「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
スノボは何で滑るか!?


ハイパーボウル東ハチのゲレンデマップ。当時はスカイバレイとの相互乗り入れはなかった。

 もう7〜8年前の話だ。

 ------卒業旅行でボク、ハワイ行ってサーフィンやったんですよ。
 ------ほぉ!
 ------そんで、乗って最初の日に板の上に立てたんですよ。
 ------ええっ!?それってスゴいことちゃうん?
 ------でしょ!?驚かれましたもん。・・・・・で、おれってそういう乗るスポーツに向いてるんちゃうかって思ったんですよ。
 ------ほたら、冬なったらスノボ行こうや。サーフィンでそんなけ乗れたんやったら楽勝やで。
 ------あ、いいっすよ〜。***さんはサーフィンしませんの?

 よく日焼けした浅黒い顔でそう語るのは、新入社員のK君である。四国出身で地元の大学を出て入ってきたのである。明るく快活で、新入社員の中ではリーダー的存在として目立っている。聞けば学生時代は単車好きで、バイクもおれと同じカワサキのニンジャに乗ってたそうで、おれはそんな点からも、新入社員の中では彼に一目置いていた。何となく大学出たヤツより、遊びでも何でも、何かにこだわって凝った経験のある方が人材的には面白いからだ。自己弁護だな・・・・・・(笑)。
 やや小柄だが、いかにもスポーツマンらしい引き締まった体型は、何となくこいつならそういうことがあってもおかしくないな、という雰囲気がある。とはいえおれはマリン系はサッパリダメなので、サーフィンの誘いは丁重に断ったけど・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 冬になった。
 久しぶりに会社の寮に行った時に彼の部屋を覗くと、黒いボードバッグに入ったスノボが立て掛けてある。

 ------あ、板、買うたんや?
 ------はい。それで先週実家帰ったときに、地元のスキー場に行ってきました。
 ------四国にスキー場あったっけ?
 ------それがあるんですよ。小さいけど、石鎚山とか2〜3ヶ所あります。
 ------へぇ〜・・・・・・で、やってみてどやったん?
 ------それがですね〜、行って初日にジャンプできたんですよ。
 ------エ〜ッ!?マジ!?信じられんのう。ま、オマエ、サーフィンも一日で立てたとかゆうてたし、やっぱし運動神経ええんやろうなぁ・・・・・・ちょっと板見せてよ。

 ケースから出されたのは、Morrowの「Rail55」だった。前回書いたとおりモローはおれの大好きなブランドだ。このRailも白地に抑えた薄茶色のグラフィックがクールな、柔らかいけどコシとハリがあって何にでも使える完成度の高い板だった。しかししかし、見ればビンディングが左右共に0度になっているではないか。いくらセッティングは自由とはいえ、こんな奇妙なの見たことない。おれは言った。


例はグーフィーだが、ノーマルなセッティング。軸足の角度をキツメに入れる。


珍妙なK君のボード

図は、「雪板」http://www.age.jp/~gfy/index.htmlより拝借しました。

 ------こんなセッティングでチャンと滑れるのん?フツー前24度の後12度とかでやるんやけど・・・・・・。
 ------買ったショップでこーゆー風につけてくれたんでそのままにしたぁるんですけど・・・・・・
 ------ふーん・・・・・・ま、セッティングは好き好きやしなぁ。ま、ええわ、来週あたりどないや?
 ------来週、ですか?
 ------うん、来週。夜勤の前やったらそんなにしんどないやろ?
 ------・・・・・・あ、はい・・・・・・ぢゃ、行きましょうか。

 この時、彼の口調の微妙な変化に気づくべきだったのかも知れない。しかし腹芸に弱いのはおれの芸風だ。威張るな、って?(笑)

 ・・・・・・さて、当日。メンツはおれとヨメと子供二人、あとは入社以来のアホ仲間、同期のA、その腰巾着のG(この二人はスキー)、昨シーズンにスノボに引きずり込んで以来成長著しいTと、件のK君、そしてその同僚のT本・・・・・・総勢9名とかなりの大所帯になった。車も三台分乗である。行き先はハイパーボウル東ハチといって、当時はまだ名門ハチ〜ハチ北がボード規制を敷いていたため、それらのちょっと下の方にあるこちらにスノーボーダーは集中していた。

 リフトの運転開始と共にみんなは足慣らしに中腹にまで上がった。おれはジャンケンに負けて、最初は子守だ(笑)。すぐにトバシ屋のAやTが降りてきた。やや遅れてヨメも下りて来た。さらにだいぶ遅れて今日初めてのT本や、いつまでたっても上達しないGも下りて来た・・・・・・あれ?T君がいない。
 見ればヨメがヘンな顔してる。

