「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
性の規制/生の規制


うちにもあるぞ、このハンカチ。日本はいい国だったんだけどな。

 マルキ・ド・サドはそもそも何で牢屋に閉じ込められたのか?っちゅうと、実はそんなに大したことしてない。実験的に娼婦相手にちょいとばかし鞭打ちを行ったり、鶏姦を試みたり、下剤入りのボンボン食わせたりしただけである。
 鞭打ちや下剤はまぁみなさん分かるとして、鶏姦とは何か?っちゅうと、要は後背位のこと。「バックから挿入」ってヤツだ。今どき誰でもヤッてることだが、当時は神をも畏れぬ100%地獄行きの大犯罪とされていた。さすがの娼婦も強要されて畏れをなした。そして警察に垂れ込んだ。嗤ってしまうけれど、クダらない耶蘇の教義においては、正常位以外の性行為は認められてなかったのであった。そんなんだから、サドは貴族だったので罪一等減じられてまだ刑務所収監で済んだのだけど、当時、鶏姦がバレると通常は死刑だった。アホかと思うが事実である。
 この点においてカーマスートラやタントラを生んだインド、「金梅瓶」を生んだ中国は凄い。

 ハードコアポルノの古典に「ディープスロート」っちゅう映画がある。フェラチオを初めて真正面から取り上げた映画だけれど、これも最初はどえらい物議をかもした。どだい制作自体も非合法なものであった。何でか、っちゅうと、チンコにマンコに突っ込む以外の使い方をさせるのはこれまた耶蘇の教義に反することだからだ。
 主演のリンダ・ラブレースは後年に至ってアンチポルノの急先鋒として活躍することになるが、その著書によれば彼女としては股を開いて挿入されてるのを撮影されるのがイヤでイヤで、それで一種の苦肉の策として、これはこれでアカン思いつつフェラチオを得意技としたのだという。だから彼女の回想録のタイトルは大仰な「ORDEAL(試練)」なワケだ。まことにヘンな国やで、キリスト教国って。
 言うまでもなく日本では古来、「尺八」と称して普通に行われていることだ。みなさんも咥えさせたり咥えたりしたことはフツーにおありだろう。

 さて、インドや中国もすごいが、四十八手を考案した日の本の国も負けていない。井原西鶴の「好色一代男」において、主人公世之介が行方不明になるまでに関係したのは女が加藤鷹もビックリの約3,500人、男が約700人である。つまり1/6を男が占めている。もちろんこれは創作の世界だから、これが当時の世間平均かどうかは分からないが、少なくとも明治以前の日本においてはホモはごく一般的なことだった。最初は僧侶の世界から公家、武士とだんだん広まり、江戸時代には庶民にまで普及していた。「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんだって、尻あがり寿は極めて正しい。彼等は原作においてきっちりホモ達なのである。ま、おれ個人はホモは大嫌いだが・・・・・・。

 若者の性の乱れ、なんてツマンネェ話が相も変わらずネタになってるが、赤松啓介っちゅう在野の民俗学者の「夜這いの民族学・夜這いの性愛論」(ちくま学芸文庫)を読むと目からウロコだ。主に瀬戸内側の兵庫県の村々での夜這いの風習を採集してある。ただ、あくまでベースは常民からのヒアリングであり、数知的なデータがないから少々大袈裟に書き立てた可能性がないとは言い切れない。しかし、それでも行商しながら見聞きした話はまったくの捏造とも思えない。遅くは1960年代くらいまで夜這いの風習は(恐らくは全国的に)存在し、それは男女どちらもが行うことだった。性は日常生活の中に不可分のものとして遍在していた。
 いずれにせよこれ読めば不倫だ浮気だ援助交際だ、などとガタガタ抜かすのも、男性原理なセックスの打破を叫ぶのもバカバカしくなるだろうし、なんで結婚しない男女や「草食系」が日本で増える一方なのかも仄かに見えてくる。

 才人、井上章一のラブホテルの成立史を論じた「愛の空間」(角川選書)を読むと、日本では戦後しばらくくらいまで若い恋人同士はアオ姦が普通だったことが良く分かる。昔、っちゅうてもつい数十年前までは男女が郊外に出かけるとはそれだけで性的な意味があったのだ。これまた才人、テリー伊藤の「お笑い北朝鮮」だったか、その出版前後のインタビューだったかによれば、かの国は未だにそうみたいだが・・・・・・(笑)。

 ・・・・・・つらつらとセクシャリティにまつわるいろんな歴史上のエピソードを列挙してみた。

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 少し前の話になるが、「大人の遠足」っちゅうナカナカ笑わせてくれる名前の団体が官憲に摘発されていた。どぉゆうカドでかとゆうと、観光バスを貸し切って男女が社内で乱交パーティーしながら観光地に行くって能天気なイベントの途中、バスのウィンドウのカーテンを開けて他の走ってるクルマに見せつけたからだという。公然猥褻、っちゅうこっちゃね。どれだけ見せつけたのかは良く分からない。
 そのしばらく後にはマンションの一室での会費制の乱交パーティーサークルが摘発されていた。閉鎖的な場所であれ会費さえ払えば自由参加にしている以上、やはり公然猥褻が成立するとかナントカ、詳しくは忘れたがそんな理由だったと思う。その他にも専らこの手のオージー系の寄り集まりが摘発されたニュースは近頃ポツポツ見かける。

