「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
嗚呼、煙草


歴史的なキャッチコピーだよね〜。

 ・・・・・・禁煙してみる気になった。

 自分の語感としては「煙草」でも「たばこ」でも、ましてや「莨」でもなく「タバコ」って思う・・・・・・って、まぁそれはどぉでもいいことなんだが、ともあれ初めて自発的に買って吸ってから、こいつとはもうかれこれ30年くらいのお付き合いである。一体全体、延べで何本吸ったんだろう?

 実は、煙草について懺悔の気持ちなんてこれっぽっちもない。ただもう止める気になっただけだ。値上がりの話とか、喫煙者の追いやられてる状況とか見て考えてるうちに腹立たしくもバカバカしくなってたところに、会社の人から親身の助言があったりして、そろそろ潮時かな?って気になったのである。

 今回はおれの煙草人生を総括しながら、まぁ情けない言い訳なんかも並べ立ててみたい。

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 まずはこれまでの来し方、煙草の銘柄遍歴をダラダラと書いてみる。

 高校生だったおれが最初に買ったのは当時新発売になったばかりのマイルドセブン。親バレしないよう、自分の部屋の机の蛍光灯の裏の隙間に隠してた。隠し場所としては秀逸だったものの、いかんせん蛍光灯の裏なので僅かとはいえ熱い。だからすぐにパリパリに乾燥してしまうのが困り物だった。とは申せ、当時は吸うったって可愛いもんで、たま〜にコソコソと1本手に取る程度だったから一箱でかなりもった。

 習慣的に吸うようになったのはやはり大学入ってからである。良く「尻から煙が出るほど」なんて尾篭な喩えがあるが、周囲にまさにそんなヘビースモーカーがいて、いっしょに部屋で飲んだくれてるうちにいつの間にか自分もしょっちゅう吸うようになってしまった。しばらくはパーラメントか何かのスカしたのだったが、すぐにそんなんぢゃどうにも頼りなくなってハイライトに替えた。ちょっと値段が安かったのだ。時期的にはたしか1箱が130円から150円に値上がりする前後だったような記憶がある。
 フランスのゴロワーズの影響を受けたとも言われるこのハイライト、かなり美味い。今はマイナーな存在に成り下がってしまったが、当時は金のない学生の間ではポピュラーなものだった。問題は部屋にものすごくヘンな臭いがつくことで、ハイライト吸ってるヤツの部屋はイッパツで分かった。ちなみに安煙草で有名なエコーはもっと強烈に臭いがつく。
 ワガママなおれは煙草吸うくせに部屋や服が煙草臭いのは大嫌いなのと(だから新幹線も禁煙車両にわざわざ乗ったりする)、あと、どうにもフィルターの品質が落ちてってるのが気に食わなくて、1年ほどでロングピースに乗り換えた。

 ピース!・・・・・・ニコチン・タール共に国産最強の含有量であることは有名だけれど、そっちばかりが喧伝されて、日本で最も美味い煙草もこれであるってことはあまり知られていない。そりゃ〜、蓼食う虫も好き好きで人の嗜好は千差万別だろうが、これを吸わないで煙草の味の良し悪しを論じるのは、発泡酒やスーパードライばっか飲んでるのがビールの味を語るのと同じくらいに愚かなことだ。その馥郁とした香り、濃厚でどっしりとした吸い応えはオーセンティックすぎていささかじじむさいものの、極めて高い水準にあるのは確かだ。世界中の煙草を全種類吸ったわけではないのであまり偉そうに断じることはできないけれども、個人的に紙巻煙草でこの味に比肩し得るのは今は亡きドイツのゲルベゾルテくらいではないかと思ってる。
 いろいろ父親とは仲が悪い、っちゅうかソリの合わない点が多々あってこれまでもネタの俎上に載せてきているのだけれど、珍しく煙草の嗜好に関してだけは完全に意見は一致している。今はもう禁煙してしまったけれど、彼が永年にわたって愛飲しているのはロングピースなのだった。こんなしょうもないことで気が合ったって仕方ないか・・・・・・。

