「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
祭りの記憶


型抜き。昔とあまり変わってない。

 地縁・血縁に根差した村落等の地域共同体の中で育っていないおれには、祭りに全身で参画したような経験が一切ない。せいぜい友人のツテでだんじり(地車、所謂「山車」みたいなもの)を牽かせてもらったり、団地の子供会のどうでもいいようなショボい祭りの係をやらせてもらったことがあるくらいだ。
 地の子供たちは祭りの前になると、太鼓や笛、あるいは踊りやお囃子みたいなんの練習があって、まぁそれはそれでしきたり等に縛られた、遊びたい盛りのガキにとってはいささかめんどくさい世界だったみたいなのだが、それでもそぉいった一連の活動を通じて地域共同体の一員としての意識が養われて行ってたんだと思う。
 言うまでもなくそれは、学校での集団行動や団体行事ごときが束になって掛かっても絶対に代替できない。

 ともあれそんなんだから、おれの祭りの記憶はいきおい、夜店がどぉこぉ、盆踊りがどぉこぉってな表層の部分だけのものになってしまう。

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 夜店・・・・・・それは子供が最初に体験する「悪所」の一つなんだろう。

 おれは立ち並ぶ夜店のボォーッと熱に浮かされたような、何とも怪しいような非日常に充ちた世界が大好きだった。普段はいささか殺風景と言っても良いグラウンドや公園が祭りのその時だけ一変するのが好きだった。
 昼間から縁日がダーッと並ぶこともあるのだけど、どうもイマイチしっくり来ない。あの、並んだ白熱灯に照らし出されて、幟や旗、看板が赤くボーッと闇の中に浮かび上がるような風景あってこそだと思う。今でも、たまにクルマで走ってて夜店が並んでるのに出くわすと年甲斐もなく心が騒ぐ。

 ●お好み焼き
 ●たこ焼き
 ●イカ焼き
 ●焼きそば
 ●フライドポテト
 ●フランクフルト
 ●フレンチドッグ
 ●焼鳥・唐揚げ・串焼き
 ●綿菓子
 ●リンゴ飴
 ●べっこう飴
 ●チョコバナナ
 ●ベビーカステラ
 ●おでん
 ●じゃがバター
 ●焼きとうもろこし
 ●かき氷
 ●ケバブ・・・・・・はワリと最近だな。
 ●金魚すくい
 ●ヨーヨー釣り
 ●ボールすくい
 ●うなぎ釣り
 ●亀釣り
 ●ひよこ売り
 ●ヤドカリ売り
 ●くじ引き・アテモノ・・・・・・大阪弁だと「アテモン」だな
 ●射的
 ●輪投げ
 ●スマートボール・・・・・・パチンコもたまにあったけ?
 ●型抜き
 ●お面売り
 ●花火売り
 ●ガラス細工売り
 ●飴売り
 ●お化け屋敷
 ●占い

 ・・・・・・おれがこれまで実際に見た商売を想い出すままにザーッと列挙してみた。漏れてるのがあるかも知れないし、とっくに絶滅しちゃってるのもあるだろう。

 どの商売も、専らパンチで目つきの鋭い如何にもな風体のオッチャンらが中心になってやってて、逞しい二の腕から彫り物がちらつく人も沢山いた。もちろん女性もいたが、ヤンキーっちゅうよりは「情婦」とでも呼んだ方が似合いそうな雰囲気を漂わせている人が多かった。決して蔑んでるのではない。そこには不思議な磁力があったのだから。
 根無し草でボヘミアンな人生にまで想像は及ばなかったけど、それでもここの祭りが終わったらまた別のところに行ったりしてあっちこっち転々としてるんだろうなぁ~、くらいには何となく感じてたし、今改めて思うに、おれのその後の旅への志向を形成する過程で彼らテキヤの存在は案外重要な要素になってる気がする。

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 祭りが盆踊りであれば広場の中心には櫓が組まれており、最初のまだ薄明るいうちは関西とは縁もゆかりもない「炭坑節」であるとか「オバQ音頭」なんかがテープで流されてるのだけど、時間が遅くなって盛り上がって来るといよいよ生の「河内音頭」が始まる。
 今から思えばフラワーショーみたいな三味線とエレキって珍妙な組み合わせに、和太鼓、あとは歌い手ってな編成だった。

