「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
変節漢の休日


これが美しいと思える人を否定する気はないですけど・・・・・・

http://www2u.biglobe.ne.jp/~wako/index.htmlより

 私用では全くないのだが、仕事で飛行機に乗ることは年に何回かある。おれは怖がりのクセにけっこう飛行機が好きだ。特に、離陸までに空港ロビー付近から主翼をブラブラ揺らしながらノタノタ這えずってって、スタートラインで一旦停止の後フルパワーで加速する瞬間が実に楽しい。
 何だか飛行機がとても人間臭く思えるのである。「え!?おれ、飛ぶのん!?めんどくせーな〜、あれってしんどいんだよな〜。そらまぁわいもヒコーキやねんし、気合入れて本気出したら飛べるんやけどな、ほやけどな疲れるんやわ、あれ。え!?どぉしても飛べって!?ほなしゃーないな〜。そこまで言うんやったら飛ぶがな。はいはい飛ばさせてもらいます。ちょっと待ちや・・・・・・ふんっっ!!ほれ!飛んだやろ〜が!」・・・・・・ってな風に。

 そろそろ本題だ。

 そうして上空に上がると下界の景色が見える。夜の離発着の際のあの東京の光の洪水のような煌きはタンジュンに綺麗だな〜、と思ってしまうが、昼間、東京を経つときはどうも感心しない。通常飛行機はまず東京湾を南下して、そこから方向を変えることが多いのだが、どうにも不細工な施設があちこちに目立つのである・・・・・・ゴルフ場だ。
 おれは丘陵地等に何だかカレーについてるナンのような、或いは間延びしたゾウリムシのような形で並ぶコースが、まるで大地に出来たたむしかなにか疥癬の痘痕のように見えて仕方ないのだ。疥癬、っちゅうのは概ね不潔が原因となって出来るモンだが、それと同じくらいに不潔な存在に思えてしまう。そしてそれが呆れるほどに多いのが東京近郊なのである。

 千葉県など全国47都道府県の中で一番ゴルフ場が多い。東京から近く、標高の低い、そしてあまり資産価値の無い丘陵地帯が土地の大半を占めており、まことに造営には都合が良かったのだ。だからもう飛行機の窓から見えるのはウンザリするほどゴルフ場ばっかしである。視界の中で山林が美しく続いてるトコなんて無いと言っても過言ではない。必ず、菌巣が蔓延しているのが望まれる。言うまでも無く大抵の痘痕の数は18個、ときに27個や36個なんてーのもある(笑)。何も生み出さない遊興だけの土地が驚くほど密集している。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・かくのごとき言辞で想像がつくだろうが、おれは日本のゴルフっちゅうものにひじょうに批判的である。いやもちろん、絶対ダメ!禁止しろ!なんて言う気はさらさらない。ただ、ゴルフ場が多過ぎるのである・・・・・・で、そんなに仰山あるってコトはゴルフ人口もそれだけ多いことに他ならない。その猫も杓子もゴルフな状態がどうにも気に食わないだけだ。他に愉しみないんかい!?とぶっちゃけ思ってしまう。もし、ゴルフ場並にサーキットが世の中にあったりしたら異様でしょ?
 いや、この言い方にはウソがあった。おれはこれでかなりのミーハーだから、世の中のブームの波に忠実に乗ってこれまでやって来た。単車然り、スノボ然り、アウトドア然り、自転車然り・・・・・・いずれもそれなりに支える人口には凄いものがあったのだから。

 正しく言うならば、ゴルフが「オトナが当然嗜んで然るべき遊び」のように思われ、特にサラリーマン社会に於いてはゴルフをしないことがまるで片輪者(あえてこの言葉を使うことを許していただきたい)のように扱われることがどうにも我慢ならないのだ。会社員になったんだからゴルフくらいやるって当然やろ!?みたいな押し付けがましい雰囲気には辟易する。余計なお世話や、っちゅうねん。「平家にあらずんば人にあらず」ぢゃないが、「ゴルフをやらずんばサラリーマンにあらず」みたいな会社は世の中にゴマンとある。「驕る平家は久しからず」やど、コラ!!
 そんな風潮に既に60年代に警鐘を鳴らした人がいた。大宅壮一である。ちょっとウロ覚えなので自信ないが、ゴルフを「緑の待合」なんて痛烈に皮肉ってた記憶がある。別にこんなことやらんでも仕事は出来るやろ、と。エエこと言わはるやんか!ゴルフなんてやらんでもサラリーマンはやってける。うんうん。

