「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
2018 秩父(二日目・後半)

次にやって来たのは、今はTV番組とかにもしょっちゅう出て来るココ・・・・・・秩父珍石館です。

以前行きそびれてスゴく後悔してました。
隣の自宅に声掛けて鍵開けて入らせてもらうと、いきなり石だらけ。
ものすごい数の取材が世界中から入ってます。大人気やんか。

その割に実際の入館者は少ないのが残念。
これ、ずぇ~んぶ石!それも人面石ばっかし。

先代の館長が近くの荒川から何年も掛かってコツコツ集めたもの。
今の館長は娘さんだそうです。

曰く、「やってる時は何やってんだろ?って思ってたんですけど、今じゃこうして世界中から取材が来るんだから、分からないもんですよねぇ~」とのコト。
ムンクな石(笑)。

水石の世界は「見立て」によって成り立ってるんですけど、それをエクストリームな形で推し進めたのが人面石なんだと思います。
しっかしまぁ、よぉもこんなに集めたモンだ。

当然ながら加工したものは一つもない、とのコトでした。しかし「自然の妙」っちゅうにはB級感が溢れまくりで楽しい。
そしてこれこそが最高傑作(!?)。

中井正広の「黒バラ」に出て来てた「人面石くん」のモデル。
今は館宝として大切に神棚に祀られています。

手前にあるのはそのレプリカで、以前は通信販売もありました。
初代はカメラもお好きだったようで、片隅にはそのコレクションが。

他には若干ですが、正統派の水石なんかもありました。
以前、「奇想を巡る旅」って駄文で、余人には理解しがたい情熱に基づく摩訶不思議な蒐集や創作は、案外フツーの市井の人がやるモンだ、って書きました。
それはココのコレクションや、初代館長の人となりを伺って確信に変わりました。

ただのウケ狙いでこんなんできません、って。
今は噂が噂を呼んで、各地から寄贈される石も多数あるとのことです。何でも継続は力なりですな。

ならば私の所にも撮影して欲しいってモデル応募のリクエストがどんどん来れば良いんですが・・・・・・(笑)。
お腹が空いたので、秩父名物「わらじかつ丼」を食べようってコトになりました・・・・・・が、有名店は大行列なんで、ちょっと外れたトコにある「梵天茶屋」ってのに立ち寄ります。
みんなが食べてるのを見てボリュームに恐れをなして、ヨメは山菜蕎麦に変更。
まぁ、朝もかなりシッカリ食べてましたからねぇ~。
出た!わらじかつ丼!わらじだけあって2枚一組なのがどの店も流儀です。

ちなみにこの店は味噌味でちょっと他店とは違ってました。また、温泉も併設されてるんですけど、敢えて立ち寄る必要も感じなかったのでパス。
そんなんで続いてやって来たのはココ。秩父の隠れ里と呼ばれる風布(ふうっぷ)の姥宮(とめみや)神社。

傘状の変わったお飾りが立てられてます。
ここの最大の特徴は、狛犬ではなく狛カエルが入口を守ってるコト。

こっちは背中に子供載せてます。
阿形・吽形にはなってませんね。
とても小さな神社なんですが、ここは見どころ沢山。
拝殿の前の埋もれた磐座に加えて・・・・・・
裏にも巨大磐座があるし。
なおかつこれが嬉しいことに胎内くぐりになってたりします。
よっこいしょ、っと。

脱いでやってもらった方が絵になったかも(笑)。
抜けると案外広かったです。
「富發の杉」という杉の大木・・・・・・「富髪」でも個人的にはありがたかったかも(笑)。
こっちも胎内くぐりになってましたが、何やら入口に祀られて通せんぼされてました。
ゲロ♪
ゲロゲロ♪

ちなみにヨメはカエルが大の苦手だったりするんですが(笑)。
続いては山を下って東秩父に回り込んで、桜が満開の空地に到着。
こんなに素晴らしく咲いてるのに、花見の人は殆どいません。
・・・・・・だから我々には却って好都合なんですけど(笑)。
クルマを停めて向かうのは・・・・・・
・・・・・・ココ!先行して駄文の方で紹介した根古屋石灰鉱山跡です。

