「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
調子っぱずれでリリカル、チープでドラマティック・・・・・・Television頌


ジャケット撮影はマラ兄弟のR・メープルソープ。

 ンチャラチャラチャラチャララ〜♪
 ンチャラチャラチャラチャララ〜♪
 ンチャラチャラチャラチャララ〜♪
 ンチャラチャラチャラチャララ〜♪

 ・・・・・・って、単純な繰り返しなのに一度聴いたら耳について忘れられないリフの「マーキー・ムーン」については、あまりパンク〜ニューウェーヴに興味のない方でも恐らく一度は耳にされたことがあるんぢゃなかろうか。今回取り上げるテレヴィジョンの1stのタイトルチューンにして代表曲である。「テレビジョン」ではなく「テレヴィジョン」と書くのが何故か昔から習わしだ。ちなみに「The」は付かない。

 知らない人のためにザッとおさらいしとくと、テレヴィジョンとは一癖も二癖もある先鋭的な連中揃いだったニューヨークアンダーグラウンドのシーンの中でも独特の存在感を放っていたバンドだ。リーダーはトム・ヴァーライン・・・・・・と過去形で書いたが、実はもう何度目かの再結成をしてて、今でも地道に活動してたりする。でも、ただのジジィの小遣い稼ぎみたいに成り果てた現在の彼等には、もう全く興味は湧かない。編成は至ってシンプルで、ドラム・ベース・ギター・ヴォーカル兼ギターの4人なのはメンバーチェンジを経ても変わってない。
 トム・ヴァーラインの「ヴァーライン」とはフランス詩人・ヴェルレーヌの英語読みである。まぁ要はちょっと文学かぶれでクサいっちゃクサいわな(笑)。結成は1973年だから、何だかんだで断続的に半世紀近くやってることになる。ちなみにトム・ヴァーラインはかつて元祖パンクの女王の一人と称されるパティ・スミスの恋人だった。だから、写真家の故・ロバート・メープルソープとはマラ兄弟ってコトになる(笑)・・・・・・いきなり下世話なハナシで済んまへん。
 誤解のないように最初に申し上げとくと、日本ではテレヴィジョンもトム・ヴァーラインもあまり一般的な人気はないのだが、本国アメリカでは根強い人気があって、実はそれなりにメジャーな存在だったりする。この点では先輩格のヴェルベッツと似てる。
 思えばその後隆盛を極めるグランジ系にジャズマスターを弾く連中が多いのも、ひょっとしたらジャズマスターがトレードマークのトム・ヴァーラインの影響なのかも知れない。エルヴィス・コステロではないと思うな、多分(笑)。

 これまで発表されたスタジオアルバムは僅かに3枚、それも1992年の再結成以降では早々に出した1枚のみなので、このことからも今の彼らが自分で自分たちのトリビュートバンドをやってるような状態だってコトは理解していただけるだろう。「昔の名前で出ています」っちゅうパターンやね。

 そんなんだからバンドとしては事実上は最初の「マーキー・ムーン」と「アドヴェンチャー」の2枚で終わってるようにおれは思う。つまりは1978年で終わってるのだ。ハハ、もぉ40年も前だ。

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 さて、テレヴィジョンの曲の良さを説明するのはむつかしい。聴くだけならネットに幾らでも転がってるからすぐに見付かるだろう。でも、最初は誰もが「なんじゃこりゃぁ〜!?」になることは間違いない。
 ドッタラ・ペッタラした、タイトとは程遠いルーズでダルなリズム隊、さらにはアップテンポの曲が少なく、殆どが♪=100くらいのミディアムテンポ。所謂、「パンク」だとか「ニューウェーヴ」だとか「アンダーグラウンド」といった言葉から想起される暴力的で縦ノリな曲調とはまったく異なっている。いやもう有り体に言って「かったるいノリ」な曲が多い。決して重くはない、かったるいのである。
 そこにトム・ヴァーラインの神経質で引き攣るような、それでいてちょっと音痴で酔っ払ったようなハイトーンヴォーカルが乗っかる。歌詞に文学的な陰影が云々とかゆうけど、おらぁ英語聴き取れんから良く分からん、って(笑)。

 しかし彼等の曲はひどく個性的だ。事実上はトム・ヴァーラインのワンマンバンドみたいな感じとは申せ、バンド名義よりも沢山出てるソロアルバムよりか絶対面白い(・・・・・・っちゅうかソロは全体的にスッキリとクールでアーバンな雰囲気さえある)。それは一言で言えばアレンジが凝りまくってるから、ってコトなんだけど、その凝り方のセンスが独特なのだ。

