「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ムチャクチャなギター




下は「BECK」モデルですね。

 答えはもう最初っから出ている。フェンダーのムスタングである。間違いなく世界一ムチャクチャなギターだ。

 何がムチャクチャか?って、チューニングすぐ狂う、低音スカスカ、ピッチ不安定、サスティーン伸びない、スイッチ使いにくい、高さ調整できないブリッジ、全体の作りがチャチ・・・・・・挙げだしたらキリがないくらい欠点だらけのギターなのだ。いやもう、ハッキリ「欠陥品」と呼んでもいいくらいだろう。元々はスチューデントモデルとして、激増する安価な日本製ギターに対抗すべく出されたものだが、この歯応え、敷居の高さは本当にお子様向けかよ?と言いたいくらいである。
 ただ、単に欠点だらけのギターではなく、コイツにしかない多くの優れた点があるからややこしい。何よりも24インチのショートスケールによる扱いやすさ、シンプルなコントロールだけれどスイッチを使い分けることによる多彩な音色(何とハムバッキングにもなる)、トレモロアームの軽さと可変幅の大きさ、軽量でコンパクトゆえの振り回しやすさ、何よりカッコ良さといった点は実に魅力的だ。こっちもムチャクチャなのである。
 名前は言うまでもなくフォードのスポーツカー・マスタングから取られている。何でクルマは「マ」でギターは「ム」になるのか良く知らないが、いずれにせよその名の通りの暴れ馬である。こんなに名前と特性が一致したエキセントリックなギターも珍しい。

 日本では不思議に人気があって、トリビュート本まで出される始末である。それはもちろん、ムスタングの名手として有名なチャーによるところが大きいが、本人は近年はもうほとんど使っていない。やはりライブで使うには扱いにくくて持て余してしまうのだそうな。それでも絶対音感が備わってる彼だからこそ、ライブの途中でも平気でペグ触ってチューニング直すし、演奏中に狂ってしまったらチョーキングで騙し騙しなんて荒技をかますこともできる。けど、一般ピーポーでは到底手に負えない。

 そんなワケで、実際のミュージシャンの使用よりも、マンガの中でやたらと使われてるギターでもある。「BECK」しかり、「けいおん」しかり、「ソラニン」しかり、どいつもこいつもムスタングだ。ちっこいから日本人体形に合うし、部品の数が少なくて描きやすいからだと思う・・・・・・。

 ・・・・・・なーんて、ここまで書いたのは今さらおれが述べるほどのことではないだろう。これまで世間的にも散々語られてきたことだ。

 ともあれそんなムスタングだが、先日、個人的にじっくり弄り回す機会に恵まれた。これまではちょっと試奏したことがあるくらいで、あまり落ち着いて弾き込んだことがなかったのだ。正直、おれには扱い切れんとハナッからパスしていたのである。

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 いやもうビックリしたね〜!噂通りなんだもん。

 まずチューニングを合わせるのが一苦労。通常おれは、5・4・3・2・1弦と順に合わせて行って、6弦を1弦で合わせ、最後に6弦と5弦でチェックすることにしている。トレモロレスでよほどネックのシッカリしたギターなら1回だけで終わる。ところが、ネックは若干しなるモンだから、弦を張ったテンションに負けて段々とチューニングは♭して来る。だから最後に6弦と5弦でチェックすると6弦が低めになってしまう。5弦自体もA=440Hzから随分下がってる。そしたらもっかい丁寧に5・4・3・2・1だ。
 だいたいこうしてルーチンを2回もやればほとんどのギターでスッキリと調律は完了する。ストラトでトレモロがフローティングになってても、それでも3回くらいで合う。どこかで必ずテンションはバランスするのだ。
 それがこのムスタング、いつまでたっても合わんのである。弦のテンションにトレモロスプリングが果てしなく負けて伸びて行くような感じ。思い切って高めに調弦したのを下げたりとかして何とか合わせたが、どうにも掴み所のなさ、頼りなさが残る。

 直でアンプに突っ込んだ。サウンドチェックにエフェクターは邪魔なだけだ。クリアーだとなんともペケペケの印象。ちょっとピックアップの馬力が足らんのだろう。しかし、サスティーンはそんなに悪ないやん。減衰は早いけど、プツンと途切れるような落ち方ではないから不快感はなし。フェイズアウトでコーラス掛けてアルペジオなんか弾いたらストラトより繊細に違いない。
 続いてアンプ側を目一杯歪ませてみる。フロントは思ったよりも音がズ太い。ストラトを簡素化したようなカッコのクセにテレキャスのフロントみたいな音がする。次はリアだけ、何だかよぉ分からん。たしかに低域は薄いが、高域も薄いやんか(笑)。でもって前後ミックス。まずはフェイズ、ストラトのハーフトーンっちゅうやっちゃね。まぁこんなモンだろうが、それにしても歪みにくいな。よっしゃ最後はハムバッキングだ・・・・・・そこでおれは目が覚めた思いがした。

 ・・・・・・エエやん!これ!

 おれの今のメインのフライングVにはセラミックマグネットっちゅうのが付いてて、パワーだけは有り余るほどある。だからもうどんなタッチでもギンギンに歪む。それに較べると同じハムバッキングとはいえまったくパワーはないし、そのクセすぐにハウリングを起こしそうになるのだが、右手に忠実とでも言えばいいのか、弾いた分だけはキッチリ、それもかなりザラっとダーティーに歪む感じが心地よい。トーンを絞ると他にはない不思議な太さだ。それと、どれだけミュートしても他の弦や何かが共鳴する音が混じってるような、独特の不協和な感じがある。要するに見た目からは想像できないワイルドさなのである。

 ビロビロ弾きながら、3弦思いっきりチョーキング、やっぱ抱えた以上は、ってなワケでチャーみたく低音弦ブラッシングしてグリッサンド、そのまま開放でガーンとアームダウン・・・・・・ガコッ!!・・・・・・ん!?なんか今、トレモロユニットの所でイヤな音したぞ。うわ!何やこのチューニングは!?

 いやもう呆れるくらいメチャクチャに狂っていた。3弦なんて1音以上落ちている。「ガコッ!!」はどうやら興に乗ってアームを動かし過ぎてテールピースにつながったスタッドが土台からズレた音だったのだ。ストラトに比べてアームの動きが軽い分、ムリに力を入れるのは禁物みたいである。再び、長い長いチューニング。どう考えてもこれ、ダイナミックトレモロの仕組みに問題ありと言わざるを得ない。

 それにしてもスケールが短いっちゅうのは快適だわ。短い短いっちゅうてもストラトに較べると4cm、ギブソン系と較べても2cmばかりなのだけど、その僅かな差のおかげで弦はとても柔らかく、ちょっとした運指も届きやすくてスムースだ。チャー御大言うところの「ジャストサイズのジーンズみたい」ってのが分かる気がする。しかし、それゆえのピッチの甘さが特に低音部で顕著なのは耳音痴のおれでも分かる。左手はそーっと、右手は強くだな。

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 色々書いたが、まぁ巷間囁かれるとおりのムチャクチャさだった。そしてつまりはひどく面白かった。欲しくなってしまった。

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 正直、これを1本目に買おうとは思わないし、他人に勧めようとも思わない。こんなにも調子、それも基本中の基本である正しいチューニング出すのにさえ往生するギター、面倒くさくって仕方ない。上達の妨げにさえなりそうだ。
 しかし、ある程度ギターの違いや仕組みが分かってきたあたりで買えば、そのムチャクチャさにハマれそうな気がする。

 そんなワケでおれは今、密かに出物を物色中である。でもなんだか最近相場が高いんだよな〜。昔は本家USAメイドでも五万円台で中古があったモンだが・・・・・・。


やたらカラーバリエーションが広いのもGood!

2008.09.27

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