Y大先輩の記憶 |

東金事件の犯人が好きだとかゆう「プリキュア」・・・・・・ひぇぇぇ〜!
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千葉のはずれの東金って町で痛ましい事件が起き、数ヶ月の地道な捜査の結果犯人が逮捕された。連日大きく報道されたるので、今さらここで詳細を縷々述べる必要はないやろと思うけど、写真だけ見ると単なるデブにしか見えない若い男の犯人には、実のところちょっと障碍(←ホントはこう書くんだってさ)があるらしい。
どぉせまたそれを盾にしてウダウダ・ダラダラと弁護が続くんだろうな〜、と想像するだけで我が国の法律に関わる連中の虚しい滑稽さに脱力してしまうが、今日書きたいのはそんなことではない。昔話を想い出したのだ。
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中学にに入学すると1学年上にYっちゅうヤツがいた。違う小学校から上がったヤツなんでおれは全然知らなかったが、何故かみんなから「Y大先輩」と呼ばれる有名人だった。年長者さえもそう呼んでたところからすると、昔からのアダ名だったのかも知れない。ちょっと浅黒くて痩せぎすの彼は見た目はまったくフツーの中学生だったが、実は軽い障碍があった。
しかし、それが原因で別にいじめられてるワケでもなく、むしろ逆に学校のちょっとした人気者だった。喩えは悪いけどみんなのマスコットみたいな存在だったと言えるだろう。「大先輩」のアダ名にその劣性への揶揄がまったく含まれてなかったと言えば無論嘘になるだろうが、一方で彼には「大先輩」と呼ばれるに十分ふさわしい抽んでた能力が備わっていた。それは到底余人には真似のできないモノだった。
中学の全女子生徒の氏名・生年月日はおろか住所・電話番号までをも全て彼は諳んじることができたのだ。
それだけではない、その家までの道順も完全に頭に叩き込まれていた。団地の中のマンモス中学だから生徒数は1,500人くらいいる。女子は半分としても750人だ。それだけで十分驚きだが、彼はどうやら卒業生まで覚えているようだった。いや、ホントはもっと凄くて、近隣の若い女性のデータベースが頭の中に出来てたのかも知れない。今となっては確認のしようもないけれど、とにかく彼は歩く「若いオネーチャンデータベース」だった。「大先輩」にはホンの僅かとはいえ正真正銘、敬意も含まれていたワケである。
言うまでもなくその神技は女性に興味があったればこそできたことである。彼は無類の女好きなのであった・・・・・・いやむしろ「強度の色情狂」とでも表現した方が正しいのかも知れない。
----Yだいせんぱぁ〜い!○○ちゃんは!?
----**台*丁目*番地***の***、電話番号は******、生年月日は**年*月*日
----××ちゃんは!?
----**台*丁目*番地***、電話番号は******、生年月日は・・・・・・
恐らくは小学校の時に買ってもらったものだろう、フラッシャーが外されたセミドロップの黒い5段変速のスポーツ自転車を押すY大先輩を見つけてイジるとたちどころに返してくる。そういえば今思うと有名な割に彼の姿をあまりしょっちゅう学校内で見かけた記憶がない。登校することが少なかったのかも知れない。
それはさておき、ただやっぱそうして話しかけられても視線が微妙にずれてたり、妙に機械的な早口で喋るところなどはやはりどう考えても少しヘンではあった。一体全体彼の思考回路がどうなってるのかは誰にも分からなかったが、女に目が無い分、男は全く眼中になかったのかも知れない。
そんなんだから、男連中からは「Y大先輩!」などと呼ばれてそれなりに可愛がられてたけれど、女子生徒からはまさに蛇蝎のごとく忌み嫌われていた。「みんなの人気者」みたいに冒頭に書いたけど、それは正しくなかったな。「Y大先輩来たで!」なんて誰かが言うとたちどころに「キャ〜ッ!」である。まぁ、家に電話が掛かって来るのは覚えちゃってるんだから当然として、あとはどこまで本当か分からないが、襲われそうになったとか、追っかけられたとか、ズーッとつけられたとか、いきなりパンツ脱いだとか、いろんな噂が立っていた。それにしてもいきなりパンツ脱いだってーのがホントならセックスの知識だけはチャンとあったのだろう(笑)。
そんな色ボケ状態でも普通に中学に通えていたのは、時代がまだ長閑だったのと、普段は大人しいために人畜無害と見做されていたからだと思う。
件の黒い自転車の荷台には薄汚れた1冊のファイルがゴム紐でしっかりと留められている。それこそが驚異的な記憶力の源であるお手製の住所録で、Y大先輩はそれを自転車と共に死ぬほど大切にしていた。恐らくはそれを飽きずに眺めては、次々と書き足していたに違いない。
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そうそう、もう一つ彼には余人にまねできないワザがあった。その自転車を活用した驚異的な行動範囲である。ロクすっぽ荷物も持たずに彼はどこにでもその自転車で出かけてしまうのである。
----Y大先輩!最近どっか行った?
----うん、行った。
----どこ?どこ?
----琵琶湖。
----びわこぉ〜!?・・・・・・一日で?
----んん〜・・・・・・????
どうも彼の頭の中には「日帰り」とか「1泊2日」っちゅう時間の概念はなかったようだ(笑)。奈良や京都なんぞ朝飯前で、白浜だとかとてつもない地名が出てきたこともある。彼が正しく「琵琶湖」や「白浜」を分かってたのかどうかは甚だ怪しいけれど、事実とすればほとんど近畿圏内は全て全制覇してたのではなかったかと思う。
ともあれ彼にとってチャリで遠出することは自らの能力だけで自在に実現できることであったのだが、肝心の女の子の方は----当然ながら----決して叶わぬ願望なのであった。だって名前聞くだけで女の子は「キャ〜ッ!」なんだもんな。
・・・・・・って、ここまでさも自分がいつも親しく彼と会話してたように書いたけど、実のところおれはY大先輩の単なる障碍と呼べない人間離れした能力に少なからず恐怖や薄気味悪さを感じてもいたので、大抵話しかけるのは一緒にツルんでる悪友の誰かだった、ってコトを告白しておこう。少なくとも二人きりで会話したことはなかった。
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彼が卒業後何をしてるのかは知らなかったが、時折、やはり黒い5段変速の自転車で疾駆するY大先輩の姿を見かけたことがあった。相変わらず荷台にはゴム紐でファイルが縛られている。それは団地っちゅう平均化されて無機質な空間を通り過ぎる、奇妙に生々しくも異形の存在のように思えた・・・・・・まるで中上健次の小説の登場人物のような。
でも、そんな感慨を抱いただけで、別に話しかけて交流を持とうとは思わなかった。どだい彼は猛スピードでチャリで走ってるのだし、片やおれはもう高校生くらいで、ちょっと足らん子を冷やかしていちびるようなガキではなくなってたし、それに何よりおれは彼に対してある種畏怖にも似た感情を持っていたのだから。
高校も終わりに近づいた頃だった。ある日、どこからともなく嫌な噂が地元で流れて来た。
泉北の方のため池で小さな女の子が若い男に突き落とされて溺れて死んだ・・・・・・つまりは殺された。犯人はすぐに捕えられたが、それはまだ未成年でちょっと障碍のあるヤツだった。その犯人こそがY大先輩だというのである。
確かにそのニュースはかなり大きく報じられたのでおれも読んだ。犯人像もそのように書かれてあった。しかし、おれの知ってる彼は、悪いことはやっちゃいけないことだと理解できるくらいの分別は持ち合わせているように見受けられたので、どうにも俄かには信じ難かった。大体、ちょっと障碍のある少年なんてそこら辺にいくらでもいるぢゃないか。なんぼ普段女の尻ばっか追いかけまわしてるからって、そらないやろとも思った。だがその一方で、なるほど彼ならありかも知れんな〜、と思ったのも事実だ。充たされない願望が歪んだ形で噴き出すことは、健常者だろうがなんだろうが誰にだって起こり得る。
コトの真相は結局おれも知らない。ただ、Y大先輩の姿をその後見かけることはなかった・・・・・・とでも記せばいかにも思わせぶりで安っぽいオチになるんだろうけど、受験の近づいたおれはひたすら勉強勉強の毎日で、たまの息抜きは天王寺界隈に出てウロウロするくらい、そもそも近隣との交流がなくなっていたのである。
四半世紀以上が過ぎた今、全ては藪の中だ。 |
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2008.12.16 |
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----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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