「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
2018 台湾(三日目・九份・金瓜石)

あ!どうやらバス停はこっちの方に行くみたいっすね。

その前に現金が不足して来たんで円を元に両替しないと・・・・・・。
金玉堂っすかぁ~!(笑)
乗ったバスは路線バスとは申せ、観光バスタイプで快適。

でも運転はムチャクチャ荒っぽい。グイグイと山に向かって高度を稼いでいきます。
九份を通り過ぎてまずは金瓜石の金瓜石黄金博物園区・・・・・・要は鉱山資料館へ。
ところが先に着いてた韓国からの団体客がウンザリするほど騒がしい。
こりゃかなわん、とそのまま小さなバスに乗り換えて十三層に向かうことにします。

あ、背後に見えるのは鉱山現役時代の送迎バスみたいです。
いきなりマイクロバスですわ。

そいでもってさっきのより小さい分、ますます運転が乱暴。
金瓜石はかつて台湾どころかアジアでも最大級の金・銀・銅鉱山で、特に戦前に隆盛を極めました。

鉱脈の枯渇による最終的な閉山は1985年と、近代化された採掘にもかかわらず90年くらい持ったワケで、驚くべき埋蔵量だったことが伺えます。
坑道からの出水がそのまま滝になった黄金瀑布。

要は鉱毒水なんですけどね(笑)。
いささかクルマに酔って苦笑い。
しっかし、鉱毒水の滝まで観光名所にしちゃう逞しさはまぁやっぱしチャイニーズやな~、って思います。
う~む、廃墟心をくすぐる遺構があちこちに点在してますな。
ガーン!

キッチリ柵してありました。
実は現在、この一帯を世界文化遺産に登録しようとするうごきがあるらしいです。
ちなみに日本統治下での鉱山労働はメチャクチャ好待遇で、危険を伴う仕事でありながらも人気は高かったようです。
巨大な土管は煙道の跡。

日立鉱山にも同様の遺構が残ってますね。
海に続く鉱山鉄道の橋脚。
ただ、太平洋戦争が始まって以降、連れて来られた英米の捕虜はすさまじく劣悪な環境に置かれてたと言われます。
滝の流れ込む川は海までこんな感じ。

今でも海はこの影響で本来の青と茶褐色の二色に分かれており、陰陽海と呼ばれます。
う~!これが日本国内なら絶対に潜入調査するんだけどな~!
とにかく素晴らしく大規模に鉱山施設が至る所に残ってます。
しっかし管理は平渓線沿線のアバウトさに比べると意外なまでに厳重。

どこも入れそうなトコがありません。
まぁ、金鉱山で精錬施設を持ってた場合、高効率な抽出のためにシアン化合物を使うことが多く、迂闊に入るとチョー危険ですからね。
振り返ると西日に輝く「天空之城十三層遺址」が見えました。

超巨大な選鉱場の基礎です。最上部には建物も残ってますが、足尾や明延の規模を遥かに凌ぐデカさ。
アップにするとこんなん。
その隣にも巨大な建物。

う~!内部が見たいぜ!撮影したいぜ!
おそらくは積み出すホッパー等が並んでいたであろう巨大な空地は、今ではバスターミナル兼駐車場となってます。
こりゃ変電所跡か何かかな?
ちなみに金瓜石とは、元々あった巨大鉱脈の露頭の岩山がカボチャのようだったから付けられた名前。

・・・・・・今はもちろん掘り尽くされて消滅してますが。
バスで九份にまで戻って来ました。

ここまで来ると観光客だらけ。
観光客の波に紛れて有名な九份老街に入って行きます。

要は昔の鉱山の商店街だったところのようです。セブンイレブンの看板が実にウザい。
狭い路地の両側にビッシリと、今では観光客相手となった商店が並んでます。

九份は金瓜石よりも古い金山の町で、その経営者一族の末裔の一人が歌手の一青窈。
あんましだから生活感みたいなモンはありませんね。

観光のための観光、っちゅう印象。
日本からの修学旅行生がナゼかメチャクチャ沢山いました。
ここをウロウロしたって観光にもならんと思うんですけどね。
珍しく犬が歩いてます。

飼い犬か野良かは分からりませんが、ひじょうに行儀が良い。
アメ横みたいっちゃアメ横みたい(笑)。
烏梅汁は酸梅湯とはちょと違うみたいで、青梅を燻製にしたものから作るみたいです。
道はところどころ枝分かれして何か怪しそうな雰囲気ありますが、まぁ結局はフツーの観光地。
ここまで九份がメジャーになったのは実はこの20年ちょっとのコト。

70年代初めに閉山になってからは、ほぼゴーストタウンと化してました。
暮れなずむ基隆湾。
空前のゴールドラッシュにかつて湧いた町は、今は観光でもう一山当てるべく奮闘中。
奥まで行くとジャニタレのアルバムジャケットになったっちゅう聖明宮。
夕暮れが迫っても人通りは全く減りません。

ナゼかっちゅうと・・・・・・
・・・・・・みんなこれが見たいから(笑)。

今は台湾観光のパンフレットの表紙になることさえある「阿妹茶酒館(アメイテャジュガン)」。
もちろんヨメも見たい(笑)。

しかしながら「千と千尋の神隠し」のモチーフになったっちゅう説、ありゃどうやらガセみたいっすね。

だってここそもそも風呂屋ちゃいますもん(笑)。
それはともかく、朝のラッシュの駅のホーム並みに狭い坂道に人がウジャウジャ溢れ返ってます。
日本の祭りとかでも提灯は並ぶんですけど、なんかヤッパシちょっと雰囲気が違うんですよね。
随分暗くなってきました。

いいかげん帰らんとあきません。
だからセブンイレブン、邪魔や!っちゅうねん。

景観ブチ壊しやで、ホンマ。
すっかり暮れた中、瑞芳駅に戻って来ました。
台北までの列車はかなり遅くまであるみたいです。
おなかが空いたんで駅近くで食べれるトコを探します。
ちょっと行くと、屋台が集まったようなトコがあったんでそこに入ってみました。
こちらでは珍しい焼餃子。

かなり大きなのが10個で40元だったかな?
日本でもおなじみ酸辣湯麵。
すり身団子の湯麵。

どれも美味くて全部で230元だったと思います。
他にもいろんな店が並んでて、ある意味フードコートっぽくもあります。
これはおかずを自分で選んでいく定食屋みたいなところ。

食材が良く分からないんで残念ながらパス。
言葉は通じませんでしたけど、ジェスチャーと筆談で大体何とかなりました。
もちろん道路沿いにはそれほど大きな規模ではありませんが夜市も出ています。
建物はおそらく日本統治時代のモノが多数残ってます。

急速に近代化が進む台北とかと比べると、ちょっと離れたこの辺はまだまだ昔の台湾な風景が随所に残ってる印象。
花蓮方面に向かう列車はガラガラ。

台湾は地形的な問題もあって、西海岸の発展に比べると東海岸が取り残されてる印象。今でこそ改軌されましたが、70年代の終わりまで花蓮~台東間はナローゲージの路線でした。
これはどこの駅だったかな?

特急の通過待ちで、普悠瑪号が抜いて行きます。
今でも使ってるのかどうかわかりませんが、側線には古い客車が大量に留置されてあります。
夜中近くに台北に戻り、すぐさまタクシーに拾って・・・・・
今夜も昨日と同じ西華大飯店に。

いや~、実に長い一日でした。絶対フリープランの方が色々見て回れますね。

明日は最終日で、台北市内をウロウロする予定です。
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved