「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
カバン好き


究極のトートバッグってやっぱこれでしょうな〜。

 この歳になってやっと気付いた。あまりこれまで意識したことがなかったのだが、どうやらおれはカバン・バッグの類が大層好きなようなのだ。

 たしかに家には沢山ある。通勤に使ってる何の変哲もない「ポーター」のバッグに始まり、仕事用が大小さまざま4つ、20リッターから45リッターまでリュックサックが5つ、ウェストバッグが3つ、ショルダーバッグが2つ、メッセンジャーバッグが1つ、チャリにもサドルとフレームに1個づつ、特殊なトコではギターケースやエフェクターやシールドその他を納めるジュラルミンケースなんてーのが6つ・・・・・・と、オッサンの持つ数としてはどうにも多い気がする。この他にもおれ個人のではないけれど、家族共用で旅行用のボストンバッグ、っちゅうんですか、あれの大きいのがいくつかあるから、クロゼットや箪笥の隙間はもぉカバンだらけである。別に意図的に集めたんでもないのにいつの間にかこんなことになっちゃってる。そして、恐らくこれからも増え続けるのだろう。

 もちろんこれらを均等に使い分けているワケではない。仕事用で言えばキャスターの付いたヤツなんてもちろん出張の時しか使わない。休みの日も大体は小ぶりなショルダーで事足りる。ネカフェ住いのニートやレゲェのオッサンぢゃあるまいし、大体において肌身離さず持ち歩かにゃならんモノがそんなに多くはないのだ。札入れ・小銭入れ・カードケース・ケータイ・タバコ・鍵・・・・・・せいぜいそんなところだから、冷静に考えると何とか整理すればポケットにだって入ってしまうくらいの分量と言える。

 つまりそこまでいろんなカバンを所有してなきゃならんシチュエーションなんてそれほど多くないのだ。

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 では何でおれはカバンをそんなに買ってしまうのだろう?

 一つには無論、合理性がある。おれはカタログが大好きなので、街に出るとついついもらってしまうのだが、これが上質紙を用いているのでかなり重い代物なのだ。だから紙の手提げだと取っ手が千切れたり底が抜けたりするし、それにカタログやパンフレットって無料が原則だから、もらう時にどことなく後ろめたさ、っちゅうか恥ずかしさがあって、あんまり長く手に持たず早くどこかに仕舞い込みたいって気持ちが働く。それに何より手が塞がってては邪魔ですわな。
 おれはまた本も大好きなので、街に出かけるとたいていは何冊か買ってしまう。展覧会に行けば図録はほぼ必ず買い込む・・・・・・って、まったくもう書物淫乱の面目躍如たるものがあるが(笑)、とにかくこれらもまたムチャクチャに嵩張って重い。

 かといって、家から中身スカスカの大きなカバンを持ってくのはどうにもイケてない気がする。なんか初めっから集めることだけを目的に行動してるみたいだ。パンフにしても本にしても、いや、どんなものにしてもだが、コレクトとは本来的には「結果として集まっちゃう」から楽しいのであって、行為が目的化するのは実は愚策なのである。だからたぶん、ヲタクのイケてなさの本質は服装よりもあのリュックにあると思うのだが、どうだろう?
 ならば小さくたためるトートバッグでも忍ばせてりゃエエやん、って?・・・・・・それもそうだな、よし!早速買いに行こう。ああ、またカバンが増えるな(笑)。

 2つ目にはあるだけで楽しい、っちゅうのがある。グッズ、っちゅうこっちゃね。趣味性の強いリュックなんかがまさにそうだ。45リッターのザックがあれば、小屋泊まりなら相当長期間の山行だって可能だし、35リッターでも荷物を工夫すれば夏場のテント泊が可能であることをこれまでおれは何度も実証してるけど、そんな道具が近くにあるとそれだけでまた出かけて行くことを夢想できる。言わば夢を拡げるための踏み台としての効能である。男のロマン、とかヘーキで抜かすバカがいるが、要は所詮そんな程度のチンケな効能に過ぎない。

 蓋を取るとそのままエフェクターボードになる、角を補強したいかついハードボード製の黒いケースにしたってそうだ。今は別にバンドやってるワケぢゃないんだから、そんなモンに納めず居間の床に並べてあったって何一つ不自由することはない。埃かぶるのがイヤならテーブルクロスみたいなのを被せておけばそれでOK。何の問題もない。
 でもねぇ、それでは何だかちょっと寂しいんだよ。キブン出ないんだよ。その内、ステンシルで白くアーティスト名を入れたりしてね・・・・・・どんな名前やねん!?(笑)