 ------どないした?
 ------いや、連れて来たK君なんやけど・・・・・・
 ------コケたんか?
 ------そうやなくて・・・・・・アンタ、あの人スノボ上手い、っちゅーてたよね?
 ------いや、見たことないけど。本人いきなりジャンプできた、っちゅーてたから。
 ------絶対ウソやわ、それ!!ほやかて、全然前に進んでへんかったもん。

 !?んなアホな!おれはTとリフトに乗って確認に行った。下ると、滑り口からナンボも下ってないところでコケつマロビつするK君がいるではないか。その姿におれは唖然とした。

 本当に全く滑れないのだ。

 誇張ではなく、1mも進めない。これは平たく言うと「立てない」ということだ。スノボの一番の基本は、俗に「ズリズリ」といって、板を進行方向に直角にしてズリズリと滑らせていくものである。だから「ズリズリ」(笑)。要はスキーで言うところの「ボーゲン」に当たる。やるのは簡単。とにかく立って、つま先なりかかとなりに力を加減するだけで板が動き始めるので、誰でもすぐにマスターできる。
 それさえもできてない。コイツ、見掛け倒しのまったくの運動オンチだったのだ。

 ------おい、K!オマエ、この前石鎚山でいきなりジャンプできたとかゆうてたよなぁ。
 ------え!?いや!はい。おっかしーな〜???この前はちゃんと滑れたのになぁ・・・・・・

 その一言で、おれの中でこれまでは「まぁ、若い衆のことだから・・・・・・」と抑制していた堪忍袋の緒がキレた。この期に及んで何ヌかしとんねん!?エエカッコもたいがいにしとかんかい!ボケ!!
 ・・・・・・とはいえ、その場で怒鳴ったりはしない。

 ------へぇ〜。そっかそっかぁ〜。今日は調子出てないんか?分かった。ぢゃ、ユックリ滑って来いや。

 約30分後、悪戦苦闘しながらようやく彼は下まで戻ってきた。おれはAとTに言った。

 ------おう!アイツ、てっぺんまで連れてったろ!
 ------え〜、かわいそうやん。許したりぃな・・・・・・・と、意外にフラワーなA
 ------いいっすね〜。ちょっと分からしたりましょか?・・・・・・と、クールなT

 すっかり顔色喪くして無言のK君を伴い、おれたちも無表情で無言のまま、リフトを2本乗り継いでゲレンデのサミットに上がった。彼がリフトさえマトモに降りることができないこともただちに判明したが、みんな笑いもしなかった。
 東ハチの上は狭いヤセ尾根になっている。その稜線上のコースは傾斜は緩やかなものの狭く、おまけに吹きっさらしのため昼間でもアイスバーンになってることが多い。また、そこを外れると、大きくえぐられたように40度くらいのスティープな斜面が100メートルほど落ち込んで、下のメインバーンにつながっている。つまり、どっちを選んでも初心者にはツラい。
 処刑を待つ身にありがちな、キョロキョロ定まらない、それでいてあるはずのない恩赦を期待するような楽天的な媚を含んだ視線のK君に、あくまでニコヤカにおれは言い放った。

 ------さ、行こか♪何とかなるって。何せキミ、「初日からジャンプできた」んやからな♪ほな、お先〜♪

 子守をしてたヨメの証言によると、ヘロヘロになって雪まみれの、憔悴しきった彼が下に戻ってきたのは、結局それから1時間半後くらいだったみたいだ。でも、おれたちはもう彼を完全に無視して滑りまくっていた。バカにはつきあっていられない。
 雪だけでなく恥辱にもまみれたまま、彼はいつの間にか姿を消した。一人でバスに乗って帰ったらしい。

 アソビのことで仲間に見栄張ったり、ウソつくのは良くないことだけれども、少しその気持は分からないでもない。しかし、ウソがバレてなお、ブザマに取りつくろうヤツは最低である。素直に謝れば済むことを、恥の上塗りで白々しくハッタリを続ける腐った性根を、おれは絶対に容赦しない。
 しっかし、たかがスノボであんなていたらくなのだから、サーフィンの話だってどうせフカシだろう。単車の話だって怪しいモンだ。よく考えたら誰一人、サーフィンも単車も、写真さえ見せてもらったことないのだから。そういや彼、夏に大枚はたいてギブソンのレスポールクラッシック(ピックガードに”1960”って書いてあるモデル)買ってたけど、あれにしたって弾いてる姿を見たことのあるヤツは一人もいない。

 滑り系のスポーツは一般的に「ひざで滑る」と言われる。しかし、腰だって大事だし、目線や上体の重心の落とし方、肩の力の抜き方・・・・・・いろいろな要素が必要であるのは言うまでもない。
 ただ、これだけは言える。断じて「口で滑るものではない」ということだ。口は必要ないし、有言不実行のビッグマウスは嫌われるだけだろう。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 K君はその後、会社で出くわしても弱々しく目をそらすようになった。おれももう何も言わなかった。そしてそのまま春を迎えた頃、「郷里に帰って公務員を目指す」とかで、突然退職してしまった。

2005.02.20

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved