「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
音楽版、歳月記


あ、これこれ、これでしたわ。若い女の子が着るモンちゃうで。

http://www.kt.rim.or.jp/より

 おれは一人っ子で兄弟がいなかったので、当然ながらおれの側に甥とか姪はいない。一方で、ヨメには兄姉が沢山いるだけでなく、それぞれがシッカリ家庭を持ち子供も産んだので甥っ子や姪っ子がけっこういる。

 しばらく前にそんな中の一人、関西在住の姪っ子が家に泊めてもらえないかとその親から連絡があった。聞くと、オールナイトのフェスがこっちで開催されるんだけど、お金もないし、どだい東京はインバウンドっちゅうんでしたっけ?今や押し寄せる外国人観光客の影響でそもそもホテルの確保がままならない。それでタダで泊まれるうちをアテにしたワケである。たまたまその日はおれたちも休みだったしどこに行くアテもなかったので引き受けることにしたのだった。
 もう随分長い間顔を見てない。今は大阪に出て大学に通ってるらしい。音楽聴くためだけにわざわざ東京くんだりまで来るっちゅうんだから、相当音楽にハマッてんだろうな〜とは思うものの、記憶が過去で止まってるためにさっぱりイメージが湧かない。

 話は逸れるが、おれはどっちかっちゅうと一味も二味も欠けたようないささか殺風景な顔立ちなんだけど、ヨメの一党は美醜はまぁともかくとして、とにかく顔立ちがクッキリして濃い人が多い。ヨメもかなり濃い方だと思う。料理で言えば和食よりは中華やバタ臭い洋食って感じだろうと思う。そいでもってその子もきっちりその血を受け継いで、かなりクッキリした方だった記憶がある。美人に育ってればまぁ眼福にもなるだろうな〜、なぁんていささかの邪な心も抱きつつ日々を過ごしていた。そぉいやヨメの実家でしか会ったコトが無いし、おれん家に来るのは初めてだけど、まぁ今どきの学生ならスマホ等を駆使して辿り着けるだろう。
 そうそう、もう一つ余談ついでに言うと、おれは親戚の間では「ケッコー物識りだけど剽軽でおもろいおっちゃん」で通ってる。どっちかゆうと暗くて難儀な音楽が好きだとか、意外に理屈っぽいとか、そいでもってB面生活も若干あるとか、そんなのは毛ほども感じさせてはいない・・・・・・当たり前か。

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 朝、玄関のピンポンが鳴る。時間通りとは律儀な子だ。

 ドアを開けて驚いた。スッカリ垢抜けて見違えるようだ。昔は田舎の子らしいいささか野暮ったい雰囲気があったのが今はどこにもない。ジョシダイセーしてる。そして、予想通りっちゅうかちょっとヨメに顔が似てる。いや、こりゃぶっちゃけ美人のカテゴリーに間違いなく入る。しかし顔は似てるが手足の長さはさすが現代風で長い(・・・・・・ってヨメにシバかれるな、笑)。

 ------おはよーございまーす!ご無沙汰してます***です〜。勝手言って済みません、今日はお世話になります。
 ------あ〜、おつかれさ〜ん。遠いトコよぉ来はった。昨夜は夜行バス?
 ------はい。学生でお金ないんで。
 ------ハハハ・・・・・・ま、とにかく疲れたやろ?出掛けるのん今夜やったっけ?
 ------はい。10時から始まるみたいです。
 ------ほな、まだ時間あるさかい、風呂入って早よ寝たらエエわ。あ、ご飯は食べた?
 ------こっち来るまでにコンビニのおにぎり食べました。
 ------さよか。ほたらおっちゃん、もっかい寝るわな〜。

 後はヨメがいろいろ甲斐々々しく世話してたようだが、何も予定が無い日の常でおれは二度寝を決め込んだのだった。

 昼過ぎ、用事が無い時の常でPCに向かってると彼女が起き出してきた。夜に向けての臨戦態勢なのか何やら黒いTシャツに着換えてる。

 ------あ、おはよ〜、寝れた〜?・・・・・・って、えっっ!?おまはん、何ちゅうTシャツ着てんねんな!
 ------あ〜、済みません。やっぱし気持ち悪いですよね〜、これ・・・・・・まぁ、ライブに行くときこれ着てたらヘンなヤツがナンパして来ぇへんし(笑)。
 ------ハハハ。厄除けのお札みたいやな・・・・・・っちゅうか、それ非常階段のやんか。好きなん?
 ------(急に目を輝かせて)知ってはるんですかぁ!?
 ------知ってるも知ってないもまぁ・・・・・・(書棚から再発版「蔵六の奇病」を取り出して)何ちゅうか昔から聴いとるで。ライブも何回か行ったことあるわ。うるさいだけやけどな。
 ------わ!?本当や!?こんなん聴いてはったんですか?
 ------っちゅうか、80年前後のポストパンクっちゅうかオルタナとかノイズ/インダストリアルとか・・・・・・まぁ(←だんだん小声になって)。
 ------(ますます目を輝かせて)え〜っ!?知らんかったですぅ〜!叔父さんそんなん好きやったって!
 ------(そら誰にでも言うことちゃうわいな)いや、その、まぁ、若気の至りっちゅうか・・・・・・今でも好きやけど・・・・・・。

