「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
カラーブックスの記憶


他に手許にあるのは今は数冊・・・・・・

 カラーブックス、っちゅうても今ではご存じない方が多いかも知れないけれど、調べてみたところ現在もチャンと商品として流通しているようである。知らない人のために説明すると、保育社って図鑑類を得意としてる出版社が出してる文庫本サイズのミニ百科事典みたいなものだ。1冊が一つのテーマになってて、どれも最初半分がカラーの図版、後半がモノクロの解説ページって構成になっている。

 随分とたくさんの種類が出ており、昔はたいていの本屋に三文判の棚同様の回転式の専用ラックなんかが置かれていたものだ。取り上げるテーマは多岐に及ぶ、っちゅうかかなり節操も脈絡もないが、基本的には趣味の類のモノが多く、タイトルにも「**入門」ってなのが目立っていた。
 昨今のカラフルな文庫本等とは異なり、肩のデザインは共通で、昔はグレー地にタイトル部分がクリームの帯入り、その後は簡素化されてクリーム1色になったように思う。つまり、本屋で並んでると割と地味なのだけど、手に取って取りだすとカラフルな表紙が目に入る、っちゅう寸法である。簡素化と言えば、元はストライプの入ったビニールカバーが付いてたのがいつの頃からか省略されてしまい、ひどく味気なさを感じたものだ。しかしながら、執筆は斯界の第一人者といえるような人が務めており、小さいながらもシッカリした中身なのがウリだった。おそらく一つ作るのにも手間と製作費は相当掛かってたのではなかろうか。

 今日はそんなカラーブックスにまつわる話をあれこれ・・・・・・。

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 物心ついた時には家に何冊かのカラーブックスがすでに転がってた。いちばんボロボロになってたのは「大和路の石仏」ってヤツで、表紙が千切れてしまったのをセロテープでつないであった。どうやら父親がガイドブック代わりに持ち歩いてそうなったのである。そぉいや「仏像」なんちゅうのもあったな。どっちも撮影は奈良と言えば必ず出てくる大家・入江泰吉だったから、なるほど当時は仏像写真に燃えていた親父好みではあった。あとは電車・汽車に関する物だったろうか。

 ロクに漢字も読めない頃からおれは図版が多いこともあって、これらの本の前半分を良く眺めていた。とにかく年中熱出して幼稚園を休むようなガキだったから、家の中にある本は手当たり次第に目を通さないと暇が持たないのだ。その内ある程度字が読めるようになってからは、だんだんとこのシリーズがビギナー向けにまことによく出来た解説書であることも理解できるようになってきた。
 もちろん子どもにはかなりレヴェルの高い内容だったけれど、それはそれだけ中身が濃いことのようにおれには思えたし、名前が名前だけにとにかくカラフルな写真満載だから、子供向けのマンガのようなイラストばかりの本より意味さえ分かれば余程楽しかった。つまり噛み応えのある本だったのだ。

 金魚すくいで金魚を取ってきたら「金魚」、それで鑑賞魚に興味が出てきて「熱帯魚」、何でだったかは忘れたがサボテン買ったら今度は「サボテン」、切手に興味が出たら「日本の切手」、ミニカーが流行れば「世界のミニカー」、何を思ったか激シブな「水石」や「人相学」、鉄道関係はその後も買い足していろいろ買ったっけ、長じて温泉に興味が出てきてからは「露天風呂」や「日本の秘湯」なんてのも買ったがどっか行っちゃったな、惜しいことした・・・・・・ってな風に、ちょっと思い出すだけでも相当買ったことが思い出される。

 1冊読めばたちまちそのジャンルのちょっとした物知り博士になれるような、お手軽っちゅうにはそれなりに専門的で、かといって専門書よりは相当敷居の低いこのシリーズが、異常に雑学に強い今のおれの人格形成に与えた影響には計り知れないものがある。

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 21世紀の現代から当時の社会背景を考えると、このような色んな趣味の世界への解説本が売れたのは良く理解できる。発刊は1962年(昭和37年)っちゅうから、つまりは戦後20年近くが経ち1億総中流化の流れの中で、みんながそれぞれに余暇の活用を考え、趣味を持ち始めた時期と重なる。またその一方、戦後復興〜高度成長、近代化の中で、たとえば伝統芸能や民芸的なものが急速に過去に押しやられようとしていた時期とも重なってくる・・・・・・取り上げるネタはつまり、無数にあった。

 そのような視点でこのカラーブックスのシリーズを見ると、「当時の」っちゅう但し書き付きでの「現代」や「世相」を切り取って本の中に留めようとしたムック的な内容がひじょうに多いことに気付かされる。例えば、最近おれが古本屋で買った「大阪の味」なんて〜のは、要は大阪の名店ガイドみたいな内容で、ナサケないことに今読むと大半の店がなくなってしまってたりする。つまりガイドとしてはもはや全く役に立たない。「蒸気機関車」なんちゅうのもそうで、出版時点で現役で生き残っていた形式だけを列挙してあったりするから、一見、図鑑のように見せかけながら図鑑としての体系性はハナッから放棄されていたことが分かる。

 本来的に図鑑や百科事典には改訂を重ね、絶えず移り行く今を生きねばならない宿命が背負わされているが、このカラーブックスにはそのようなエバーグリーンなものを追求しようとする意思はあまり感じられない。その時代、その瞬間のそのジャンルの概況を俯瞰的に切り取れば終わり、といった潔さ・・・・・・ちょっと意地悪な言い方をすれば初版一発で当てればそれで良し、みたいな、いわば「**年版グルメガイド」のような刹那性を感じるのだ。ムックと呼んだのはそこだ。

 なのに編集内容そのものは丁寧極まりなく、執筆陣は豪華で、解説はエントリーレベル向けの平易なものとはいえとはいえ手抜きはない(・・・・・・その分、面白みに欠けるきらいはあるが)。その辺は粗雑極まりなく情報をかき集め、下らないデジタルチャート付けて羅列したり、秀才崩れの三流ライターの主観炸裂な駄文てんこ盛りにしただけで濫発されるムックやガイドや近頃の新書とは、根本的にカネとヒマの掛かり方が違っていることを如実に物語っている。つまり、再読に耐えうるのだ。

 意図してたかどうかは知らないが、この相反する2つの要素こそが後から読み返した時に、何とも言えない時代の懸隔と懐かしさをしみじみと感じさせてくれる重要なポイントになっていた。つまり一粒で二度、すなわちリアルタイムなガイドとしてもお蔵だしで掘り起こして来てもおいしい本なのだ。

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 この愛すべきカラーブックス、最近あまり見かけないなぁ〜、と思って調べてみたら、出版元の保育社は90年代終わりに一度倒産し、そのあおりで発行が途絶えてしまっていた時期があるようである。今ではもうシリーズの新刊が出されることはなく、過去の人気のあったモノを細々と復刻販売してるだけだ。

 出版不況が叫ばれて久しいが、この出版社のテリトリーである図鑑等の類は最も影響を喰らう分野であろう。殊にこのカラーブックスのように初心者向けで平明なものであるほどキツいと思う。なんとなればその程度の情報は今やいくらでもインターネットから得ることができるからだ。かといってあまりにもマニアックな内容では数が掃けず、そもそもの採算ベースに乗りにくかろう。つまり、どっちに転んでもやりにくい。

 ちなみにシリーズ中に「珍本古書」っちゅうのがある。まさか将来、シリーズ自身がそのような希覯本の仲間入りをするとは保育社の面々も夢にも思わなかっただろうと思うと、ちょっと悲しくも可笑しい。

2009.05.27

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