 自転車のちっこいカバンにしたって、その実用性は些少である。昨秋、自転車を買うと同時に小物類もその場で見つくろって取り付けてしまったのだが、そこで店員の言うことが奮ってる----「サドルバッグなんかは出来るだけ小さいのがクールなんです」。プロの意見になるほどと思ったおれは、その店で一番小さいのを選んだ。.
 ところがそれに工具や替えチューブ等、最低限の不可欠ななパーツを買って入れようとすると収まりきらんではないか!(笑)。いくらなんでも意味がなさすぎる。おれはヘンテコリンなポケットが胴周りに着いたジャージを買う気はないことを馬脚を露わした店員に告げ、それらがキッチリ収まる大きさのに変えてもらった。乗るにつれてその後、フレームに付けるバッグなんてのも必要を感じて追加したのだけど、これがまた悪い冗談のように容量が小さい。いや、「殆どない」っちゅうた方が正確だろう。タバコとケータイ入れたらもうパンパンなのだから(笑)。

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 あれこれと半ば言い訳がましく書き並べてはみたけど、実はもっと根本的な理由が自分のカバン好きにはあったことに最近になって気付いた。家への帰り道、電車に乗ってて前に座るオネーチャンが犬を入れた「ポータブルな檻」とでも呼ぶべきカバンを足許に置いてるのを見て、いきなりおれは天啓を得たのだ。なんだ、そ〜ゆ〜ことだったのか!

 結論を言おう。嗜虐趣味の象徴の一つとしておれはカバンを捉えていたことに気付いたのだった。フェティッシュは本質ではなかった。

 思えば、自分の気に入ったものでチマチマと充たされたカバンの中は、偏愛と恣意の横溢する「監禁」そのもののミクロコスモス、あるいは小さな王国だ。まぁ、これが小学校の頃なら親に見られると叱り飛ばされるにきまってるような酷い点数のテストの答案なんてーのも入ってることがままあったが、今はもうそんなことはないしね。
 けだしこれは蓋のシッカリしたカバンでないとどうにもサマにならないのは事実だろう。カッチリと閉まることが何より大事で、ジッパーあるいは留め金、小さな南京錠でもついてればより一層雰囲気は盛り上がる、ってトコだ・・・・・・やっぱ口の開いたトートバッグぢゃあきまへんな〜(笑)。

 それに、カバンには容量というものがある。これは換言すれば「制限・制約」に他ならない。「一升枡には一升しか入らない」と俗に言うけど、20リッターのカバンには20リッターしか入らない・・・・・・そしてこの事実にはどこかボンデージ、また縄や吊り、ギャグボールのような「拘束」の雰囲気が漂う。そして詰め込めば詰め込むほどにギュウギュウではち切れそうになって苦しげになるのも、これまたいたく観念の快楽の回路を刺激する情景と言えるのではなかろうか。

 素材や製法にしたってそうだ。脆弱ではお話にならないから、とかく頑丈に作る必要がある。ヘビーデューティー命。だから要所要所が分厚い皮であったり、太い金具が用いられてたり、補強のためのリベットが打ち込まれていたり、ムチャクチャに番手の太い糸で刺し子されていたりするのだけど、これらとタトゥーやボディピアスを始めとする身体改造や拷問等の相似・連関については今さら言うまでもないだろう。

 さらには、衣服に近い所に位置するにもかかわらず、最新でピカピカのものより長年使いこんで自分にフィットしたものの方が喜ばれるのも、これを「飼育」や「調教」と呼ばずして何と呼ぼう(・・・・・・ま、皮革製品だと多かれ少なかれ共通することではあるけど)。

 意外なまでにカバンにBDSMの隠喩が満ち溢れていることが多少はお分かりいただけただろうか。

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 寺山修司が決して靴を履かず、たとえスーツ着ててもポックリ下駄みたいな厚底サンダル姿だったのは有名な話だ。

 例によってすぐに手許に本が見つからないのでウロ覚えで申し訳ないが、要は彼は靴を自由を阻害する物として見ているとの主張を展開している。童話を引き合いに出して、囚われのお姫さまが靴の中に住まわされてるのも靴の拘束性を象徴してる、ってな感じで、「自由のためにおれはサンダル履いてんだぜ」みたいに書いてた記憶がある。ああ、そぉいや主人のいない屋敷の中で召使が、ってな筋書きの「奴婢訓」も、その不在の主人の象徴は靴だったハズだ。

 実はそれは彼一流のミスティフィケーションで、本音のトコでは、背を高く見せるのにロンドンブーツぢゃあまりにベタだからあれこれもっともらしい理由付けてサンダルにしてカッコつけてこましたろ、ってなあたりがオチだったのかも知れないが(笑)・・・・・・下世話な想像を逞しくしようにも、亡くなって四半世紀を過ぎた今となっては知るよしもないか。

 ともあれ靴には何も感じなかったおれだが、カバンには同じ性質の物を、何とまったく逆の方向性で看守したのだった。

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 断言しよう。

 カバン好きはサディストだ・・・・・・いや、少なくともそうなれる素質がある、と。
2008.09.06

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