 彼女のテンションだんだん上がってく一方で、おれは何だかベッドの下に隠してたエロ本を親に見付けられた子供のような気分になった。しかし、しまったと思ってももう遅い。迂闊にも最初に話題をフッてしまったのはおれなんだし。

 ------それ、テーブルクロス被せてあるのん、ギターですよね?
 ------ああ。ヘタの横好きで数だけはあるんやわ。ほれ、従弟の***君知ってるやろ?彼に前、1本やったことあるで。
 ------アタシ、高校の時にバンドやってベース始めてみたんですけど、全然上達しませんでした。
 ------そこで諦めたらアカンがな〜。上達せぇへんとかゆうてラップトップでギョリギョリとかとか板回しに行ったんちゃうやろな?
 ------(もはや尊敬と羨望の眼差しで)うわ〜!叔父さん、ホンマ詳しいですね。
 ------まぁ、何ちゅうか、好きなんやろうねぇ・・・・・・それはそうとそんなややこしい音楽好きなんか?友達減るで(笑)。

 そこから長い音楽談義が始まったのだった。

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 しっかしもう、驚くを通り越して呆然としてしまった。ノイズ/インダストリアルだけでなくメチャクチャに良く学習してやがる。パンクやビジュアルから遡及してポジパン/ハードコア、さらに遡って初期パンクだけでは飽き足らずNYアンダーグラウンドまでとか、恐らくダンス/エレクトロ/ハウスから入って、70年代初頭のカンやらノイとかのジャーマンビートまで行っちゃいました〜、みたいな。

 そうなのだ。今の子達にはネット環境がある。そして高いITリテラシーと自由さでその中で遊び尽くしている。Youtube開けば、一体全体どこの国のどんな奇特な方がアップしたのか、ムチャクチャにマニアックな音源までがほぼ瞬時に入手できる、輸入盤屋を探して出掛けてた昔からしたら信じられないくらいに恵まれた御時世なのである。
 彼女もまたそうして、入口はちょっとコアな程度の最近の音楽だったのが、そこにまつわる色んなことをネットで調べ、ようつべの中をウロウロしてる内に、いわば「ルーツミュージックの世界」に入ってったのだ。そうして本歌を知ってしまえば本歌取りはどしたって色褪せて来る。それは例えばクラプトンが最初は同時代のロックンロールやR&Bから入ってデルタブルースの世界に辿り着いたようなモノなのかも知れない。

 いささか哀しいことではあるけれど、もうおれたちオッサンの世代には、実際に過去の時代に生きてリアルタイムに見聞きした体験を語るくらいしか手立ては残されていない。最早それくらいしか自慢っちゅうか、「リアル」な情報として若い連中に伝えられることが無いのである。知識的なコトは殆ど全て(・・・・・・そらまぁ往々にして思い込みとかガセとか間違いもあるとは申せ)ネットから得られるワケで、今さら何を語る必要があるっちゅうねん?それこそ老いぼれた黒人のジーサンが酔っ払って、「おれ、昔クラークスデールの汚ねぇパブでチャーリー・パットン間近で観たコトあるんだぜぇ!どうでぇ!?若ぇの?」(←今、テキトーにデッチ上げました、笑)みたいな、古い体験を語るくらいしかおれたちには残されてないのである。

 夕方になって出掛けるまで、おれたちは随分色んなことを話した。否、正確に言えば、だからおれの過去の、いや実際には大学でバカやってた数年間のいろんな見聞を伝えた、っちゅうのが正しかろう。それは音楽談義っちゅうよりは古老の口誦による過去の伝承に近かった気がする。アイヌ民話みたいな。そうして改めておれは老いを悟ったのであった。まぁ、終始彼女が目を輝かせてたのがせめてもの救いか。そりゃ貴重な情報だもんな。

 それにしても意外に近い所に同好の士はいるモンだ。うちの豚児たちは見事なまでに音楽に興味を示すことは無かったのに、不思議なモンである。
 こっち住んでたらバンド結成持ちかけれるのに。就職でこっちに越してこないかな?(笑)。若い美人と風采の上がらない中年のおっさんのデュオ、ってウケると思うんだけどな〜・・・・・・。

2016.10.11

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