昭和40年代の初めまで、ここまで東武鉄道の貨物線が来てました。
グルーッと建物の上の方に回り込んで、ひじょうに頼りない階段を下りて行きます。

錆びまくりでグラグラになっててチョー怖い。
潜入成功。それほど規模的には大きくありませんね。

何か昔はココに巨大な機械が据えられてたんでしょうが、今はガランドウです。
一段下には砕いた鉱石を持ち上げてたと思しき機械と・・・・・・
巨大なボールミル。

このボールミルを見て、私はここが鉄道遺構ではないことに何となく気付きました。

だって粉末にするモンですから。
スイッチ類も昭和40年代に廃線になった鉱石積込施設のモノとしては、新しい気がします。
まぁ、素敵な廃墟なんでどぉでも良いんですけどね。
何とも物々しい鉱石シューターの扉。

山の上の索道終点からここまで落としてたんでしょう。
隣に変電所跡もあるので入ってみることにします。

これはモーターでしょうか?
ここも目ぼしいものはほとんど残っていません。
左の配電盤が妙に新しいですよね。

後から分かったんですが、廃線後ここはセメント工場として80年代くらいまで稼行してたようです。
しかしそれさえも廃止され、今は生い茂る藪に埋もれた遺構がいくつか残るだけ。
ドラム缶みたいな変圧器。

古いのはPCBが内部に大量に使われてるって聞いたことがあります。
恐らくこの変電所、鉄道があった頃はホッパーに向かうコンベアの橋脚だったのではないかと思います。
ええ、ここではホンマ大量に撮影しました。

ただ、夏から秋は雑草が凄まじくて近付けないのではないでしょうか。
再び満開の桜の下へ戻ります。
枝振りといい咲き具合といい実に素晴らしい。

これまで見てきた沢山の桜の中でも、ここは間違いなく上位に入ります。
そんなこんなで陽も傾きかけた中、根古屋石灰鉱山跡を後にします。
続いては小川町にいくつか残る造り酒屋の一つ「晴雲酒造」へ。
小川町は秩父の岩盤を抜けて湧く硬水が豊富だったことから、今でも造り酒屋がけっこう残ってます。
上のショットにあった煉瓦煙突の下。

昔はもっと背が高かったって書いてありました。
仕込水。

良し悪しは私には良く分かりません。
「キンタマ」、ではなく「きんぎょく」(笑)。

焼酎だそうですけど、もちょっと違う名前を考えた方が・・・・・・。
何本か購入しました。

さて、急がねば!もう1ヶ所行きたいトコがあるんだった。
離合にも難渋するような恐ろしく狭い道をダダダーッと上がって着いたのはココ。

観ての通り白銀平・・・・・・雪は無いですけど(笑)。
ひじょうに特異な形の展望台があります。

・・・・・・あ!ちなみに読み方は「しろがねだいら」です。
埼玉から都心にかけてが一望できます。

・・・・・・ってこの近くにもっと行きたいトコがあったんだ。
ペロッ♪(笑)。

今回はこのテのショットが多いですねぇ・・・・・・。
行きたかったのは展望台のやや手前のココなんです。
御師岩と呼ばれる磐座に到着、実はもうかなり薄暗くなってます。

かつては修験の行者がこの上で座禅組んでたらしい。
ちなみにこの岩にはポンポン山とかと同様の言い伝えがあって、地下が空洞になってて上で飛び跳ねると響くとかナントカ・・・・・・。
当然やってみましたが良く分かりませんでした。

ここでいよいよ日没、タイムアウト。一泊二日とは思えないくらい詰め込みまくりのスケジュールでしたが、移動距離が少なかった分、とても充実した2日間でした。

あとは関越に出て、一路東京に戻りました。
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