「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ポジションの迷宮


・・・・・・ま、要はこれだけなんですけどね。

http://www.guitarfretboarddiagram.com/より

 ギターに限らず全ての弦楽器は鍵盤楽器に較べると、ある意味ロスが多い。

 何のロスか?っちゅうと、押さえることの出来る場所の多さのワリに音域が狭いってコトだ。例えばエレキギターで一般的な22フレットのモデルでゆうと、開放弦も含めたら1本の弦につき23ヶ所で押さえられる・・・・・・で、弦は6本だから全部で138ヶ所の押さえる場所があるのだけど、同じ音が随分かぶってるのである。以前も書いたけど、1弦開放のE音は2弦5フレット、3弦9フレット、4弦14フレット、5弦19フレットと同じ高さの音だ。
 そんなこんなで結局出せる音数は46に過ぎない。1オクターブは12音だから4オクターブにちょと足りない。1万ナンボで買えるオモチャ然としたカシオトーンだって鍵盤数は通常61鍵、鍵盤楽器っちゅうのは1つの音の高さと鍵盤は1対1の関係なので、要は5オクターブちょいの音域が出せるわけだ。

 この「同じ音でもあちこちに押さえる場所がある」ことによって弦楽器特有のポジションの問題が出てくる。鍵盤ではドレミファソラシドは白鍵盤をドを起点に弾く一つの配列しかないが、弦楽器ではいくらでも考えられるのである。
 例えばドを5弦3フレット(書くのがめんどくさいんで「フレット/弦」っちゅう風に分数で以降表記する)を起点として始めるとしてドレミファソラシドは、最初のうちは0/4⇒2/4⇒3/4⇒0/3⇒2/3⇒0/2⇒1/2な〜んて教えられる。
 でも別に3/5⇒5/5⇒2/4⇒3/4⇒5/4⇒2/3⇒4/4⇒5/4って弾いてもかまわないし、3/5⇒5/5⇒7/5⇒3/4⇒5/4⇒7/4⇒4/3⇒5/3と弾いたってかまわない。チャンポンもOK!・・・・・・いや、何とならば3/5⇒5/5⇒7/5⇒8/5⇒10/5⇒12/5⇒14/5⇒15/5と1本の弦だけを駆け上がってってもいいのである。全ては弾き手の自由だ。

 自由とは申せ、現実的にそれは可能なんかい!?っちゅうのもあるし、そもそも音楽はひたすらドレミファソラシドと弾き続けるだけでは楽曲として成立しない。当然だわな。だからいろんな音の配列が生まれ、そしていろんな指使い(フィンガリング)が必要になってくる。

 ようやく今日の本題に近付いてきた。

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 この数年、クラシックの曲をエレキギターで弾くのに熱中してることはこれまで何度も書いた。親しみやすい旋律と手癖イッパツでは絶対に弾けないハードルの高さにハマってしまったのだ。大体、家で一人ハーシュやドゥームやったって面白くもおかしくも何ともない。おまけに家族からは白い目で見られるし、見られない程度の蚊の鳴くような音量のノイズでは悲しくなってくる。爆音・轟音で響き渡らせてこそのノイズだし、ライブでも音源でもいい、何らかの発表あってのノイズである。

 「一人でクラシック」はかなり求道的で内向的な作業だ。純粋に技術的な向上、むつかしいのがクリアできたときの快感だけが目的である。だって、聴くのに徹したかったら、いくらでも優れた名演はネット上に転がってるんだもん。それもおれの弾ける限界速度の倍以上で、一音のミスも無いようなんが。

 最初はTAB譜(押弦するポジションを書いた弦楽器用の譜面)付きの楽譜集を買って来てネチネチやってたが、やっぱ弾く以上は気に入った曲を弾きたい。でもおれは楽譜が読めないからどうしてもTAB譜が必要だ。
 世の中ベンリになったもんで、そんな人向けに素敵なフリーウェアが存在することをおれは知った。「POWER TAB」っちゅうそのソフト、MIDIの楽曲ファイルを吸い上げて変換すると、楽譜とTAB譜の2段書きの譜面にしてくれるのである。ギターだけでなくベースその他にも対応している。