 結局何年吸ったんだろう、会社入ってしばらくして一念発起してキャスターに替えるまでだから5年くらいか、一時はパチンコの景品も全てロンピーに換えるもんだから、本棚に何十本も薄黄色いカートンがまるでカステラのように積っ込まれてた。
 いったん馴染んぢゃうと他のものは吸えなくなるくらいにピースは美味い煙草なのだが、如何せんキツい。会社員になりはしたものの、業務の知識はおろかそもそも世間的な常識さえも備わっておらず、ただひたすら好戦的なだけのアオいおれは、日々の仕事でものすごくストレスが溜まった。その頃はまだ禁煙も分煙もヘチマもない時代で、煙草は机に座りながらガンガン吸える環境だったからもう大変。本数が増える増える。そしてそのうち胸がバクバクしだした。流石にこれはマズい。
 一念発起したおれは今度はキャスターに替えた。一気に軽めの8mgだ。煙草の味の系列には大まかに言ってホープ系とピース系があって、ホープ系列に属するのがセブンスターの一党で、ピース系列は存外少なく後発のキャスターだけである。ちなみにハイライトは両方の中間的存在、ラークやマルボロ、ラッキーストライクにキャメルといった独特の乾いた味のアメリカ煙草はちょっと違うセグメントだとおれ的には思ってる。
 今の感覚からするとノーマルのキャスターったって充分ヘヴィな煙草なのだが、吸い慣れたピースから乗り換えると紙の燃えカスを吸ってるような感じで頼りないこと限りなしである。そんなんだから替えてすぐは1日4箱とかに却って本数が増えた。80本、紛うことなきチェーンスモーカーだ。何が胸バクバクや(笑)。それを苦労して苦労して1日3箱に減らし、2箱に減らし、1箱に減らしして、次はより軽い5mg、3mgと漸次乗り換えてって最終的に1mgに乗り換えたのが10年ほど前。それをおおむね1日一箱をちょっと切るくらい、即ち日々15〜6本前後吸う日々がずっと続いていた。煙草は完全に生活の一部だった。

 こうしてメインで吸う銘柄を決めてる一方で、見かけないのを見つけるとけっこう買い込んだりもしていた。良くご当地限定煙草、ってのありますやん。ああゆうのん旅先で見つけるとついつい買ってしまうのだ。青森で見つけたキャビンワン、京都で見つけたピースインフィニティとか(どっちも今は全国販売されてる)、岐阜で見つけたのなんてけっこうまとめ買いした記憶がある。
 こうして無節操っちゅうか、あまり拘りなくなんでも吸う方だったのだけど、どうにも駄目なのは初めて吸ったマイルドセブンだったりする。そういや今は消えたルナ、なんて銘柄もどうにも馴染めない味だったな。要は馴れなんだろうが。

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 実を言うと、どんなにお気に入りの煙草だって本当に美味いのなんて朝の1本目だけだ。この一服にはいかに軟弱な1mgといえども、軽くクラッと来る酩酊感がある。あ〜痩せても枯れてもやっぱこいつはドラッグの一種なんだなぁ〜、ってしみじみ思える。しかし、それはつまり就寝中が一種の禁煙タイムになってるからで・・・・・・ってコトは、煙草はなるだけ我慢してちょびっと吸った方が断然美味い。
 そう、あとの一日の数時間おきに狭っ苦しい喫煙部屋やベランダの隅っこで火を点ける行為は「味わう」って観点からすれば惰性に過ぎない。ニコチンの習慣性が機械的に足を運ばせてる、それだけである。

 酩酊感だなんだとゴタクを並べてはみたものの、そんな1本目でさえもむちゃくちゃに後口は悪い。口中に嫌な味が一杯に残る。喫煙者のおれ自身でさえそう感じるのだから、ヨメも子供たちもおれが煙草臭いのを毛嫌いするのも無理ないわな。