 ところがどっこいぎっちょんちょん(←死語の世界だな、笑)、どうして彼がこうもゴルフを嫌ってたのかを最近になって知ってしまったのだ。実は大宅壮一、評論家としては一時代を築いた鋭い論客であったものの、運動の方は何やらしてもからきしダメで、普通に歩いててもしょっちゅうコケるほどだったらしい。だから、あんな止まってる球を棒切れでペシペシ飛ばす遊びにいい歳こいたリーマンが挙って興じるのが癇に障ったのだ。

 好きな人は「広々とした自然の中で」なんて言うけれど、「あんな農薬まみれの無駄に芝生ばかりが広がる場所のどこが自然やねん!?不自然そのもやんけ!」と心の底ではバカにしてたし、「紳士のスポーツ」だなんて威張ってる割りに、ウマだの握るだのオリンピックだのと、麻雀とちっとも変わらんことやってるのも何だかひどく矛盾してて、とても下卑てるように感じられていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんなんだから、この歳になるまでズーッとゴルフをやってこなかった。「やっぱやっといた方が会社員でやってくには何かといいよ」、っちゅう親身な忠告にさえも頑なに耳を貸さず、変人と思われようとも意に介さず四半世紀近く、案外リーマン社会の中でやらんことが原因で窮地に陥ることも無くこともなくノホホンやって来れた。

 ・・・・・・それが、だ!!

 とあるよんどころない事情でどぉ〜しても始めなくちゃならんようになってしまったのである。その時おれは敗軍の将の気持ちが分かった気がした。「陥落」とはこぉゆうことを言うのだ。「あえて虜囚の辱めを受けず」なんて科白さえ浮かんだぞ。

 言われるままに道具も買いました。ウェアや靴、その他のグッズ類も買いました。何だか良く分からないまま打ちっ放しの練習場にも通いました。まさに四十の手習い状態で、指のあちこちで皮が剥けたりタコが出来たりもしました。右も左も分からないままコースにも連れ出されましたわ。大して美味くもないのに妙にスカして暴力的に高いレストランの食事にも仰け反りましたわ。マナーとやらに目を白黒させもしましたわ。そいだけど上司や諸先輩方は喜んでくださいましたわ、あのアイツがついに始めよったか、ようやっとマトモになった、メデタシメデタシ、と。しかし、ナサケ容赦なく授業料も毟り取られましたわ(笑)。

 気が付いたらけっこうな数コースに出てた。決して安い投資ではないし、朝もはよから起き出して貴重な休日を費やすわけだから、チャンと打てんとそりゃムカつく。ぶっちゃけ好きでもないことで悔しい思いをするのは耐えられないほどの苦痛だ。あんな地べたに転んでるだけの球が何で真っ直ぐ飛んで行かんのや、とやはり思う。好きでないからこそサクッといいスコアを出して涼しい顔してるのが望ましいあり方ってモンだろう。おれはヘラヘラしてる一方で、例えばバッハの恐るべき難曲も執念深く練習して弾き倒せるようになるような異常にしつこいところが備わってるので、好き嫌い関係なしに上達にあれこれ工夫する。そうしたらスコアも何だかちょっとづつ良くなって来た。

 ・・・・・・そうしてある日ハッとした。あろうことか、「何となく楽しいやんか、ゴルフも」と思い始めてる自分がいたのである。

 変節漢と嗤わば嗤え。どうやら、おれはあれほど唾棄していたはずの、あの疥癬の痘痕の中を蠢く黴菌になってしまったようである。まぁ、まかり間違っても「三度のメシより好き!!」みたいにはならんだろうとは思うんだけどね。野宿したり、チャリ乗ってる方が楽しいもん。

2010.03.26

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved