「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
速弾きさん


目下世界最速、TIAGO DELLA VEGAさん近影。

 ギターを手にしたことがある人なら誰もが一度は憧れるのが「速弾き」っちゅうモンだろう。

 速く弾けることは、最も誰にでも分かりやすいテクニックの証だ。ビブラートの巧さやチョーキングの正確さ、あるいはタメの効かせ方なんて、分かる人間にしか分からないモンな。
 たしかに、ギター弾きの中には「速弾きなんてどぉでもいい!!」と言うヤツもいる。しかし、ホントのホントに心の底から、まったく劣等感のかけらもなく終始一貫してそう思ってるヤツの割合は一体全体どれくらいのものか、統計的な資料があれば見てみたいものだ。ギター、殊にエレキギターを弾こうと思い立って、それで一度も速弾きをやろうとしなかったヤツなんていないとおれは思う。

 一方、ピロピロと弾き倒せる人は世の中そんなに多くはない。やはり速弾きは大きな障壁なのだ。そうは簡単に問屋が卸してくれない。だから、志してはみたものの多くの人間が途中はおろか入口で挫折する。かくして購入されたエレキギターのほとんどは哀れ、押入や納屋の中で眠ったり、今ならヤフオクに掛けられたりハードオフに売り飛ばされることになる。

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 これまでギターを速く弾くための色々なテクニックが工夫され、生まれてきた。

 まずはハンマリングやプリング、スライドって技。今では当たり前過ぎるくらい当たり前に誰でもやる基礎中の基礎御岳山。これらのワザにはもちろんフレーズを滑らかにしたり表情を付ける目的もあるけれど、やはり弦を弾くスピード以上に音数を求める中で出てきたものだ。70年代初期のハードロックの定番速弾きパターンである「ペンタトニックのラン奏法」なんてーのも結局、この3つの技を巧く組み合わせて素早くやってるだけだ。
 有名なエリック・クラプトンの「スローハンド」の異名はここから来てる。あまり左手にせわしなくネックを行き来させず、大抵は1弦から6弦に向かっての下降フレーズでタララララ〜、と弾いちゃうから、フレーズの速さの割に手はスローなのである。いいな〜、それで神サマだもんな。実のところ往年のテン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リーにしたって激速と言われたものの、やってることは同じ、いやもうジェフ・ベックだろうがジミー・ペイジだろうがリッチー・ブラックモアだろうがなんだろうが全員同じだ。昔はシンプルで良かった。

 それ以外はベタだけれども、オルタネイトピッキング(弦を弾き下ろす/上げるを交互に繰り返す)で実際に速く弾き倒すくらいしか技術がなかったのである。これを極限まで究めた嚆矢は70年代半ばにジャズ・フュージョンシーンから出てきたアル・ディ・メオラだろう。正確無比で、もぉとにかく猛烈に速い速い。速弾きの名盤と言われるジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアと3人でやったライブ盤を初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。エレキより弦が硬く弦高も高いアコギなのに、テンポ♪=200bpm近くで恐ろしいことに時折り6連符まで交えてフルピッキングの弾きまくりである。おれも必死でコピーに明け暮れたものだが、未だに「地中海の舞踏」のイントロがどうにか弾ける程度だ。
 ただ、今になってこれが面白いんか?感動するんか?っちゅうと、超絶的に速いのに最初おったまげるだけで、音楽としてはあんまし面白くない。正確なあまり逆に無表情、そして抑揚に欠けたスパニッシュのスケール練習をひたすら聴かされてるみたいなのだ。また、速くなればなるほど音飛びフレーズがむつかしくなるので基本的にはスケールの単純な上下行が主体になる。だから余計に詰まらない。

