「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ギター版、歳月記


大体この手の初心者セットなんか買って後悔するんだわ、最初は(笑)。

 あれは8月の終わりだったか9月の初めだったか・・・・・・もう30年近く前のことなので忘れてしまったが、とにかく暑い暑い日だったことは覚えている。英語で言えばDog Day、っちゅうヤツだ。
 南海高野線の浅香山駅近く、しもた家や町工場の並ぶ一角、おれは数年間にわたって必死で貯めた7万ほどの現金を持ち、カンカン照りの炎天下をキョロキョロしながら歩いていた。当時、高野線沿線の駅近くの電柱には必ず掲げられていた「ギター何でも3割引!!」っちゅういささか胡散臭さの漂うキャッチを信じて電車に揺られてやってきたのだ。店の名を「Fギター研究所」と言う。
 ただ、事前に電話で話した店主の印象はそれほど不審でもなんでもなかった。希望の品は取り寄せになること。大体1〜2週間で到着することなんかをややぶっきらぼうな調子で事務的に話して終わりだったと思う。

 話は逸れるが、浅香山っちゃぁ、大阪南部の小学生に固く信じられていた「黄色い救急車で精神病院に連れてかれる」で有名な町だった。本当にそんな病院があるのかどうかは誰も知らない。「黄色」は時に「緑色」になったりして、いかにも都市伝説的な伝聞と憶測と脚色の塊のような与太話であったが、ともあれ「浅香山」と聞くとガキは誰もが条件反射的に、何かそこが不気味な異界のように思えるような刷り込みがされてたのは事実だ。今思えば住人の方にとっては迷惑千万な話だったろう。
 もちろん、既に高校生になってたおれはそんなもの全く信じてはいなかった。中学で通ってた塾の繋がりで遠方の友人がたくさんでき、その近所に住むヤツから、たしかに病院はあるけど、そんな「黄色い救急車で連れてく」なんて根も葉もないデマってコトを聞き及んでたのである。

 そうこうするうちに、道順通りで店に到着。うわわわ!小さな看板は出てるものの、これって単なる民家やんけ!。所謂楽器屋の雰囲気では少なくとも、ない。
 アルミのがらり戸を開け声をかけると、小柄なオヤジが奥からランニング1枚で出て来る。ぴんから兄弟の宮史郎をうーんと貧相にしたようなちょび髭のオッサンだ。見た目だけですでにキャラ立ちまくり。この人が店主なのだろう。
 それなりに商売は繁盛してるのか、店内っちゅうかまぁ土間だな、そこにギッシリとダンボールやケースに入ったままのギターが立て懸けられている。ほとんど人の入るスペースはない。上等と思われるクラシックギターが何本か奥の方のガラスケースに展示されてあるが、その前にもギターやらケースが沢山積まれてある。実に殺風景だ。鴨居にはいつのかは分からないが、派手なスーツを着込んでギターを抱えたオッサンの晴れ姿の写真。ナルシソ・イエペスのポスターなんかもあったな・・・・・・正直、エラいトコに来てしまったと思った。浅香山はやはり異界だったのだ。

 家の中も物置代わりになっているのだろう、注文してたエレキは奥の方から持ち出されて来た。夢にまで見たゴールドトップのレスポールのコピー品。確かに3割引きはウソではなかった。ウソではなかったが、本体以外のモノはシールドやケース、ピックに至るまで全部2割引き、もちろんそんなことは電柱広告には少しも書いてなかった(笑)。だから全部合わせるとそんなにメチャクチャは安くなかったかも知れない。Piggyのアンプ、MAXONのディストーションなんかもその時同時に買った。全部で10kgくらいの重さがあった。

 ともあれこうして、おれのギター少年な日々は始まったのだった。余裕コイてる暇はない。数週間後に文化祭が迫ってるのだ・・・・・・。

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 今春、高校に合格した甥っ子が軽音楽部に入った、っちゅう話を先日ヨメから聞かされた。ヨメの姉の次男坊だ。中学まではサッカーとマンガ・ファミコンに熱中しており、音楽には無縁だと思ってたので意外に思った。
 盆に彼女の実家に帰省すると、姉一家も揃って関東から戻って来ている。話すとまぁ良くあるパターンで、音楽やりたいと思い立って、あまり考えないまま勢いでアコギを買ってはみたものの、安物故に弦高は元からジューブン高く、おまけにネックが弦のテンションに負けてすでに順反りまで始まって、より一層高くなりつつあるらしい(笑)。道具としては絶望的に最低だ。
 しかし、最近は機械仕掛けで何でもやれる時代になって、地道な練習が必要なギターが昔ほど人気がない中では実に頼もしいことではある。ちなみに我が家のガキ共は、これだけ音楽できる環境があるにもかかわらず、一向に楽器演奏には興味を示さない。

 ------・・・・・・で、自分(大阪弁で二人称のこと)どんな音楽やりたいのん?
 ------ん〜っと、ロックとかです。
 ------(「とか」って何や?「とか」って?)ほれやったら箱のギターやと弾きにくいんちゃうん?
 ------そうなんっすよ!最初はアコギから、って言われて買ったんっすけど、何か違うんですよね〜。
 ------まぁ、結局きちんと弦押さえれんとアカンのはエレキもアコギも一緒やけどな・・・・・・12フレットでどれくらい弦の高さある。
 ------これくらいっす・・・・・・(と指で示す)。
 ------(そ、そら押さえるのムリやろ!?)それ、メチャクチャ大変やろ?
 ------はい〜、頑張ってます。
 ------どだい、何ちゅうブランドのギター買うたん?最近は安いのも品質上がったけど、それでも極端に安モンはやっぱそれなりやで。
 ------いや、良く分かんないっす。色だけで選んだから・・・・・・。

 とにかく音楽やりたい一心で取るものも取り敢えずギター買って、やみくもに練習してはいるものの、彼はまだギターの理屈も、仕組みも、調整方法も何も知らないのだった。ヤリたいだけの勢いでロクに避妊もせずエッチして、そのままオンナの子孕ませるガキの精神構造とあまり変わりはない。とは申せ、こぉゆう若気の至りの無鉄砲さは好ましい。それはもはや取り戻そうと思っても、今のおれには絶対ムリなものだ。

 ------1本、もう弾いてへんヤツ家にあるから、欲しけりゃ取りに来いや。エレキやで。
 ------エッ!!ホントっすか!?
 ------ああ。でも、そんな上等ちゃうで・・・・・・っちゅうても、むちゃくちゃ安モンともちゃうけど。
 ------全然OKっすよ。
 ------アンプとか小物類は自分で買うてや。それに家で弾いたらうるさいし、おかーちゃんに怒られるかも知れんで。

 ・・・・・・もう彼、目ぇ爛々。ゲンキンなやっちゃ。ぜんぜん注意なんて聞いてない(笑)。でも、その彼の目の輝きに、おれは少々引き気味になった。否、確かにその時のおれは若干目を伏せさえしたのだ。言うまでもなくそれは羞恥によるものである。罪人が聖者の顔をまともに見れないのと同じようなものなんだろうな、と薄く、寂しく笑った。

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 盆明けから急に仕事が忙しくなったのもあって、おれはその時の口約束をほとんど忘れかけてたのだけれど、当然の如く彼はシッカリ覚えていたようだ。1週間ほどした晩、帰宅するとヨメにネーチャンから電話があったと告げられた。明後日、ギターを貰いに来たいとのことらしい。
 おれは部屋の隅で埃かぶってるストラトの整備を始めた。あまり初心者に楽させ過ぎててもいけないだろう。大量に余ってる010−046のライトゲージのセットで、ホンの僅かだけ弦高上げ気味のセッティングにする。正確なピッキングとそれに伴う撥音を理解しマスターするにはそれくらいの方がいい。

 翌日、文字通り喜色満面の笑みでもって彼はやって来た。居間の本棚の前、スタンドに立てたギターが自分の貰えるものだと聞かされた時の表情は、幸せそうを通り越していささかアホみたいでさえある。しっかし、高校生にもなってギター貰うくらいでおかーちゃんと一緒に来やんでもエエやろーが(笑)。スイッチやらアームやら基本的なことを教えて、とにかくまずは彼にアンプにつないで弾かせてみる。

 ・・・・・・何やねん!?

 いやもう、そもそもピックの持ち方、角度からして全然アカンがな。弦を撫でてるだけだし、それではアップでのコードカッティングやオルタネイトピッキングに支障が出るやろ!?それにとにもかくにも肩にも手首にも力入り過ぎ、おまけに左手気になるもんだから完全に頭が左手の上に来て、右手は殆どネックの付け根あたりだ。オマエはジャズでもやる気か!?(笑)・・・・・・いや、そんな姿勢とかはどぉだっていい。弾けりゃエエんだ。
 しかし、結果としてもっとも単純な1度5度8度のパワーコードさえも弾けないのだ。ズブの素人を引き受けたスポーツクラブのレッスンプロの気持ちがその時は良く分かった。
 軽音の顧問のセンセはシールドは上等のを買えとかなんとか色んな詰まらない御託宣は授けてくれてるらしい。しかし、もっとも基本的なことは教えてはくれなかったようだ。何だかその話が妙に癇に障ったおれは、ベルデンのムチャクチャ高いのとK−Garageの安物で弾き比べて、いかにシールドの値段の差なんて意味のないものか甥っ子に教えてやった。下らない教師が多過ぎる。

 結局、その日、彼のテンションは上がりっぱなしで、楽器屋にアンプ買いに行こうってなトコまでトントン拍子に話は進み、おれのあげたギターに加え、小型とはいえ決して軽くはないアンプの入った段ボールまで提げて、彼は意気揚々帰って行ったのだった。

 以来、狂ったような熱心さで彼は練習に勤しんでいるらしい。なんとなれば、30年前のおれと同じく、数週間後に文化祭が控えているからである(笑)。文化の秋なのである。
 どれほど上達したのかは訊いてないので知らない。まぁ、最初は無理やりボーカルに仕立てられるくらいが関の山だろうとは思うが、それはそれでいいんちゃうやろうか。

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 ***君よ、近い親類の中にギターに熱中するヤツが現れたことそのものはギター好きのおれとしては何となく嬉しい。しかし、今後キミのギターが上達するかどうかはおれには分からないし、ヘンに期待する気はない。ひょっとしたら飽きて投げだすかも知れないが、おれには別に首に縄つけてまでして頑張れっちゅう義理はないし、そもそもそんな気は毛頭ない。ただ、尋ねてくれれば何でも知ってることは惜しまず教える。テクに教えるほどのモノはないけどさ。

 敢えて注文を付けさしてもらうなら一つだけ、ある。実に簡単なコトだ。もし、今度ギターに関する用事でおれん家に来る時は一人で来いよな。おかーちゃんと一緒は、それは少なくともロックぢゃないよ(笑)。

2009.09.12

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