「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
電波系楽器屋・・・・・・あるいはプラシーボの幸せ(V)


店の名前は伏せときましょう・・・・・・。

 芸能・芸術の世界には絶えず非科学的な迷信が滑り込むリスクがある。一面それは仕方のないことではあるのだけど、やはり科学的根拠のない口上にアテられて大枚をはたくのはクダらないことだと思う。

 さて、弦楽器の永遠のテーマに「鳴り」っちゅうのがある。要はどれだけ豊かな倍音を伴って、大きな音量で、しっかりとしたサスティーンで響くか、ってコトだろう。しかし、この鳴りってぇのは実にむつかしい。何故ならそれらはすべて相反する要素だからだ。
 要は弦振動がボディのいろんな部分に伝播することで鳴りは生まれるのだけど、それはそのまま弦振動というエネルギーを早く減衰させることに繋がっているからだ。

 アコギよりエレキの方がサスティーンが伸びるのは、そもそも弦が細いからである。もちろん限度はあるけれど、実は太い弦より細い弦、同じ弦ならダウンチューニングの方が実はサスティーンが稼ぎやすい。実のところ、弦の張力そのものが弦振動の減衰要素となってるのだ。
 また、アンプを通さないでジャラーンと弾いた時には大きな音で響いてたのに、アンプに通すと何だかペシャッとして音が伸びず、イマイチは日光の手前だなぁ〜、ってな経験をお持ちの方も多いだろう。つまりはボディが弦振動をたくさん吸収しちゃって、音が伸びなくなってるワケだ。生鳴りはいいんだけどねぇ〜・・・・・・なんちゅうのは大概このケースだ。弦楽器とはいろんな意味で矛盾の塊なのである。

 そういった問題をとことんまで突き詰めたギターがアラン・ホールズワースやモト冬樹の使用で有名なスタインバーガーだろう。弦振動のエネルギーロスを避けるためにボディーもヘッドも殆どない、棒みたいなギターである。カテゴリーは違うけど、ドラムの世界で最近主流となった点で支えるタムタムも同じ考え方による。ごっついブラケットでバスドラにガチガチに固定されてるとそっちに振動が逃げてしまう、って理屈である。つまりもう答えは出てるのだ。

 なのになのに、この文化文明の21世紀の世の中で「生鳴り最高なんですよぉ〜!」なんてー謳い文句で、今どきありえないような定価販売のいい商売してる楽器屋があるのだ。場所は北海道である。

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 いささか陰気なアーケードの商店街の外れにその店はあった。間口一間ほどで小さく、いかにも個人店の雰囲気を漂わせた店構えだ。

 狭い店内の壁にはストラトやテレキャス、ジャズベにプレベといったフェンダーの定番がぶら下がってる。それほど本数は多くない。量販店だと壁から飛び出して斜めに掛けるモンだからギッシリだが、ここはピッタリ壁を背にしてるからそれほど沢山は展示できないのである。何だか小さな個人画廊みたいだなぁ〜、っちゅうのが第一印象だ。
 不思議なことにギブソンは置かれていない。アコギもマーチンとテイラーにばかりエラく偏ってる。あとはジャパンフェンダーにフェルナンデスが少々、と言ったところか。小物類もほとんどなく、楽器本体のみで商売してる雰囲気だ。

 出物はねぇかな〜、とプライスタグを見て仰天。全部定価なのである。アメスタで15万近くする。東京の大きな楽器屋でチョイキズ現品特価だのB級特価だのを見慣れてるモンだから、通貨レートの違う国に来たのか?っちゅうくらいに驚いた。昔、酒屋でビール買うと冷やし賃を取る店がたまにあったが、まさかここは東京の山野楽器からの輸送費を売価に乗せてるのだろうか?しかしそんなの山野楽器持ちでしょ?いや、でも、クルマには北海道価格って昔あったよな〜。

 よくよく見ると、プライスタグにはやたら「店主が選びに選び抜いた一本」ってな能書きが添えられている。つまりは、単に仕入れたんぢゃなくて、店主が東京まで足を運んで自分の眼でチョイスして仕入たもんですよ、ってコトだろう。よもや、アメリカのカリフォルニア本社なんてことはないよね?まぁ、事実ならとても凄いコトだ。
 そらまぁ築地の卸売市場に飲食店の主自らが出向いて魚を仕入れるっちゅうのは良く聞く話だ。ただそれは、もう魚介類が自然のモノで、味や鮮度、大きさの個体差がひじょうに激しいからである。でも、新品のギターでそんな目利きしながら仕入れるなんてついぞ聞いたことがないぞ。

 半ば呆気にとられて見てるとけっこう年配のオッサンが恵比寿顔で近寄ってきた。店主だろうか?

 ------気に入ったのありますか?
 ------あ!?まぁ、いろいろ見させてもらってます。
 ------試奏されます?
 ------いえ、まぁ・・・・・・
 ------これなんていいですよ。もぉ生鳴りが違います。まずはアンプに繋がず弾いてみてください。分かりますから。

 出た!生鳴り攻撃!これでこの店のお里は知れたようなモンだ。「店主が選び抜いた」なんて香具師の口上に決まってる。何だかスカシた店作りも客を騙してその気にさせる醜い仕掛けのように思えて来た。これ以上関わりになるのもイヤで、おれはテキトーにあしらってその店を後にしたのだった。

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 こんなまやかしのブラフで高ビーな商売してる店、絶対ネットで話題になってるに違いないと思って、部屋に戻ってから調べてみるともうこれが出て来るわ出て来るわ。もう笑えるほどに散々な評判なのである。

 件の中古楽器屋でこの店について尋ねてみた。

 ------ああ、あそこですか・・・・・・同業なんであまり悪くは言いたくないですけどねぇ〜、ま、単なるぼったくりですね。
 ------店主が選別してる、ってのは?
 ------そんなのそもそも山野楽器が許すと思いますか?
 ------・・・・・・というと?
 ------もっと大量にフェンダーを売る楽器屋なんて東京に幾らでもあるワケですよ。イシバシだとかイケベ、島村とかね。
     そこらが北海道の小さな楽器屋が選別した残りを掴まされてる、な〜んてなったら大ごとですよね。
 ------そりゃ〜、そうですよね。
 ------あの楽器屋、本店は札幌ぢゃないんですけど、そこには山野の倉庫で撮ったって写真が飾られてます。
 ------ぢゃぁ倉庫には行ってると?
 ------楽器屋やってりゃ誰だって行こうと思えば行けます。私だって行けます。
 ------ハハハ、消火器の訪問販売と同じ手口ですやんか、それ。
 ------大体ですね、フェンダーだろうがマーチンだろうが大量生産されてる以上、多少の差はあれ基本的に規格品なんです。
     メーカーや代理店が同じ型番で品質のバラつきを認めるようなことを小売店にさせるなんて、おかしいと思いませんか?
 ------・・・・・・ってことは?
 ------あそこのオヤジが言ってる「選定」なんてまったくの大嘘です。倉庫の前に行って写真撮ってるだけですね。
     それにたまにうちの店にもあそこで買ったのを売りに来るお客さんいるんですけど、まったく他店のと差はないですよ。
 ------あ〜、「セレクテッド・バイ・ナントカ」ってオリジナルステッカーが貼ってあるという?
 ------そうそう。何をもって鳴りが違うなどと言ってるのか理解に苦しみます。セッティングにしたって特別なことはしてませんしね。
     下取り価格もだから、他店で買ったのと差は付けないんですけど、それを不満そうにされる方は多いですね。

 売る方も売る方だが買う方も買う方なのである。こぉゆう連中がそのうち先物取引や和牛といった詐欺に引っかかるんだろう。

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 思うにこの選定品の店主、元々はちょっと頑固で変人の、それでいて自己顕示欲の強いカテゴリーに属するだけの人だったんぢゃないかと思う。そんなのが発注して納品されたギターに塗装ムラでもあったのを突っ返したような事例が過去に何度かあって、ほいでもってそれを自慢話にしてる内に大袈裟に脚色したりなんかして引くに引けなくなったのと、体験がだんだん脳内変換されてったんが相乗効果となって、、「選定品」なんてことに至ったんぢゃないかとおれは睨んでる。元々自信家で自己陶酔型の人が良くやらかす、記憶の改竄ってヤツだ。

 言ってることが本当かどうか確かめるのはぶっちゃけめちゃくちゃカンタンだ。「店主の選定に同行するツアー」でも企画して、第三者的な人間を数名連れて行けばいいのだ・・・・・・まぁ、あれこれ言い逃れの理由付けて絶対にやらないだろうけど。キチガイは意外に計算高く、保身のためにはなりふり構わない生き物だったりするからね。

 定価販売を悪いとは言わない。ただ、胡乱な口上書きでプレミアを付けたかのような売り方は良くない、と言いたいだけだ。それって産地偽装と大差ない、要は詐欺に他ならない。そんなんが許されるのは夜店くらいなモンだ。ともあれ賢明なる読者諸兄に於かれては、ゆめゆめ担がれてムダに高いモノを掴まされることのないよう、心の底から祈る次第である。 

2013.08.17

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