 要は、愚直に基礎テクニックを積み上げるだけでは、速弾きには限界があったのである。

 いわば技術的閉塞状況の中、後にジミヘン以来のエレキギターの歴史を塗り替えたと言われる男が70年代の終わりに登場する。もちろん、「ライトハンド奏法」・・・・・・今は「タッピング」と呼ばれる必殺技を引っ提げたエドワード・ヴァン・ヘイレンだ。いや〜、驚いたね〜。「暗闇の爆撃機」とか従来のハードロックギターの概念をブチ壊す曲だった。
 彼の凄い所は速いだけでなく、緩急と抑制の効いた大胆で独特な譜割りとフレージングの組み立ての巧さ・・・・・・つまりは音楽センスだろう。特に前者の、拍に基づく整然としたシーケンシャルな音符の配列ではなく、リズムとコードの大きなノリの中で自在に音が伸縮するような、そして詰め込むときは符割りを無視して音を詰め込み、一気になだれ込んで行くようなフリーキーな感じはむしろ、ジャズのサックスやトランペットのソロに近い。それは無論、私淑するというアラン・ホールズワース(この人も超絶技巧!)の影響なんだろうけど、その難解さ・晦渋さをポップに消化し切って、これまた独創的なボロボロの自作ギターでニコニコ笑いながら弾いたところこそがギターの革命児たる最大の所以だと思う。そぉいや80年代初頭、彼の後に続いたLA系の連中なんて、それまでのハードロックに於ける苦虫を噛み潰したような表情とは打って変わって、とにかくニコニコしてた。影響大だわ(笑)。
 ・・・・・・って、おれもつくづくアホだ。ジェネシスフリークだったおれは、実はそれまでに腐るほどタッピングを聴いてたのである。スティーブ・ハケットである。彼はヴァン・ヘイレンに先立つこと約10年、70年代初頭からこの技を駆使してギターソロを組み立てている。単におれがどぉして弾いてるか気付かなかっただけである(だから、当然ながら「ミュージカル・ボックス」のソロのコピーにはひどく苦労したし、「リターン・オブ・ジャイアント・ホグウィード」のイントロはどうしてもできなかった)。また、ギタリストとしては地味な存在だったものだから、「ヤング・ギター」(笑)とかで採譜例が取り上げられることもなく、世間的に広まらなかったのだ。
 そんなタッピング、技としては右手を使ったハデなアクションに新味があっただけで要はハンマリングとプリングだから、従来の延長線上にあったっちゃあった。それと欠点がある。弦を指で叩くだけなので滑らかではあるが、ピック弾きよりアタック感に乏しくガツンとしたフレーズにはなりにくい。また速くなるほど6連符系が増え、そしてワンパターンに陥りがちになる。つまり、万能薬ではないのである。

 またもや速弾きは頭打ちになった。

 ところが、這えば立て、立てば歩めの何とやらで、新しいことを考えるヤツが出てくる。「スウィープピッキング」っちゅうワザだ。元々はジャズにあったブロークンコードとか、隣り合う弦をオルタネイトにせず同じピックの向きで弾くエコノミーっちゅうのを極限まで速めたものだ。具体的にはコードフォームをジャラ〜ンと和音で弾くのではなく、1音1音正確に細切れにして弾いてしまうのを想像すれば良い。その時ピックは6弦から1弦、あるいはその逆で一方向にしか動かない。それが弦を掃いてるように見える。だからスウィープ。各音のインターバルが開いているのに猛烈に速く弾くことができるのと、タッピングよりクッキリしたフレーズになるのが特徴だ。未だにおれはマトモにできないからエラそうには書けないが・・・・・・(笑)。
 これもハケットさん同様、起源自体言い出すと相当古いみたいだが、やはり一般に広めた功績者としては、くしゃおじさんみたいな顔のフランク・ギャンバレだろう・・・・・・あ!そぉいやチック・コリアに見出された点ではアル・ディ・メオラといっしょだな。チック・コリアってギターについては速弾き至上主義なのかも知れない。あと、有名さ(派手さ!?)ではちょっと遅れてのイングウェイ・マルムスティーンが挙げられるが、巧みさではギャンバレの方が遥かに上のような気がする。
 てなものの、これとて欠点はある。基本的にシンプルなコードフォームしか使えないので、当たり前だが単純な和音を上下行にチョー速く弾いたようにしかならない。それと、どんなフレーズでもワリョリャリョウォリョリャリョ〜っちゅう、一発でスウィープと丸分かりの独特の響きになってしまう。だからこればっかずーっと続くと、ディ・メオラさん同様で聴き飽きてくる。ウソだと思うならYOUTUBEでスウィープだらけのフランチェスコ・ファレリやジェリー・Cを見てみるといい。3分でどぉでも良くなること請け合いだ。また、タッピングもそうだけどリズムに対して正確な符割りはむつかしい・・・・・・らしい。何せおれ、ロクに弾けないんだからこれ以上の講釈は無理っす、ゴメン。

 技術のトレンド的な到達点として今は大体そんなところである。2本のギターを同時に両手タッピングで叩き倒すザック・キムとかスゴい才能は他にもいるけど、ラジカルな新しさは感じられない。でもたぶんそのうち、右手の指5本に全部ピック付けるとか、腰が抜けるほどとんでもないコトしでかすヤツが登場するのだろう。

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 そもそも、どれくらいの速さから「速弾き」とするのか?