    ♪えぇ~さぁ~てわぁ~一座のぉ~
    ♪みなさんまぁ~がぁ~たぁ~にぃ~
    ♪ちょいと出ましたわったくしがぁ~
    ♪お見かけ~どぉ~おりぃ~の悪声でぇ~
    ♪よっほぃほぉ~おぃおぃ~

      〽あ、えんやこらせぇ~、え、どっこいせ

 そうして延々と河内音頭特有の時事ネタ等のアドリブを織り込む新聞(しんもん)読みが始まる。何せここは定番のテーマである「河内十人斬り」(明治の半ば、博徒である城戸熊太郎とその舎弟・谷弥五郎が起こした皆殺し型の大事件。詳細は町田康の「告白」を読まれたい)の舞台となった富田林だ・・・・・・って、実は当時のおれは夜店に夢中で、後の詳しい口説きは何も聞いていなかったのだが。思えば惜しいことをした。

 祭りの歌には案外、猥褻だったり陰惨なものが多い。例えばそもそもがクラい(笑)山崎ハコの「きょうだい心中」も、中上健次の「枯木灘」に出て来る江州音頭に触発されたものだし、北海盆歌の本来の姿はただの猥歌である。大衆はいつの時代もエログロを求めてるんだろうし、祭りの場とは本来的には若い男女の放埓な野合の場でもあったワケで、その気分を盛り上げるためにはむしろエログロでなくてはならなかった。

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 小むつかしい考察はさておき、先刻より夜店の屋台を出会った悪友たちと一緒になって行きつ戻りつしてるおれがいる。手許にあるのは母親からもらった300円と自分の小遣いから何とか捻出した200円ほどだ。しかし夜店はどれも大体100円だ。食い物には200円くらいするのもある。おれはあらゆる知識や経験則を総動員して思案を巡らす。

 ・・・・・・たこ焼きに焼きそばと次々に食ってるヤツがいるけどおれにはムリだ。まぁたこ焼きはそもそもおれにはムリだ(笑)。あっ!オマエ、さらにかき氷まで食うのか!?クッソォ~!ここは長持ちしそうなリンゴ飴で行くか。
 アテモノはあまりにハイリスクローリターンだ。どうせ砂糖まぶしたイチゴ飴か、どうでもいいようなゴミみたいなオモチャ・カードがもらえるだけだ。ここは技術次第で比較的どうにかなるすくい系・釣り系だろうが、うなぎ釣りは1回500円もしやがる。金魚すくいは以前釣って持って帰って、取り敢えず鉢に入れてたら翌朝には跳び出してメザシみたいに干上がってたっけ。あれは悲しかった。
 型抜きは基本の「魚」はクリアーできるけど、あれぢゃ大したものはもらえない。しかし、「チューリップ」はこれまで誰も成功したのを見たことがないよな。どだいあんな茎の細い部分を正確に抜くなんて絶対ムリだ。
 バラ売り花火の多くは公設市場の中の玩具屋で買えば同じものが半値以下で手に入る。でも見たこともない種類のヤツもここには数多くあるんだよなぁ~・・・・・・気にせずザルに取ってる友人が羨ましい。
 嗚呼、一度でいいから思う存分夜店で金を遣ってみたいなぁ~・・・・・・と、楽しいハズの祭りなのに、いつの間にか何とも遣る瀬無い気分になって昏い眼をしたおれがいる。

 ・・・・・・客観的に見ればそれはとても惨めな光景だったに違いない。

 河内音頭は延々と続いていおり、ちょうど切れ目の合いの手のところに差し掛かった。

      〽えんやぁ~ほぉ~いどぉ~こ~さぁ~っさの、よいやらさぁ~っさ~っ

 祭りの記憶は遠い。そしておれにとっては少し物悲しい。


河内音頭を全国区に知らしめた第一人者・鉄砲光三郎

2014.08.10

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