 最初は「ポリっちゅうのはホンマしょうもない連中やなぁ〜。余計なお世話やんけ!」と、苦笑にも似た感慨を抱くだけだったのだけど、そのうちストリップ劇場の摘発ともちょと違う、如何にも見せしめの綱紀粛正的なこれらの摘発に、ひじょうに危険な兆候があることを看守せずにはおれなくなった。いささか大層だが、これって戦前の治安維持法に近い個人思想に対する規制と取り締まりなんぢゃねぇの、と・・・・・・いや、違う。それは別段今に始まったことではあらへんがな。

 端的に言っちゃうと、おれには官憲による人々の去勢活動の一環のように思えたのだった。たしかに走る観光バスで見せびらかしてるのは事故の危険もあって宜しくないような気もするが、マンションの一室でヤリまくるくらいで何がそんなに問題なのか!?そしてそれを面白おかしくニュースで報じてどうなるのか?ちょっと同時にみんなでヤリまくるくらいの性向を押さえ込んでどうしようっちゅうのか?
 も一つついでに言うと、公権力がズカズカと、まぁ、好きモノの同好会みたいな存在のところに踏み込むなんて、またマスコミがメディアの力をカサに着てそれを嬉しそうに記事にするなんて、和気藹々とみんなでセックスに励んでる姿を晒すより、よほど傲慢で猥褻なことのようにも思えた・・・・・・って、ま、そこまでここで取り上げちゃうと紙幅とおれの能力に大幅に余るので置いとくとして、ともかく「去勢」である。生殖機能を剥奪することなのである。

 ・・・・・・ようやっとお題に近づいてきた。

 「性」と「生」・・・・・・語呂合わせで言ってるのではない。多くは官憲、あるいはワケの分からん市民団体、そしてその尻馬に乗るマスコミ(言うまでもなくこの数十年で劇的な広がりと高度化が進んだ)による、いろんな性に対する規制っちゅう2プラトン攻撃は、ひいてはおれたちの「生」そのものを抑圧・規制しようとしているのではないか?それもやる方もやられる方もまったくもって無自覚なままに・・・・・・そんな気がして仕方ないのだ。

 過去に何度も指摘しているように、現代においてセクシャリティは見事なまでに慎重かつ繊細に人々の日常生活から切り離され隠蔽されているとおれは考えている。え!?エロ本が氾濫してるぢゃないか?アダルトビデオが氾濫してるぢゃないか?ラブホテルはいつも満室ぢゃないか?出会い系は手を変え品を変え隆盛してるぢゃないか?・・・・・・なーんてバカな疑問が浮かんだお気楽な人は、既に大衆操作の刷り込みがなされていると思っていい。
 性が猥褻の回路にのみ縛り付けられ、そしていつしか陽の当たらない所にある何だか後ろ暗いモノとして狭義に限定され、それを誰も疑問に思わなくなることこそが、実は去勢の第一歩なんだと言いたい。

 言うまでもなくセクシャリティには猥褻以外にも愛だの恋だの快楽だのっちゅういろんな回路がある。とりわけ根本には生殖っちゅう重要な回路があるのを忘れてはならない。回路、ってな言い方をしたがそれらは個々に独立したものではなく複雑に入り組んでいる。そんなんだから、この部分だけ純化して取り出そうたってそうは問屋が卸してくれないのは理の当然だと思うのだが、バカな官憲やネタのためには手段を選ばないマスコミにはどうやら分からないらしい。

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 論文書く気はないので、これ以上堅苦しいことをグジュグジュ書いても仕方ないってね。

 ともあれ、上にも書いた非婚男女の増加、結婚年齢の上昇、ひいては少子化といった問題の背後には、セクシャリティの日常からの分離と、それに伴う精神的な去勢が大きく横たわっているとおれは思っている。そりゃ勿論、景気や雇用情勢、日本の住宅事情、企業の賃金制度、核家族化の進行、地縁の希薄化といった諸々の問題が大きく影響しているのも事実だろうが、だからってそれらが全て改善されたとしても、このままで良い結果が得られることは絶対にないだろう。

 「性の解放」なんて手垢のついたスローガンを叫ぶ気は毛頭ない。ある意味、おれ達はすでに解放されてるとも言える。市中には表象のセクシャリティが氾濫しているのだから。
 ただ、意外にも解放されたはずのおれ達はいつの間にか厄介な見えない規制に捕らえられ、「生」そのものを脅かされてるのだ、っちゅうことを少し立ち止まって考えてみる必要があると思う。

2009.09.26

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