金鳥の夏、昔の夏 |

蚊取線香といやぁやっぱ萬古焼のコレですよね。
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https://store.shopping.yahoo.co.jp/より
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物心付いた頃から蚊取線香が大好きだった。
何が好きって、まずはあの渦巻。アレがなんとも言えず面白く思えたのである。渦巻模様にはどこか根源的に人を惹き付ける魅力があるんぢゃなかろうか。加えてそれが2コイチで組み合わさって缶々の中に入ってるのがこれまた面白い。今でも何だか陰陽の太極図を想い出してしまう。
蚊取線香の根元にはマイナスドライバーの先っぽくらいのスリットがあって、そこにグッとペナペナのブリキで出来た線香立ての先端を刺して立てる。だから折らないようにしなくちゃならなかった。今はグラスウールを敷いた置き型の蚊取器がオマケで付いてて、どこからでも火が点けられて消せるが、当時はかくも素朴な線香立てしかなかったために、線香を折ってしまうと厄介で、やらかしちゃった時は丼とかの深い器に針金に引っ掛けてたように思う。
しかしピッタリと組み合わさったのを上手く外すのは幼児にはいささか難しい。オマケにところどころで繋がってたりもするので、そこを綺麗に折り取らないと線香そのものを折ってしまったりする。素材の微妙な硬さとか脆さとか、夜店のカタ抜きにちょっと似てる。やらせて欲しいと母に頼んでやらせてもらうのだが、何とか繋がってる部分を切り離せても、組み合わさってたのが絡んだりして、それを外そうとするうちにやっぱし折ってしまったりすることがあった。
ナンボ貧しかったとは申せ、ブタの蚊遣りが買えないほどではなかったと思うのだけど、何故かうちはいつも皿の上にを載せて使ってた。ひょっとしたら或いは、在所不明でヘンな拘りに満ち満ちた父親のバイアスが掛かってたのかも知れない。そんなんであの蚊遣り器のある家が、おれはもう羨ましくって仕方なかった。あの白地に緑のワンポイントがチョロッと入ったシンプルかつユーモラスなフォルムは、日本的インダストリアルデザインの傑作ではないかと思う。
そしてあの香り。仏壇の線香ほど抹香臭くなく、ちょっと「すくも」のような干し草っぽさもあって、かといってフマキラーとかベープみたいなケミカルさはない。夕暮れ時、あちこちの家から夕餉の匂いと共に蚊取線香の香りが漂ってくるのは、幼心にさえ如何にも夏ってカンジがしたものだ。
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しかし、蚊取線香ってどれくらいチャンと効いてたんだろう?あれだけどこの家でも蚊取線香焚きまくってるのに、やっぱし毎晩陽が沈むと蚊は飛び交っており、なんだかんだで家にはいつの間にか侵入してきて、油断してると刺されて、1つや2つは噛み痕の赤い小さな腫れが出来るのだった。
調べてみると、蚊取線香の主成分である除虫菊にはピレスロイドといって殺虫成分が含まれており、例えばディーツみたいな忌避効果とは異なり、間違いなく蚊は殺せるハズなのである。ちなみにこのピレスロイドは神経毒で昆虫全般に効く(・・・・・・って両生類や爬虫類にも効くらしい)ので、鈴虫やらカブトムシを飼ってる家で蚊取り線香焚いたら死んぢゃった、ってな話もあるから多分、効いてなくはないんだろう。決してプラシーボや気休めではないとは思う。
ただ、農作業用の強力ヴァージョンが売られてるトコからすると。家庭用のはやっぱし効きがちょっとばかり薄いのかも知れない。大体において見た目的にも煙が少なくてあんまし効いてなさそうな気がする。実は殺虫成分無くたって、煙で燻すだけでも虫は寄って来なくなると言われる。江戸時代以前の蚊遣りとはそんな感じでボンボン煙を出すことで蚊を追い払ってたらしい。煙幕張るようなモンだな。それに比べるとなんぼピレスロイドがどぉこぉっちゅうても、スゥ〜ッと一筋二筋、細いのが立ち上ってるだけなんだもん。
それに比べると、昔の魚屋の二大マストアイテムだった茶色でぶっとく、真っ直ぐな蚊取線香なんて(もちろんもう一つはクルクル回転するハエ取り紙やね)、エラく豪快に煙が出てた記憶があるもんな。
結局この効いてんだか効いてないんだか良く分からないマイルドさこそが案外、蚊取線香の魅力なのかも知れない。劇的で確実な効果を求めるならば、もっと強力なのが今ではいくらでもあるんだからそれ使えば良いのだ。そぉいやおれがガキの頃でも既に、切符の硬券を薄青くしたようなのを加熱器に乗せて使うベープなんてのはフツーに売られてたっけ。
そう、煙。煙が立ち上ってこそ蚊取線香には情緒があるんだけど、実はこの煙こそが意外にクセ者で、蚊取線香をしょっちゅう焚いてると、タバコを室内で吸うのと同じ伝で臭いが段々付いてくる。オマケにこれまたタバコ同様、何となく室内がヤニで赤茶っぽく染まって来る。年季の入ったブタの蚊遣り器の中を見れば一目で分かるけど、これがかなりネトネトだ。
そんなんで現在は煙の少ない蚊取線香なんてモノまで売られてる。本家の仏壇の線香だって煙の少ないのが主流なんだからそらそうか(笑)。理には適ってるとは思うけど、いささか味気ない気がするな。
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これだけエラそうにあーだこーだオマージュ並べといてアレだけど、残念ながら現在、自宅で蚊取線香は使ってない。スンマセン。
いやぁ〜、そらまぁ臭いが染み付くのも困るっちゃ困るんだけど、暮らすのがマンションの比較的高層階なモンで蚊が上がって来ない。だからそもそも焚く必要がないのだ。だけど持ってて、野宿の時やら野外撮影の折には大活躍してる。こんな地味な世界でも創意工夫と進歩はあって、ミニサイズの蚊取線香とぶら下げられる通常の半分くらいのサイズの蚊遣り器ってのが売られており、これが結構ベンリなのだ。作業中は腰にミニカラビナで吊り下げ、寝る際はテントの中はやはりヤニの問題がありそうなんで、入口あたりに置いたりしてる・・・・・・って、アースジェットを周囲に噴射したり、虫除けスプレー吹きかけたり、ローション類をすり込んだりもしてるので、何が効いてるのかは良く分からないが・・・・・・まぁ、魔除けのまじないみたいなモンっすよ(笑)。そ、まじない。
温暖化が進む一方なせいでこの数年は夏が猛烈に暑い。あまりにも暑いと蚊もさすがにバテるみたいで飛べなくなるらしい。そんな暑過ぎて蚊も飛べない夏なんて、最早夏とも呼べないのかもね。 |
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2019.10.14 |
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