですね。
廃校になったのは意外に最近、2006年のようです。
少子化と道路事情の改善で、こうした分校は減る一方。
ここも撮影敢行するにはちょっと厳しかったっす。
如何にも利根川流域な、長閑で茫洋とした風景が広がっています。
分校跡って大抵、教育委員会の発掘調査での出土品の倉庫になってます。
いや~、ここは撮りたかったなぁ~・・・・・・。
真っ赤に実ったカラスウリ。
ちなみにすぐ後ろは利根川の堤防道路でクルマがバンバン走ってます。
光の加減も最高で良かったんだけどなぁ~・・・・・・ブチブチ。
まぁまたいつか機会もあるでしょう。
避難場所ったって、利根川氾濫したらここは却って危険なような・・・・・・。
この一枚は空漠な感じがかなり気に入ってます。
・・・・・・とは申せ、学校はやっぱし生きて生徒が沢山いてるのが良いんでしょうね。

それでは廃校になりませんけど(笑)。
一気に南下して、東金市街地の近くに到着。
以前から懸案のポイントの一つで、今日を逃すと次がいつになるか分かんないんで、コースの最後に押し込んでみました。
廃墟マニアの世界では「S眼科」で通ってます。
そこには思わず息を呑むような世界が広がっていました。
ある日突然全てが止まってそのまま朽ちてったかのように、あらゆる物がそのまま残ってます。
薬品棚なんかもこの通り、ほぼそのまま。
床はしかしグチャグチャ。

ただ、これは荒らされたのもあるでしょうけど、その後の地震や台風の影響もあるような気がしました。
奥には住居部分があって、ここも主を喪って以来、手を付けられてないようです。
お医者さんの家だからもっと豪奢なのを想像してたら、とてもチンマリと慎ましやかな印象。
ある日突然、この家で何が起きたのかは分かりませんが、ホント唐突に住人だけが姿を消しちゃったかのような生活感が残ってます。
差し込む夕方の光に浮かび上がる、半ば破壊され、半ば自然崩壊した調度類。
たしかにそれはひじょうに特殊ではありますが、私はある種の美しさがあると思います。
建物はL字型になっており、奥の方は雨漏りで痛みが激しく、床が抜けてて先に進めませんでした。

ちなみに廃墟では金庫があっても近付かない方が良いです。もし倒れて押し潰されたらアウトですから。
レトロな茶箪笥。

残るカレンダー等から想像するに、平成の初めくらいまでは営業をしてた模様。
「ハリバ」とは肝油の一種で、何と最近認知症の特効薬を開発したことで一躍ニュースになった「エーザイ」が売ってたみたいです。

ちなみにこれ、戦時中くらいのヴァージョン。
縁側廊下も足の踏み場もないくらいにモノが散乱。
ハジけて破れた障子が如何にも廃屋ですね。
診察室に戻って来ました。
お医者さん自身も国民健康保険に入るモンなんですねぇ~!・・・・・・当たり前か(笑)
これは今も現役で売られてる業務用目薬・「カタリン」で、老人性白内障に効くみたいです。

・・・・・・あと何年かしたらお世話になるかも(笑)。
最近、アンプルって見掛けなくなりましたよね。
そぉいや個人病院って昔は、指名手配犯のポスターがよく張られてました。

ちなみにこのご本人は今もご存命で、すっかり転向して瞑想家やってはるみたいです。
眼医者に楽しい、もといヤバい系のクスリはなさそうだなぁ~・・・・・・(笑)。
おい!アタマ割れとるぞ!・・・・・・って。
あ~、もちろんココでは大量に撮影しました。

いやマジでココは久しぶりに「滲みる」物件です。
民社党もずいぶん昔のハナシとなりましたね。

日付を見ると平成元年となってます・・・・・・って、上は何と!懐かしのオカマの東郷健/雑民党ぢゃぁないですか!
「廃医院」というと何か怖そうですが、ここは眼医者だけあって、あんましオドロオドロした感じはありませんね。
これが外科とか精神科だとかなり怖い・・・・・・いやまぁ、合理的根拠はないんですけど(笑)。
年寄の患者が多かったのか、白内障系の薬が多いようです。
B級SF映画に出て来そうな機械が転がってます。
・・・・・・門塀の外にありました。
房総半島の片隅で、地元密着でコツコツと実直にやってたんだろうなぁ~、って気がします。

近所の幼稚園や小学校の検診にも回ったりとかしてたようで、生徒からのプレゼントが飾られたりもしてました。
主を喪っておよそ30年、これ以上荒らされることなく静かに残っててほしいです。
ちなみにすぐ横は結構人の行き交う歩道が通ってます。

廃墟への立入はマナーと節度を保って、「騒がず・壊さず・持ち帰らず」で。
ここも以前から注目の市街地外れにある「八鶴亭」。

創業明治18年、国の登録有形文化財に指定された由緒ある料亭旅館で今はフランス料理店です。
・・・・・・あ!ここは廃墟ぢゃないですよ!

コロナの影響で休業中なだけです、
すぐ横は名前の由来ともなった八鶴湖・・・・・・まぁ、池ですが。

何とあの徳川家康が造った人造湖らしい。
それにしても今は営業再開したのかなぁ~?
数多の文人墨客に愛された料亭旅館だったそうですが、今時東金に泊まり掛けで来る人なんておらんでしょうし・・・・・・。
建物全部が指定されてるワケではないんですね。
そうそう、八鶴亭に来る手前にも素晴らしい廃墟物件があったんですよ。

写真撮って置けば良かった・・・・・・。
時間が押す中、御朱印帳が欲しいとかでちょっと北にある日吉神社に。
日吉神社と言えばナゼかお使いは猿。

「神猿(まさる)」と呼ばれます。ウキィ~ッ!
かなりこっちは人間っぽい(笑)。
見上げると紅葉。

冬が近いです。
何だかコロナでホント、大して動けない不自由な年でした。
御朱印帳が書きあがるのを待つの図。
いやもう私、このコロナでの国の対応のデタラメぶり見て、それでもまぁまぁ真面目に仕事やって小市民に甘んじてることがバカバカしくなりました。
オマエもぉバックレたら!?って啓示に近いモノが降りてきた、っちゅうか。
こんな風に目立たぬように出掛けるのがダメで、何でオリンピックはOKなのか、まったく合理的な説明ないですもん。
急に金券配ったり、国を動かす連中はアタマおかしいとしか思えない。国民はオマエたちの都合のためにいるのではないぞ、と。

暮れなずむ境内を散策しながら、そんなことをズーッと考えてました。
・・・・・・って、無性にハラが立つのはそれは昼飯を食ってなかったからだ!と気付きました(笑)。
千葉のラーメン屋では今やかなり老舗の方と言える、「ぐうラーメン」です。
私は「ネギチャーシュー」、ヨメは「メンマチャーシュー」にしてみました。
そぉいや、ラーメン食うの久しぶりかも・・・・・・ワクワク♪
餃子も注文。
房総を代表する竹岡ラーメン系の敷居を下げて分かりやすくした感じ、と申しましょうか、さすが長年地元に愛されてるだけのコトはあります。
・・・・・・ただ、餃子はイマイチだったかも(笑)。
恐ろしいコトに隣もそのまた隣もラーメン屋!

シナジーになるのかカニバになるのか、さぁどっち!?ってトコですね。
そんなこんなで、あまり考えずに出かけた割にはソコソコ充実した2020年最後の小旅行となりました。

あとは休日とは信じられないくらいガラ空きの高速を通って、一路東京に戻りました。
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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