 まぁ、それでも吸うのが煙草吸いってもんで、いちいち気にしてちゃやってらんない。「おれは止められんのと違うて自らの意思で止めんのぢゃい!」とか強がり言いながら、これまではノホホンとやって来た。
 血圧が上がろうがちょっとの運動で意気が上がろうがあまり気にもせず、昨今の嫌煙の流れで会社とかでの風当たりは強く肩身は狭いのだけれどもそれでもヘラヘラ流し、1日200数十円、1年で7〜8万円の金が文字通り煙と消えて行くことについても、それはそれでしゃぁないことであって、無駄だとか勿体無いとかあんまり深くは考えなかった。どうせ煙草止めたところで、パッパなおれのことだから何か別の無駄遣いに消えてしまうに決まってる。その金が手許に残ることなんてまずもって考えられない。

 ハハ、要は健康面からも世間的な体裁からも経済面からも、本数は減らしたとはいえ、止めることについてはおれは何もしなかった。驚くほどに何一つ。だってその気が毛頭ないのだから。

 そして気がついたら世の中は変わり、煙草吸いは世間の片隅に追いやられてしまっている。
 駅、吸えません。それでなくてもホームの端っこのどえらい辺鄙なトコに喫煙場所が移動させられて不便だったのが、今はそれさえもが撤去されてしまった。乗り物内、吸えません。昔は電車のクロスシートだと窓の下の小さな台のところ、ロマンスシートだと前の席の背中のとこや、肘掛けの下に必ず灰皿がついてたのに。道、吸えません。アスファルトの上にまでステンシルで禁煙マーク書かんといて欲しい。それでイラッと来て入った喫茶店やレストランもランチタイムは全席禁煙だったりする。所用で出かけてった他社さんのビル、最新セキュリティを備えたハイテクで見上げるような建物なのに、喫煙場所は入り口手前の吹きっさらしのところに1つ灰皿があるだけだったりする。そして町のあちこちには喫煙者のモラルに関する妙にすかしたポスター、歩き煙草から罰金取ろうとするだっさい制服着たジジィ共。何だかもう異常に肩身が狭く、居心地が悪い。おれたちはお尋ね者かよ?
 そいでもって今度は大幅値上げだという。それもホントは200円上げて1箱500円にしたいのを、一気に上げると止めちゃう人が続出するから100円づつだと。煙草吸いをナメるな、民主党よ。

 いくら鈍感で自己中なおれでも、このヒステリックとも言えるふざけきった状況にはいささかもうウンザリゲンナリしてたのは事実である。そんなにアカンもんやねんやったらいっそ禁煙法でも施行せぇ、っちゅうねん。

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 実際のところホントに止めれるかどうかは分からない。やはりいくら軽くてもニコチンはニコチン、習慣性と依存性があるのは事実だ。仕事でイライラすると、ついポケットをまさぐってる自分がいる。酒飲むと吸いたくなるのも正直大いにある。なかなか長年染み付いた習慣と欲求はしつこいのだ。苦しくないかと問われれば、素直に苦しいですと答えるしかない。自信はまったくない。自慢ぢゃないがおらぁ意志が呆れるほど弱いのだ。
 ただ、だからってニコチンのパッチ腕に貼ったり、ニコレット噛んだりみたいなショボいことまではしたくない。ましてやUSBで充電する煙草もどきの妙チクリンなのを吸う気もない。あくまで禁断症状に耐えることをゲーム的に楽しまなくてはそんな気がする。

 さてさて、どうなりますことやら・・・・・・。


これがゲルベ。両切で楕円形の煙草だった。
作家の花村萬月は昔、飼い猫にこの名前を付けてたが、カッとなった拍子にそれを蹴り殺したことがあるとエッセイに書いている。

2010.01.10

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