「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
2018 台湾(三日目・平渓線2)

駅から北に線路沿いを行くと見えてくるのがこの新平渓坑の巨大ホッパー。

かつてはここまで積込線が引かれていました。
周囲には炭鉱があったころの写真パネルがあちこちに展示されてます。

これはおそらくボタ山へのインクラインと思われます。
炭鉱施設としてはかなり近代的な感じですね。
日本の炭鉱の殆どが70年代に姿を消した一方で、台湾は90年代まで命脈を保ってたんで、もちょっと早くに来れてたら、って思います。
何かにつけていつもワンテンポ遅れるワタシ・・・・・・。
これはホッパー上部の多分選炭場。

何かミョーにカッコいい。
昔はこのように草も生えてなかったみたいですが、今は生い茂る木々にスッカリ埋もれています。
やっぱ南国なんで、木の成長するのが早いんでしょうね。
山道をしばらく上がると開けたところに出ました。

トロッコのレールがシッカリ残っています。架線柱もあるトコからすると電化されてたみたいですね。
おそらく機関車付け替えるのを省くためにエンドレスにして、採掘した石炭をここまで次々運んでたんだと思います。
炭車は木造の巨大リンゴ箱みたいなんばっかしです。
これが石炭を落とすところ。

真ん中に見える観覧車のゴンドラみたいなんが、炭車ごとひっくり返すためのチップラーって設備。
前述の通り新平渓坑は開発が新しかったため、設備類も合理的で効率的な印象。

その分、掘り尽くすのも早かったみたいですが。
現役時代の様子。

こうして同じポイントで今と過去を並べるのはとても意義のある展示方法だと思います。
実はここからさらに奥まで行くと「新平溪煤礦博物園區」という今は博物館になった坑口なんですが、如何せん時間がない。
「獨眼小僧(一つ目小僧)」の愛称を持つバッテリーカーとか見たかったんだけどな~・・・・・・。

でも九份の前に猴硐(ホウトン)にも寄らんとアカンしな・・・・・・。
残念ですが諦めることにします。

もちろん脱がせるのも(笑)。
選炭場に戻ってきました。
絶対次はこの辺で2日くらい時間取りたいモンです。
そうそう、上げられた天燈はこのように回収されて再生されます。

ぶっちゃけ、墜落した天燈が周囲の木とかに沢山引っ掛かっててケッコー見苦しかったりします。
これ借りたかったなぁ~・・・・・・電動スクーター。
しっかし、よく考えると炭鉱跡まで行ってた観光客は私たちだけでした。
今は炭鉱の町ってイメージ自体が薄れかけてるのかも知れません。
左下の日本語の説明文の怪しさがなんとも楽しい。

65元はちょと高いかも。
やっぱ腕木信号機、今でも使ってるのかなぁ~?

国内で個人的に最後に見たのは津軽鉄道だったような・・・・・・。
そうこうするうちに猴硐に到着。

いきなりネコがいますな。
ここが「猫村」として有名になったのは、実はワリと最近。
駅構内からすでにこんな状態。
ドイツもコイツもダレまくってますな(笑)。
この町もまた炭鉱の閉山により、凄まじい過疎化が進んでたんですが、今はネコに特化した観光地として有名になりつつあるようです。
どのネコもひじょうに良く人に慣れてます。

逃げないですもん。
ちなみに「猴硐」とは「サルの穴」っちゅう意味らしい。
まだ十分ほどメジャーではないんで、平日の今日はほとんどの店は閉まっています。
ぶっちゃけ、もうちょっとヒネリは必要かも。
まぁしかしどのネコも餌を沢山もらってるせいか毛並みが良い。
今は約100匹いるそうです。
ネコグッズの店は開いてました。
餌くれるもんだと思って続々と集まってきます。
・・・・・・買いませんでしたけど。
その内、町全体が猫カフェ化するんでしょうね。
いやすでにもう猫まみれ(笑)。
背後にぶら下がってるのは浮き球で作った猫フィギュア。
駅の東側に来ました。

この空地はかつてのヤード跡。だから線路の模様にブロックが敷いてあります。
巨大な石炭ホッパーの跡。
裏手は廃墟を通り越してエラいことになっちゃってます。

もちょっとチャンと保存すりゃぁ良いのに。
ここから基隆河の対岸に渡ります。
実はこの橋、元は石炭積み出しのトロッコ専用のものでした。
渡ったところにあるのがコレ。

実はメッチャ愉しみにしてたんですよ。
観光トロッコで猴硐坑に入ります。
炭車を模したので出発。
異様にキャブの低いカトーを修理中。

この低さで運転台にどうして入れるのか謎です。
あ、鐘鳴らしてエエんっすね。
歩くよりも遅いくらいのスピードでいよいよ入坑。
ココは1990年まで操業してたようです。

他にも「復興坑」「瑞三坑」等の炭鉱が川の両側に点在し、最盛期は縦横無尽にトロッコが走ってました。
・・・・・・って実際は模擬坑道、っちゅうか掘り出した後の選炭設備周辺を観光用に整備したみたいですね。
かなり雑なマネキン展示。
すぐにトンネルを出て狭い谷間に開けたスペースに到着。
何か「いったん降りて下さい」みたいに言われたんで降りました。
ここでも色々修理中。
運転して来たオバチャンがコンプレッサーのスイッチ入れて、動かしてみろ!みたいに言うんで動かすと、ローダーがズゴゴゴッて動きます。
コトバはほぼ通じませんが、身振り手振りで写真撮ってくれました。
あと、削岩機なんかも動かせました。
日本の観光坑道なんかと比較すると随分本格的な印象。
石炭は「煤」なんっすね。

「安全第一!石炭掘って国を豊かに!」っちゅう意味でしょう。
「鳴」はクラクション鳴らせ、ってことですね。
恐らくかつての姿をコンパクトに伝えるべく、少しづついろんな設備を再生してる最中なんだと思います。

これはインクライン。奥にウィンチが見えます。
再びトロッコに乗せられ奥に向かっていきます。
かなり大きな建物の下にいたんですね。
出た!プラレールもビックリな簡易ポイント。

こんなんで脱線しないのかチョー不思議。
今度は何やろ?
・・・・・・ってここも体験コーナーですな。
あくまで想像ですが、元々はここにはチップラーがあったような雰囲気。
何だか怪獣っぽいコンプレッサーの残骸。
赤枠の丸いこの看板を見ると何か、チャイニーズってこれだよな~って思います。
巨大なウィンチ。

元々ここにあったのかどうかは不明。
鉄道模型のレイアウトみたいなリバース線で元に戻って行きます。
漢字って、こうして見るとスゴい明快な記号ですよね?

ん!?「鳥」が「烏」だな・・・・・・。
ホッパーの外側を回ってトロッコは進みます。
ここにも古いDL。

ただ、アバウトな作りや内部の計器類からしてバッテリーロコをそれらしく改造したモノかも。
再び最初のトンネルに入り・・・・・・。
戻って来ました。

さっきのカトーは修理が終わったのか試験運転中。
いや~猴硐坑、かなりガチな内容で楽しめました。
再び橋を渡って駅の方に向かいます。

ちなみにこの猴硐は炭鉱の規模としては最大で、全盛期の画像はネット上で色々すぐに見付かるので、比較してみてください。
猴硐煤鉱博物園区・・・・・・要は炭鉱記念館みたいなトコに入ってみます。
今渡ってきた橋とホッパーの往年の姿を再現したレイアウトセクション。
建物の中でもネコは我が物顔でくつろいでます。
しっかしこれだけの産業文化遺産を荒れるに任せるってのも何とも勿体ないような・・・・・・・。
まぁ、すぐにノスタルジーに走りがちな日本と、アタマの切り替えとか割り切りの速い中華のノリの違いなんかも知れません。
昭和30年代くらいまでは日本ももっとギラギラしてたんですけどね。
「犬連れて来ちゃダメ」ってな意味でしょうか。
再び台鉄に乗って瑞芳まで戻ります。
駅はホンマ、日本と一緒なカンジ。
ただ日本とちょっと違うのは、ホームは極力真っ直ぐ作って、そのシワ寄せで線路の橋端の方が意外に急カーヴになってる駅が多いように思います。

午後はいよいよ金瓜石・九份に向かいます。
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