「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
大体でエエがな・・・・・・チューニング


これが弦巻き用の定規。

 病膏肓、とは良く言ったモンで、何事に限らずハマると抜けられなくなって、そのうちだんだんと微妙な差異や狂いが許せなくなり、凝りに凝り固まるのが人間の悲しい性ってモンだ。

 弦楽器には根本的に「チューニングの狂い」っちゅう大きな問題がある。これは宿命とも言えるものでどうしようもない。だから、しょっちゅう修正できるように糸巻きが常備されているのだ。でも、どうしようもないたってやっぱしチューニング狂うのはイヤだし、演奏中に激しく狂ったら目も当てられない。だから、これまでチューニングを安定的に保つ様々な工夫が行われてきた。おれだって永年チューニングは真面目に合わせようとあれこれ努力して来た、音感もロクにない分際で(笑)。

 大上段に構えてみたものの、おれはギターとベース少々くらいしか弾けんし、知らんままに他の物まで論じてもボケるので、今回は一般的なフレットの付いたギターやベースに限って、そのチューニングについてあれこれ述べてみよう。

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 チューニングを狂わせる要因はさまざまである。まず何よりは弾くって行為そのものであり、弦そのものの伸びや、巻取りのたるみ、ネックの反り、その日の温度や湿度・・・・・・実のところチューニングがピッタリ合うことの方が少ない。否、そもそもフレットだって便宜的にああ付いてるだけで、実際はちょっと正しい音の高さからはズレてるのである。たとえ平均律であれ厳格にピッチに合わせるとなると、フレットはあんな真っ直ぐな棒ではなくギザギザのガタガタにならざるを得ない。つまり自己矛盾、っちゅうかフレットがあるが故に、ギターってーのは「大体OK」が前提のまことにアバウトな楽器なのである。
 これを何とか補正するためにバズ・フェイトンチューニングだとかサークルフレッティングだとかの工夫が生み出されてきた。なるほど、これらのギターを弾かせてもらうと、能書きどおりコード弾き等で響きがクリアーになったような気がする・・・・・・ホンの僅か。

 ともあれ、そのようなハイテク(?)な仕組みはともかく、苦労してチューニングをキッチリ合わせるため、また、そうしてようやく合わせたのを出来るだけ狂わせないために人はいじらしいほどの苦労をしている。かのエドワード・ヴァン・ヘイレンは弦を交換する際、新品の弦を鍋で一度茹でる、ってーのは有名な話だ。

 まずは弦の巻き方だけど、弦をちょっと余らせて糸巻きの穴に通して折り曲げて、そのまま弦の下を潜らせて絡みつかせるようにもっかいシッカリ折り曲げてから巻け、などと言われる。糸巻きのポストの先っちょが割れてるフェンダー系はひじょうにタンジュンで、あらかじめ適当に余らせた状態でそっから先を切って、ポストの中に弦を突っ込んで折り曲げたらあとはクルクル巻いていくだけなのだが、それだと緩みやすいからやっぱしチャンと絡み付けろとも言われる。
 余らせる長さについてはESPから専用の物差しが売り出されてるのにはビックリした。厳密にには巻き取る回数が変わると微妙にテンションも変わって、ハイフレットでのピッチに微妙に差異が出るからだという。ぶっちゃけそこまでナーヴァスにならんでも、と思いつつ子供の定規を借りて正確に巻き取り数が揃うようにしてみたら、何となくオクターヴチューニングが弦を交換しても狂わなくなった・・・・・・ホンの僅か。最近では、チューニングし終わったらネジを締めて固定しちゃうタイプの糸巻きなんてーのもけっこう見かける。

 エレキやフォークギターの弦だと、もう片方の端っこには通常、ボールエンドっちゅうて真鍮でできた小さな鳩目のようなものが付いている。これがテールピースの穴やら隙間やらに引っ掛かって弦が固定されるってな原始的な仕組みなのだが、トレモロのあるギターだと、ダウンさせて弦が緩んだ拍子にこれが穴の中でズレることがある。ズレたら当然チューニングは狂う。なので、それを避けるためのブレットエンドなんてーのがフェンダーから出てる。テーパーの付いた鉄砲玉の形になってるので穴にキチッと収まるっちゅう寸法だ。ちなみに値段はちと高い。一度試してみたら、たしかにキチッと収まってるような気がしたし、チューニングも狂いにくいようにも思えた・・・・・・ホンの僅か。

 弦長を決める重要なパーツであるナットやブリッジにしたってもぉ喧しいことこの上ない。まぁ、ここが変わると音質やサスティーンが変わるってこともあるんだけど、やれ牛骨だグラファイトだ新素材だとブツ自体もいろいろある上に、チューニングを安定させるためにはエンピツの芯を削ったものがいいとか何とかこれまた諸説紛々。専用のオイルなんてーのが目の玉の飛び出すような値段で売られてたりする。おれには違いは分からない。どれもあまりにバカバカしい値段で買う気が起きず、使ったことがないからだ。変わったところでは支点がコロになってるローラーナットなんてーのもある。

