「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
続・小さな楽器屋


いやホンマ、おれにとっては素晴らしいワンダーランドでした。

 所用で急に広島に出掛けることになった。

 新幹線で夕刻前に到着し、手配されてた駅前すぐのホテルに荷を降ろす。夜になれば一席設けられるとのコトなんだが、それまでの時間が何とも中途半端に空いてしまってる。風呂入ったり荷物片付けたりしても、それでもまだ1時間半くらいは空きがある勘定だ。
 多くの地方都市がそうであるように、ここ広島も玄関口であるJRの駅前と昔からの繁華街はけっこう離れてる。今から急いでなら何とか行って戻るくらいの時間はあるのだけど、だからって一人で繰り出して行くワケにもいかない。どだい仕事で来てるんだし、ましてや今では立場もそれなりに出来てしまったモンだから、初めてお会いする人もいるっちゅう宴席に熟柿臭い息吐いて赤い顔して望むのはどう考えたってマズかろう。あ〜もぉ、めんどくせぇったらありゃしねぇな、リーマンも。

 あ!そうだ。10年ほど前に来たとき、チンチン電車の中から通り沿いにシブい楽器屋がチラッと見えたような記憶があるぞ。多分ありゃぁ楽器屋でも中古の店だった。どこで見たんだったっけ?そんなに広島駅からは離れてなかったように思うが・・・・・・。
 こんな時にホント、スマホは頼りになる存在だ。すぐに店の名前も場所も判明した。「マルヤ」といって、記憶に間違いはなく広島駅からワリと近くの電車道沿いにあるみたいだ。ホテルからでも歩いてそれほど遠くなさそうなので、コンコースを抜けてプラプラと歩いて向かうことにする。おらぁ駆けっこはすこぶる遅いけど、歩くのだったらかなりのハイペースでどこまでもしぶとく歩ける方なのでちっとも苦にならない。

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 小さな古ぼけたビルの1階、黄色いテントの出た店は記憶の通りだった。ンガゴ〜ッと轟音を立てて旧型のチンチン電車が通り過ぎて行く。店は表からして雑然としており、狭い店内は歩くのも事欠くくらいにギター・ベースその他ががギッシリと並べられてる。このちょっとゴミ屋敷っぽい雰囲気こそが中古楽器屋の醍醐味ではないかと思う。キチンと整理整頓された味気ない店内なんて新品売る楽器屋に任せておけば良いのである。この感じ、この空気、おれが折につけ話題にする天王寺の中古楽器屋ととても似ている。それだけでもう好印象を持ってしまった。

 齢とうに80を過ぎたと思しき爺さんと婆さんが店主のようだ。軽く会釈して、まずは並べられてるギターを中心に見て行くことにする。埃っぽい通りに面しているためか、多くのギターに透明なビニール袋が被せられてるのが電撃ネットワークみたいでちょっと面白い。

 値付けはどれもひじょうに良心的な価格で、一般の相場よりも1〜2万は低めのプライスタグな印象。スクワイヤーからの再生産モノとは申せ、新品同様の状態のアノダイズドピックガードのデュオソニックが25,000円なのにはちょっと食指が動いた。最近新たに出たのは通常のショートスケールである24インチスケールにリファインされてんだけど、これはオリジナルの22.5インチを踏襲してるから2000年代初めくらいのヤツだろう。
 実用性で言えばぶっちゃけ短すぎて却って弾きにくかったりするんだけど、デュオソニックの持つスチューデントモデルどころかキッズモデルな如何ともしがたいチープ感には22.5インチの方が似合うと思う。うううう、買っちゃおうかな?どぉしよっかな?
 モノホンのES−335が14万、っちゅうのにもかなりグラッと来た。これはハードケースの中に入ってて実物は見れなかったが、他の値付けからすればそんな箆棒なことはしてないだろう。

 マトモなのの多くは壁の上の方にズラッと吊るされて並べられてあるが、ジャンクに近いのは足許のラックに無造作に何十本も立て掛けて並べられてる。どれどれ、こっちに意外な出物は無いかいのう〜・・・・・・

 ・・・・・・!?

 おれは我が目を疑った。そこにはもう何年も探してたフェルナンデスの怪作・黄色い”ArtWave V−7”があったのだ!それはチャーがデビューした数年後くらい、折からのテクノ/ニューウェーヴが急速に盛り上がりを見せ、各社がコピー製品主体からオリジナルモデルを模索する中で突如出された、ムスタングを近未来的かつビザーレにアレンジし直したような、実にダサカッコ良くて珍妙な、まるで狂い咲きのようなギターだった。
 とは申せ中身は恐ろしく意欲的で気合が入ってたのも事実である。ムスタングを下敷きにしつつもアーチトップの独特のオリジナルシェイプ、金型から新たに起こしたトレモロユニット、見た目はまるでP−90かジャズマスだがバーチカルとかナントカ独自回路のピックアップ、手の込んだ石ロゴのポジションマーク、その後のジャクソン等の先駆けのような直線的なヘッド・・・・・・恐らくは、これも何年も探してるグレコの狂い咲きモデルのブローラーに対抗させるべく鼻息荒くリリースされた製品だったと思われる。
 だがしかし、チープでビギナー向けっぽい外観とは裏腹に7万円と当時にしては結構強気な値段設定が裏目に出たか、見事なくらいに大ゴケで売れなかった。そんなこんなで派生モデルや後継モデルが出されることもないまま一代限りでお仕舞い、恐らくはフェルナンデス一世一代の失敗作と言えるだろう。フツーは不人気モデルって在庫一掃の投げ売りになったりするもんなんだけど、それさえ見掛けなかったから、初めから殆ど作られなかったのではなかろうか。そぉいやP−Modelでデビューちょっと後くらいの平沢進が使ってたな、たしか。「ランドセル」あたりだったろうか。
 ともあれそれが目の前に鎮座している。