 この定義はいささか難しいけど、テンポ♪=100bpm・16分音符の短さで、少なくとも10音以上はつながったフレーズを弾くのが概ね速弾きの最低ライン、と言って構わないんぢゃないかと個人的には思ってる。テンポ倍なら8分音符、半分なら32分音符以下の連続、ってコトだ。
 だいたいこれで1秒間に6〜7個の音が詰め込まれてる計算になる。まぁ実際そんな遅くはないけどメッチャクチャ速い、っちゅう程でもない。クォーツの時計を持ってたら秒針の動きに合わせて「タタタタタタ」とか「タタタタタタタ」と言ってみるとよく分かる。だからあくまで最低ライン。できれば♪=130bpm以上くらいで上の条件くらいからが、誰が聴いてもこりゃ速ぇなぁ〜、と感じるようになる。これでおよそ1秒間に9個弱くらい。1音0.1秒ちょっとだ。時計に合わせて口ずさむのもかなりしんどくなって来る。

 その後のヘビメタの様式美に多大な影響を与えたレインボー「キル・ザ・キング」のソロの出だし、あのミュート気味の同音弾きまくりが大体♪=230bpmの16分だった。高校の時に挑戦しておれは見事にコケた。キング・クリムゾン「フラクチャー」でのホールトーンスケールを用いた機械のように正確なシーケンスパターン、あれでおよそ♪=140bpmの16分。手癖フレーズならおれでも何とかこなせる速さだが、およそギターの運指のメソッドからかけ離れたような動きなのでムチャクチャむつかしい。未だにヨレヨレでまともに弾けない。ヨレヨレといえば誰はさておきジミー・ペイジだが、「ロック・アンド・ロール」が♪=180bpmってトコ。本人もかなり指がもつれてたりするが、おれはもっとヨレヨレでグダグダ(笑)。
 ・・・・・・何を言いたいのか、っちゅうと、おれのレベルなんてせいぜいそんなモンだ、ってコトだ。30年もギターやってんのに、元々才能がなかったのに加えて精進----それこそロバート・フリップ言うところの「ディシプリン」----が足りなかったのか、速弾きはとても苦手なのである。

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 ヘタなおれの内輪話はどぉでもいいとして、反対に速弾きの極限だってあるだろう。これもYOUTUBEで実際に演奏しているところを見れる。ブラジルのチアゴ・デラ・ヴェガっちゅうて目下ギネスブック公認の世界一速いギタリストだ。これ見ておれは茫然となった。いやもう、凄いなんてモンぢゃない。
 この人、お題となってるリムスキー・コルサコフ「熊蜂の飛行」を実に♪=320bpm、あまつさえフルピッキングで弾き倒すのである。これは原曲のおよそ2倍のテンポだ。具体的には1秒間に21音強(!!)が鳴っている計算になる。ピック握った右手はまるでもうアル中の痙攣だ。さらに恐ろしいことには、瞬間的ならもっと速く弾けるらしい。ひょえぇぇぇ〜!!

 その神技に近い素晴らしいテクニックにケチ付ける気は毛頭ないが、走り高跳びのハードルが上がるように、原曲のスピードからだんだんと吊り上げられていくテンポ(多分ウォーミングアップも兼ねているのだろう)に合わせた演奏を見てると、最早それが速弾きとは言えなくなって来ることにおれは気付いた。
 あまりにも速過ぎるもんだから全部の音が繋がって聴こえて、ポルタメントのかかったシンセサイザーがウニョウニョと鳴ってる程度にしか聴こえないのだ。また、ここまで速くなって来ると余計な手や指の動きはすべて演奏の障害になってしまう。だからアクションは極力抑えなくちゃならない。しかしそのため、シュッシュと左手が指板上を動く以外はほとんど全てが(指さえもが)止まって見える。つまり、ちょっとも速そうに見えないのである。
 むしろ、彼の登場で世界一の座から陥落した世界一ツイてないバカテク・クリス・インペリテリや、驚異の4本ギター弾き・マイケル・アンジェロなんかの方がよほど速そうに見える。

 そんなチアゴさんの演奏見て、おれはあるマンガを想い出した。月刊少年マガジンに連載されてた川原正敏「修羅の門」っちゅう作品だ。その中で「菩薩掌」っちゅう必殺技が出てくるのだけど、これって対戦相手の頭をポンと軽く両手で挟むだけ(にしか見えない)なのである。つまりおよそ空手の技に見えない。でも実際は、瞬間的に手で頭を猛烈なスピードで左右に揺さぶっているために相手はその振動で脳内が破壊されてしまう・・・・・・ってな内容だった。言うまでもなくマンガだから作り話だけど、スピードの極限は見た目的には静止なのである。忍法影分身だってそうだ(笑)。

 しかし武術や忍術ならともかく、ギターの速弾きにおいて速く見えない聴こえないとは一種の自己矛盾であり、存在意義の破綻に他ならない。そしてそれはとても虚しい。

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 ともあれ、おれはその動画を見て速弾きがロクにできない自分にようやく諦めがついた。だから今はユックリ、確実に弾くことに腐心している。それでもマトモにはなかなか弾けないのがいささか悔しいが(笑)。


両手使ってこれを実際に弾き倒すからスゴい!マイケル・アンジェロさん

2009.01.25

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