「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
2007 埼玉

3月の猛烈に冷え込んだ日、ふと思い立って耐寒野宿をしに秩父方面へ出かけました。
これまでの暖冬が嘘のように寒い・・・・・・って、標高800m超えてるのもありますけど。
堂平山の頂上直下は一面の草原になっており・・・・・・
このように秩父盆地が見渡せます。
日没も近い。
写真では分かりにくいのですが、強風が吹きまくってムチャクチャに寒い。
早々にテントの中に篭ります。

上にエマジェンシーブランケット、下には薄手のキャンプマットとアルミ蒸着の素材で上下を挟んでるので、蒸れはするもののかなり暖かい。
カラダの中にも燃料注入!(笑)。
外はまだ明るいのですが、ちょっとでも暖を取ろうとキャンドルランタンに着火しましたが、テントが風で揺れまくり。

両サイドのドアもこの後すぐに閉め切りました。
今夜のご飯は見ての通り。アルファ米はあんまし美味くないけど、ゼータクは言ってられません。

この後、することもないので寝ましたが、強風どころか暴風が吹きまくってうるさいのとテント倒壊が心配であまり眠れませんでした。
・・・・・・しかし大した道具でもないのに暖かく過ごせました。

翌朝、水飲もうとプラテパスからカップに水を入れた途端この通り。

いや〜、驚いた〜!
風も収まり、天気快晴なれど、モーレツに寒い。
青空の下、クラシカルな姿で聳える天文台。
・・・・・・えっ!?扉が閉まってるやおまへんか!

アセりましたが、内側から鍵が掛かってることで人が中にいることがわかって、開けてもらいました。昨日は気付きませんでしたが反対側の斜面にパオの並ぶキャンプ場があったのです。
そのままタラタラ下ると東松山に来たので、近頃とみに有名なこちら、百穴温泉に久々に立ち寄ります。

そぉいやここについては昔撮影した分のネガがどうしても見つかりません。「神秘珍々ニコニコ園」も入ってたのになぁ。
7年前に来た時と少しも変わらぬ姿です。
民家のような建物の外観。
「センター部」と「旅館部」って一体何が違うんでしょう?
やや荒れた感じのフロント。
奥につながる廊下と、なぜか整髪料が無闇に並ぶタイル張りの洗面台。
自炊客も受け付けるのでしょうか、コイン乾燥機が見えます。
この向こうがどうやら「旅館部」、右は大広間兼休憩室。

浴室への通路は立ち位置のすぐ右。
男湯の暖簾の奥に女湯のが下がる変わった構造。
殺風景な脱衣場。

先客は誰もいません。
裏にあるクレー射撃場の銃声だけが響く浴室全景。湯船は上下二段になっています。

浴槽は加熱の鉱泉にしてはかなりの広さがあります。
一人だとどうにも寂しいなぁ。

家族ができて失くした最大のものって「孤独への耐性」かも知れません。
上段の浴槽。

妙なことにこっちの方がぬるい。
最奥から入口付近を望む。ドーム型の天井は半透明の塩ビ波板で、たまに散弾がバラバラと降って来るのがブキミ。

見える扉は女性の更衣室からのもので、男性の入口は左の植え込みの陰に隠れています。
女性専用の内湯。

白ペンキを雑に吹き付けただけの目隠し。もちょっと綺麗にやりゃエエのに。
棕櫚と躑躅が同居する植え込みの中央付近から、熱い湯が流れ込んでいます。

暖かいせいかすでに満開。
窓の外には一面に藻が繁殖した池。

何だか荒れ果てたところでそのまま時間が止まったかのような風景です。
こうして見て行くと、かなり荒れてはいるものの、この温泉が実はひじょうに鄙びた、それも昭和30〜40年代のレジャーブームの遺構に近い、貴重な存在であることが分かります。
もう一枚セルフで。

中年太りの突き出たハラでは、やはり何だかパッとしませんな〜(笑)。
のぼせたので大広間で休憩。

音響機器と呼べるものがなく、長年宴会場としては使われていない雰囲気です。
「MENU」のフォントの微妙な時代遅れ感がいい。。
鯉関係のメニューは消されてしまってますが、あとは一通り揃っているのが分かります。
しかし今日は野宿野郎として来たし、食材も燃料も時間も余ってるので、前の空地でパスタをこしらえました。

今は色々悪評高い百穴温泉ですが、昔のように落ち着いて静かに入れたのはラッキーと言えるでしょう。

あとはそのまま関越で東京に戻りました。
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