「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ミニベロ小考



上が9600、下がC51の模型。概ね同じくらいの縮尺で並べてみました。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~toyoyasu/より

 蒸気機関車が単に黒くて煙をモクモク吐くだけの似たようなものと思ったら大違いで、けっこうそれぞれフォルムの特徴がある。そんな中でおれが殊に好きなのは9600という形式だ。完全に国産で作られた蒸気機関車の第一号にして、通常の寿命を遥かに超えてベンリに使われ、そうして日本の蒸気機関車の終焉を看取った機関車でもある。

 ・・・・・・で、この9600、遠目にもハッキリ分かるひじょうに特徴的な形をしている。上に掲げた画像を見てもらえれば分かるが、異常に胴長短足なのである。オマケに全長も短く寸詰まりな感じで、全体としてずんぐりむっくりな印象だ。何でこんなコトなっちゃったのかというとスピードよりも牽引力を最優先して、缶を太く、また石炭くべる「火室」って場所の面積を確保するために動輪の上に無理やり持ってきたからだ。だからいかにも力強い上半分に押されて下がエラくこじんまりしちゃってるのである。
 力持ちの足が遅いのは機械でも変わらず、この9600、動輪の小ささと重心の高さがあいまってスピードはからきしダメだった。通常は時速40km前後でユックリと、しかしその割りにピストンはちょこまか動かすっちゅうユーモラスな動きで専ら地味な貨物列車や構内入換に使われたのだった。

 ミニベロの形を見るとこの9600って蒸気機関車をいつもおれは思い出してしまう。ただ、これらの間には決定的な相違がある。汽車の方は機能上の必然といろんな制約条件の中からかかるアンバランスな形が出来たのだが、ミニベロにはそれがないってことだ。

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 そもそもミニベロ、って何なんだ?ってーのが実はあまり明確でなかったりするが、おれ的にはプロンプトンやダホン、BD−1等の折り畳み自転車(フォールディングンバイク)はこれに含まないで考えている。折り畳み自転車のあのコンパクトさは機能のための必然性から生み出されたものである。出来るだけ小さく、持ち運びしやすくを追求したらああなっちゃったのだ。

 おれの言うミニベロとは、ロードバイクに無理やり20インチくらいの小径タイヤを履かせたような自転車のことである。いかにも力強い上半分に子供用自転車みたいな足回りのアンバランスさが特徴だ。こちらは折り畳みとは違い、ただもう純粋に変な形のために生み出されたもので、純粋に無駄な遊びとしての無用の用の道具である。
 思いっ切りペダルを踏めばまぁスピードは出るが、重心も高いしホイールベースも短いから走行性能はあまり期待できない(だからといって無闇にホイールベースを伸ばすとキャスターを寝かさざるを得ず、旋回性は悪いわ前輪が倒れて切れ込んで怖いわになってしまう)。つまり、実用性はあまりないのである。

 何でそんな妙チクリンなモノが出来たのかっちゅうと、元々は自転車道楽を極めたマニアの、ロードもランドナーもスポルティーフも一回りした後の終着駅のような存在だったからだ。良く言えば「アガリ」っちゅうヤツだが、まぁ要はグルメが行き着くトコまで行ってゲテモノに走るのと同じである。いわば自転車のマニエリスムである。もっと有り体に言えば畸形趣味だ。
 それ故、安物のミニベロなんてーのはかつては考えもつかないものだった。フレームはどこぞの高名なビルダーにフルオーダー、当然ラグの細工やワイヤーの取り回しなんかも凝ったものにして、パーツ類はフランスやらイタリアの目の玉の飛び出すようなプレミアのついたビンテージ品、あるいは最新で最上級を組み込むのがもてはやされたものだ。全ては数寄者が傾くための無駄のための無駄である。

 何度か昔乗せてもらったことがあるけれど、何だかフラフラして乗りにくいなぁ〜、って印象ばかりが先に立って、積極的に欲しいと思わせるものではなかった記憶がある。おれはモノに関してはプラグマティズムなところ、っちゅうか吝嗇であるからして、こういったシャレの道具は苦手なのだ。ギターにしたって、今は形こそキワモノの極致のフライングVをメインにしてるが、とにかく圧倒的に軽くてハイポジションが弾きやすい、って実用性が意外にあるから買ったのである。

 さてさて、これがどうしたことか今や巷では大人気となっている。もちろん、数をこなせない上記のような仕様のものが大人気となるワケがない。人気が出て大衆化が進んだお陰で、つまりは安く提供されるようになったのである。今はあっちこっちのメーカーから完成車が出されていて、例えばスイス発などと標榜するクセに本国になぜかサイトの存在しない不思議なブランド、ブルーノ等の安いものでは数万円で手に入るようになった。もちろん、使用されてるのは安いパーツだし、フレームも中国あたりで作られた材質も溶接も塗装もまぁお値段なりだったりする。でも、そもそもが無用の用みたいな存在だから、雰囲気重視な作りでも見た目的にも走り的には大差ない。ただもうスノッブに威張ることが出来ないだけだ。

 何でこんなものがウケるのか、っちゅうと、その変さ加減が何となくパグやフレンチブルドッグみたいな感じだからではないかと思う。そこには俗に「ブサかわいい」と称される心理が働いているんぢゃなかろうか?と。詰まる所それはやはり畸形性を珍重する心理に他ならないのだけれども。
 それかあらぬか、乗ってる人にはいかにもそのテの犬を飼ってそうな人が多い。真ん丸の「シクロバッグ」なんざつけた若いオネーチャン、30過ぎくらいの子供のいなさそうな夫婦、或いは子供が独立しちゃったくらいの初老、ちょっとハイソでそいでもってあまりハードにアウトドアとかレースを志向することもない都会派・・・・・・そんな辺りが主な支持層のように思える。

 批判したいワケではない。ミニベロとは旦那芸の極致で生み出された純粋に趣味の道具なのだから。たとえ劣化コピーのような存在であれ、その匂いはシッカリ残っている。それを享楽を骨の髄まで染み込ませた層はシッカリ看取しているのだ。だからまぁ、跨ぎやすいようにミキストフレームにしたのとかはちょっとどうかなとは思う。ありゃ寸詰まりでちっこい車体なのにダイヤモンドフレームだからこそいいのだ。同じ伝でフラットバーもいけませんな。実用的にはそんな長距離走るもんでもなしそれでジューブンなんだけど、素人には取っ付きにくそうなドロップハンドルだからこそいいのだ。無駄で(笑)。

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 さて、この巷に氾濫するミニベロ。妙なカスタマイズが一部で流行してる。金に糸目をつけず、いささか場違いなまでの超軽量カーボンパーツを組み込むのである。ネットを探すとそんなペダンティックな純粋消費にハマった、大抵はおっさんのブログがいくつも見つかる。通販で取り寄せて組み込んでは嬉しそうに報告してる。コメント寄せる連中も同じ穴の狢で、旦那芸の塊のような連中でもぉ尻がこそばゆくなるようなヨイショの嵐、好事家のやらしさ大炸裂である。そんな挙句、フレーム以外は最早原形をとどめていない仕様なんかもある。他人との差別化に血道を上げて、なるほど出来た形は千差万別だが、その思考回路と行動様式はみんな全く一緒っちゅう、実に歪んだ世界だ。
 おれ自身は少しも真似したいとは思わないが、思えばそれはそれでミニベロの正しい所作なのかも知れない。

 そういえば冒頭に紹介した蒸気機関車の9600も長年あちこちの地方で使われるうちに、原形が分からないほどにいろんな形態が生まれた機関車として有名だ。デフレクター(除煙板)の有無だけでなくある場合はその形状、煙突の形、エアタンクの設置場所、缶の周囲の配管の取り回し、運転室の加工、連結器の開放コテ、炭水車の形・・・・・・2つとして同じものはないのである。とりわけ異様な外観だったのは岩内線で使われた79602型だろうか、ヘッドライトが左右に配された異様に物々しいいでたちではあった。

 言うまでもなくこれらの多様化には根本的な違いがある。汽車は実用上の理由からそのような経緯を辿ったのだけれど、ミニベロには全くそれがない。いやもう呆れるほどに、ない。

 ともあれ、ミニベロの奇妙なフォルムには正直大いに心惹かれるものがある。しかし、以上のミニベロを取り巻く状況までをツラツラ考えるとどうしても買う気にはなれないのだな・・・・・・ああ、気弱なおれ(笑)。


ここのは安くてもミニベロらしさをシッカリ保ってるのがいい。

http://www.jitensya-kobo.com/より

2010.04.04

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