 一つには絡み合う結構饒舌な2本のギターの独特さが挙げられる。冒頭の「マーキー・ムーン」だって、ちょっとこのパターンは常人に思い付きません、って。裏ノリの「ウンチャカ♪ウンチャカ♪」ってレゲェを平板にしたようなギターに、もう1本をこんな風に合わせて来るかぁ〜?って思う。実はこれはリチャード・ロイドのセンスによるところが大きいのではないかとおれは睨んでる。だって、ソロ作品ではココまで冴えたリフワーク出て来ないし。
 ギターによる「合いの手」と言えるオブリガードも個性的だ。例えば「エレヴェーション」のサビ前、Dm⇒Am⇒Gっちゅう単純なコード進行の途中で、オブリガードだけがC7で入って来る。弾くのは別に難しくも何ともないが、このフレーズをここに放り込むセンスがスゴい。オブリガードっちゃぁジミヘンが有名だけど、言っちゃ悪いがペンタトニックの手クセフレーズのオンパレードだったりするのと真逆で、恐らくは考えに考えて捻り出してると思われる。
 展開が妙に大袈裟でメロディアスだったりするのにも唯一無二な個性が感じられる。上記「エレヴェーション」でも律儀に歌詞に合わせたかのような上昇フレーズがサビにくっ付いてるし、「ヴィーナス」の意外に凝りまくった下降パターンのアルペジオ、「ドリームズ・ドリーム」の単純なクセに実は全編歌いまくりなギターのメロディ、もちろん「マーキー・ムーン」のスカスカなイントロからは想像もつかないプログレ的な盛り上がり方は言うまでもなかろう。
 ギターソロもこれまた独特だ。どうやら美味しいトコ取りで大半はトム・ヴァーラインが弾いてると思う。再結成時の来日公演で観た時もそうで、テクもセンスもあるのに、地味で面倒で職人芸的な根気が求められるパートはみんなリチャード・ロイドだったもん(笑)。染之助・染太郎コンビかよ!?って思うたな、おらぁ(笑)。
 決して卓越したテクニックがあるワケではない・・・・・・否、ぶっちゃけヘタだ。ボーカル同様に痙攣っぽくブルブルしたヴィブラート、中途半端で思い切りの悪いチョーキング、何だか「迷いながら次の音を探して結局ビミョーに外してる」(笑)かのような組み立てのフレージング等、要するにグダグダ。これをコルトレーンとかに喩えた批評家は絶対にアタマおかしいと思うが、いざコピーしようとするとこのニュアンスは簡単に出せないのも事実だ。

 ともあれこうしてヘタなんだけど凝りまくったアレンジで不思議とメロディアス、まかり間違えばダサいわ野暮ったいわの一歩手前、っちゅうかナナメ上行くような進行の曲を、シンプルっちゅうよりは貧弱な機材で演奏するのがこれまた独特で良い。多分、ギターもベースもほぼアンプ直なのではなかろうか?ギンギンの歪みでもないが透き通るようにクリーンでもない。想像だけどフェンダー系のアンプ使ってギター側のボリュームがフルで僅かに歪むくらいのセッティングだと思う。ファズもフェイザーもコーラスもディレイも何も無しのストレート。タイコにしたってごくフツーの4点セットにシンバルはライドとクラッシュ1枚づつくらいってなトコだろう。豪華なストリングスやシンセサイザー、ホーン等のアレンジなんかも一切無い。銅鑼もティンパニもバーチャイムもカウベルも木魚もない。音色的にはホント素朴で、高校生のバンドでももぉちょっとは機材揃えるでしょ?ってなカンジ。

 多分、だからこそ良いんだろう。音楽の不思議なトコはそこで、これでヘタに色んな楽器加えてカラフルにしてたら実にツマンない箸にも棒にも掛からんことになってたに違いない。

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 テレヴィジョンの音・・・・・・何だかそれはグデングデンに泥酔しながらひたむきに語られる純愛のようでもあり、神経症的に張り詰めてるのに切なさに溢れた青春のようでもある。安煙草とバーボンと睡眠薬が似合う。それが歌詞ではなく、音そのものに体現されてる気がするのだ。

 いやいやいやいや、別にこんな歯の浮くような甘ったるい言辞で若い頃のおれをそこに美化して投影しようとして言ってるのではないよ。ナンボなんでもそこまでおれも俗ではない。ホント、客観的にそうとでも喩えるしかないような独特の音なのだから仕方ない。
 でもまぁそんな音を、数年遅れだったとはいえ、まずまず同時代的に聴いてハマることが出来たのは、今から思えばケッコー幸せな体験ではなかったかと思う。それは掛け値なしにそう思う。

2018.04.19

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