 ただ、好事魔多しっちゅうか、そうは問屋が卸さんちゅうか、その変換がもぉムチャクチャなのだ。パッと変換するだけだと、6弦26フレットなんて、存在しないポジションを表示しやがる。もちろん、そういった誤変換は修正できるようになってる。多分、上は2/1、とか7/2になるんだろうな、とアタリをつけてギターで実際に弾きながら、ポジションの修正をして行く。そして、思い知った。

 ・・・・・・一筋縄で全然行かない。

 言うまでもなくなるだけ弾きやすいところを探しながら押弦するポジションを拾って行くワケだけど、それだけだとすぐに手詰まりになるのである。2小節目まではそう弾いた方がラクだが3小節目の一拍目はそれではどうしても指が届かない、みたいなことが頻発する。意地悪な詰め将棋のようである。おまけにトラップは1回では終わらず回し蹴りがあったりもする。すなわちにそこで解決した気になってると今度は5小節目でアウト!とかになる。そうなると根本的にもっかい最初からポジションの見直しだ。
 上手く絡めて使える開放弦はないんかい?多少ポジション移動がスッ飛んでも同じフォームでいなせるところはあらへんのか?拍の途中でオマケに裏だけど、ここで動いときゃタンジュンな上下降フレーズになるよなぁ〜、ここで多少苦しい思いをしとけば後が随分ラクになるけれど、低音弦のミュートどうしてかまそうか?あ〜っ!そもそもこの曲、全体のキーを1音上げてしまえば楽勝やんか!・・・・・・etcetc。

 こんな調子だから、1日根詰めてポジション拾いながら練習しても、せいぜい20小節進めるかどうかである。誤解のないように申し上げると、特別おれが遅いってワケではないと思う。あの超絶ギタリストのポール・ギルバートだってとあるクラシック曲で最適なフィンガリングを見つけるのに10年かかったことがある、なんて言ってる。あの素晴らしいテクニックに加え、オマケに団扇みたいに大きな手を備えたポールさんにして10年だよ。おれみたいなんが1日で20小節も進めるなんてもぉ神様仏様状態っす。

 もちろん、そうしてこれでいいかな〜?って納得できる運指が分かったとしても、それで弾けるようになったワケではない。今やってるのは16分音符がぎっしり詰まった拷問のような曲ばっかだから、いきなり滑らかに弾ける筈もなく、そっからは繰り返し繰り返し、何度も何度も弾き込んで動きを指に覚えさせなくちゃならない。もちろん、最初はごくごくスローなテンポでも随所で引っ掛かりまくる。それをしつこくやってるうちに少しづつスピードと滑らかさがついてくるのだ・・・・・・ハハ、ここの段階でのスローモーな習得ペースはモロにテクのなさが出とるな。
 とまれこれを求道的で内向的と言わずして何と言おう。

 それはまるで、登攀ルートを探すロッククライマーみたいな気分である。最初の取り付きで楽な方ばっか選んでヒョイヒョイ登ってったらすぐに手懸かりもクラックも何もないスベスベの一枚岩や強烈なオーバーハングに突き当たったりするようなモンだ。まぁ、墜落したり遭難したりがないから全然危なくはないけれど・・・・・・ああ、腱鞘炎と肩凝りにはなるか(笑)。

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 ともあれ無表情に弦とフレットの格子模様が並ぶフィンガーボードは、実は無限ともいえる奥行きと広がりを持ってる。それは眩暈がするほどのエニグマを内包した迷宮だ。

 ギター弾き始めて30年を超え、最近ようやくそんなことが少し分かりかけてきた。 


鍵盤楽器はその点極めて明快に出来ている。

2010.07.15

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