 んでもってこの辺の問題をいっぺんに解決しようとしたのが、フロイドローズに代表される、ナットとブリッジのところで弦を強力に挟み込んで固定しちゃいましょ、って仕組みだ。これなら弦自体が伸びない限りは狂わないはずだ。今はトレモロのついたギターは大抵コイツになってる。まぁ、最も一番確実な方法であることは小学生でも分かる。けれど、見た目が異様に物々しくなってしまうのと、アーレンキで外したりなんだりがどうにもめんどくさい。ちょっと狂う分には微修正ノブがあるけど、激しく狂うと結局ボルト緩めてイチから全部やり直しになるのもどうにも面倒だ。
 それと、感覚的なものが影響してるとは思うのだけど、この弦を固めちゃう系がついたギターって、どうも響きが痩せるってーか、生々しさが失せてしまってるような気がする。

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 ・・・・・・ともあれ、何年もあーでもないこーでもないとやってきた。で、止めた。

 ある日気付いたのだ。そんなややこしいことせんでもチューニングは必要な程度には合うし、激しく狂たら狂たで小まめに合わせばいいんだし、それにギターなんて上に書いたようにそもそもちょとズレてんだからそこまでシビアである必要なんてないんだ・・・・・・と。
 合ってないのは実はフレットだけではない。どれだけ合わせても発せられる音そのものはやはり合わないのだ。もしこれ読まれてる方がギターとチューナーを持ってるなら、試しに納得行くまでチューニング合わせた後に、チューナー繋いだままで弾いてみたら分かる。正しく合わせたツモリでもちょっと強くパキッと弾くと、最初の立ち上がりはけっこう#してるハズだ。この傾向はハイポジションで弦が太い方が顕著に現れる。つまり、その辺をアタッキーにビキビキ弾くと、それだけでかなりチューニングは狂ってるのである。

 どこかのギター工房のブログで読んだんだけど、ネックもチューニングがカチッと合うって観点からすればメイプルのようなガチガチのネックがいいが、音の良さっちゅう点では弦のテンションと何とか一杯一杯で釣り合ってるくらいのヤワで不安定なんがいいんだ・・・・・・と、そこにはあった。
 今はまったく同感だ。しょっちゅうブログでブーたれてるように、現在メインにしてるギブソンのフライングVのネックの脆弱さには一方ではウンザリしてる。もう、細い弦が1本切れただけで見事にチューニングは#する。だけど、それがあの独特の豊かな響きに繋がってるのはどうしようもなく事実だ。ギブソンは70年代の一時期を除き一貫してヘッド折れのリスクの付きまとうマホガニーネックを採用してるのだが、そこには実はそんな理由もあるのではないかとおれは睨んでる・・・・・・まぁ、折れるのは困るんだが(笑)。
 ストラトにしたってトレモロスプリングを5本全部張って、アンカーも一杯に締め込んでガチガチに固めるより、何とか弦とバランスさせたあたりが良く鳴ってくれる。無論、その方がチューニングが不安定になるのは言うまでも無いのに、だ。不思議なもんだ。

 ウソか真か、ローリングストーンズのキース・リチャーズはライヴ前、折角スタッフがピタッとチューニング合わせてくれたギターを、ゴィ〜ンと一発どっかにぶつけてちょっとチューニング狂わせてからステージに向かうという。「それくらいがライブらしゅうてエエんぢゃい!」ってコトなんだろう。まぁ、ドラッグ抜くためにバハマで全身の血を入れ替えて、「あ〜、これでまた元気一杯クスリキメれるわぁ〜!」って嘯いただけのことはある。
 もちろん、これは彼らのルーツミュージックである泥臭いR&Bの影響が大きいのは言うまでもない。ホンキートンクピアノ、なんてまさにそうだ。ありゃ永年放置されたような安物のアップライトでチューニングが狂ってるからこそ味がある。完璧に下から上まで調律されたグランドでラグタイムやブルースやったって面白くもなんともないもん。
 ブルーノートなんかもそんな感じ。♭3度なんてそのままよりちょっと上にズレたくらいのピッチがエエとか言われる。ちょっと上てどれくらいやねん?と思うが、ホンマこれは「気持ち上」っちゅうヤツで、どうにも譜面には表せないらしい。

 そぉいや彼らの代表曲である「サティスファクション」をレパートリーに入れてたN.Y.アンダーグラウンドの雄・テレヴィジョンだが、再結成公演観に行ってガッカリした記憶がある。トム・ヴァーラインさん、愛用のジャズマスターのチューニングがどうにも狂うのにキレて、代表曲の「マーキームーン」を途中で切り上げやがったのだ。それもなんか切りのいいトコで。お上品に。チューニングヘロヘロの「リトルジョニージュエル」なんてーのの名演をライブカセットで残してるクセに、ちょっとメジャーになったらこれかよ!?とおれは鼻白んだのだった。狂ったままで突っ走るか、ギター叩き壊して欲しかった。

 ・・・・・・与太話が止まらなくなって来た。そろそろ強引に締めよう。

 チューニングは狂う。だからこそしかし、弦楽器の響きは豊かで深いのだ。おれはそう思う。

 
普通のボールエンドとブレットエンド

2010.08.01

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