 一気に頭に血が上って、もぉ仕事絡みもクソも、そんなんどうでも良くなった。買う!わしゃ買って帰る!・・・・・・で、見るとプライスタグが付いてない。まさか価格応談か!?(笑)

 ------あの〜、これナンボですか?
 ------ああ、そのフェルナンデスのんねぇ〜。
 ------ずっと探してたんです。
 ------そりゃぁねぇ〜、売れませんわ〜。「店宝」みたいなもんで。
 ------ええっ!?
 ------値札付けとりゃぁせんですやろ?値札付けとらんのは売らんヤツなんです。
 ------ええ〜っ、そんなぁ〜・・・・・・。
 ------それねぇ、前は白いのと2本あったもんですから1本はお売りしたんですけどねぇ。
 ------どうしてもダメっすか?
 ------いよいよ金無くなって生活できんようになったら、その時は売るかも知れませんけどなぁ〜。

 カァ〜ッ!年老いたりとはいえ、現役で商売を続けてはるだけのことはある。どれが本当にレアな製品かはチャンと知悉してるのだ。要するに死ぬまで売らん!っちゅうこっちゃね(笑)。仕方なくおれは写真だけ撮らしてもらって泣く泣く諦めたのだった。

 他にもこれまたおれが良く取り上げるキャメルのストラトなんかも当たり前のように転がってる。3トーンサンバーストにメイプルネック、ブレットの出たラージヘッドが元ネタのお手本だった時代の遺物だ。実はキャメルについては現物を見たことがこれまで殆どなくて、隅々までジックリと手に取ってみるのは初めてなのだが、何のこっちゃない、造作はフレッシャーと大差無いではないか。使ってるパーツも安っぽければ、コピー度も低い。糸巻なんてモロに当時の安物系に使われてたクルーソンもどきだ。

 バーサンからは何故かV−7の隣にあるヤマハの白いSFXを強く勧められる。ロックナットにフロイドローズの付いた、フォルム的にはPRSっぽいヤツだ。口上によればネック折れをリペアしたものゆえ格安にしてあるけど、元々は10ナン万するかなりの上級品だから絶対に良いよ、と。
 その言葉に嘘は無かろう。SFXが当時としてはそこそこのハイエンドモデルとして売られてたことは事実だし、今も昔もヤマハ(つまりは寺田楽器なんだけど)の作りは頑丈でシッカリしてる。
 しかし、おらぁそもそもロック式もフロイドローズも嫌いなのだ。あまつさえヤマハ製品に付き物のパーツ欠品地獄のリスクだってある。とにかくオリジナルに拘り過ぎるあまり、色んな部品の形やサイズが標準サイズと異なってることが多いんですわ、ヤマハは。だから一見ただのフロイドローズだからって安心できない。それに大体、フロイドローズそのものだって本国仕様とライセンス生産仕様では各パーツのサイズが異なっててリペアマン泣かせなのだから・・・・・って、まさかそれ知ってて売りつけようとしたのか?(笑)。

 ・・・・・・気付けばもう1時間くらい店にいる。おれにとっては本当に夢のような楽しい時間だ。しかし、いい加減そろそろホテルに戻らないと迎えの連中がやって来る。約束の時間におらんかったらこれまためんどくさいことになってしまう。
 本当に名残惜しい気持ちでおれは店を後にしたのだった。小さな楽器屋ってやはり、良い。

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 後から知ったのだが、永遠のギターキッズと言えるヨッちゃんこと野村義男はとてもこの店を贔屓にしてるらしく、広島に行った折には必ず顔を出すのだそうだ。道理で壁に野村義男モデルなる変わったギターが特別扱いで吊るされてたワケだ。恐らくは彼から寄贈されたモノだろう。それにしてもヨッちゃん、流石の眼力だわ。感心する。

 どうかこれからもお元気でいつまでもお店を続けてください・・・・・・と通り一遍のことを書いたって仕方なかろう。もう御夫婦共にたいへんな高齢なので、そんなこれから先何年も何年も店が続くとは客観的にありえない。だから願わくば、今一度再訪するチャンスが到来しないものかと密かに神仏に念じている今日この頃なのである。そしてその時は土下座でも何でもしますから、不良在庫なクソジャンクとバンドルでも我慢しますから、とにかくあのV−7を御譲り下さい、って頼み込もうと思ってる。

 
フェルナンデス”ArtWave V-7”とキャメルのパチラト。
ストラトはナットから6弦ペグまでがやや間延びした感じがハービーに似てる気がする。


2017.11.19

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