「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
爆発/駆動/造形美・・・・・・エンジンについて


空冷Zのエンジンには究極の均整美がある。

http://www.khi.co.jp/より
 シングル、並列2気筒、V型2気筒、直列2気筒(タンデム)、V型3気筒、並列4気筒、直/並列4気筒(スクエア4)、V型4気筒、水平対向4気筒、直列5気筒、直列6気筒、V型6気筒、V型8気筒・・・・・・。

 これまで借りて乗せてもらったりしたのも含め、おれが体験したレシプロエンジンの形式をザーッと書き出してみた・・・・・・あ、ロータリーも乗ったことあるな。残念ながらお金持ちぢゃないので8気筒を超えるエンジンについては知らないが、これにさらに2サイクルだ4サイクルだ、空冷だ水冷だ、2バルヴだ3バルヴだ4バルヴだ5バルヴだ、OHVだOHCだDOHCだ、なんて言い出すと、もうそれだけでかなりの行数を喰ってしまうだろう。

 この前は化石燃料で動く乗り物に対してかなり冷ややかとも取れる書き方をした。そのお詫びと言っちゃなんだが、今日はその中核をなす「エンジン」についてあれこれ書いてみたい。いや、ホントは大好きなんだ、エンジン。

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 エンジンは精緻で美しい。美、ちゅうたっていろいろあるが、エンジンが湛えるそれは、機能だけを一心に追求したところに立ち現れる一切の過剰や無駄を取り去った美・・・・・・いわばバウハウス的な機能美だ。
 冒頭に挙げたのは二輪・四輪のエンジン形式のホンの一部に過ぎないが、全ては出力と燃費、重量やサイズ、耐久性といった、時に相反する理想を追及してきた結果出来上がったものなのである。
 空気と燃料を吸い込んで圧縮して爆発させ、排気する・・・・・・エンジンのやってることは実はたったそれだけだ。それだけをひたすら高速に繰り返す単調さには、どこか永久運動機関に対しておれたちが抱くのと同じような眩惑感とか陶酔感があるのだけれど、いかんせんシンプルなものほど自在にコントロールすることが難しいのは世の常で、そのための営々たる工夫がこれまで積み重ねられてきたワケだ。

 爆発による上下運動を回転力に変換するだけの仕掛のくせに、エンジンは奥が深いのである。
 いや、ほんなことゆうたかておれは理系ではないので、形式による出力への影響とか特性の細かな違いなんぞ分かるワケがない。味さえ語る資格があるかどうかも怪しいもんだ。酒と一緒で、同時に乗り較べたり長く乗ったりしたら微妙な違いも分かるだろうけど、どれか一つをポンと渡されたら、テイストなんてたぶん分からないと思う。
 ましてや年々歳々、どんな形式であれエンジンには改良の手が加えられているから、特有の欠点を減らそう減らそうとするあまり個性が薄れる傾向にもある。均質化が進んでるワケだ。特にこの傾向は自動車のエンジンで顕著なように思う。

 ともあれそんな微妙な差異がおれに分かるはずがあろうか、いやない・・・・・・な〜んてヘンな日本語、昔、古文の授業に出てきたな(笑)。ま、いずれにせよ、おれ程度の生半可な知識で語れるのはせいぜいその美しさだけだろう。

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 美しいエンジンとしてまず第一に挙げたいのは、伝説的な名車・カワサキZ1に搭載された空冷4気筒DOHC2バルヴエンジン・・・・・・設計者の名前から「稲村エンジン」とも言われるが、実はこの人、歴代のカワサキの単車のエンジン設計を一手に引き受けてたりする(笑)。70年代初頭に発売され、その後ボアアップぢゃインジェクションぢゃツインプラグぢゃ、と随所に手を入れられながら長年に亘って第一線級の活躍をした傑作エンジンである。
 このエンジンは美しさにおいて、たとえば同時代のホンダCBやスズキGSと較べても数段優れているとおれは思う。というのも、前者はカムヘッドがいかにも大きくてアタマでっかちな印象を与えることに加え、クランクケースとミッションの部分が妙に間延びしているし、後者は同じ2バルヴながら、カムヘッド部分の丸い造形だけがヘンに古臭く、加えてまるでドラムのタムくらいもある巨大なクラッチがいささかアンバランスだ。
 そりゃぁおれがカワサキ党、っちゅうのもあるだろうけど、ぶっちゃけこのエンジン、後継機種となったニンジャに搭載された水冷サイドカムチェーンのモノよりよほど美しさが漲っている。

 しかし、小さなカムヘッド、ったってあくまでそれは結果の産物である。空冷のまま4バルヴ化すると燃焼室上部が熱による変形の影響を受けやすくなる(燃焼室上部の穴がプラグホールも入れて3つから5つに増えるワケだから)。それをムリに防ごうとすると全体がゴツくなってしまって重量増や重心の上昇を招きかねない。だから、水冷化するまでは敢えて2バルヴを堅持し続けたのである(※)。
 余談だが、これはポルシェの空冷フラット6の考え方と全く同じだろうと思う。ここも最後まで2バルヴに拘って(なおかつOHCで!)、それでいてあのとんでもない馬力を絞り出していたのだが、これもやはりシリンダヘッド周辺の熱変形を避けるためだった。それが証拠に4バルヴモデルはどれも水冷だ。「空冷は2バルヴに限る」・・・・・・裏を返せば「水冷は4バルヴに限る」はメーカーの主張であり見識だったと言える。

 フラットエンジン、すなわち水平対向といえば日本ではスバルのお家芸だが、忘れちゃならないのがBMWの単車に採用されている空冷フラットツインだろう。弁形式こそ変わってきてるとはいえ吉野家もビックリで、もう80年以上作り続けている。ホントは80年代、Kシリーズって縦置き横倒し直列4気筒なんちゅう他に類例をみない摩訶不思議なエンジンに後を譲って消滅するはずが、頑固なファンに支えられリニューアルされて未だラインナップに残る・・・・・・どころか最近はDOHC化したとんでもないモデルまで出た。取って代わるはずだった元祖Kシリーズエンジンはとっくになくなってしまった、っちゅうのに。
 さて、現行のBMWフラットツインのOHCやDOHCにおれはも一つ感心しない。重心が上がったからどうこうとか言われるが、それが単純に悪いこととは思えないからどうでもいい(スポーツバイクの場合、重心があまり低すぎるとコーナリングの愉しみが失せる傾向にある)。そんなんよりも性能を引き出すための無理(吸排気と回転の方向が90度ズレてるのがカムチェーンだけで解消できない)がフォルムに影響を及ぼしているからだ。やはりこのエンジンには90年代初頭までのOHVが似合う。
 工業製品なのにどこにもシャープさのない、前から見ると中国娘のシニョンを思わせる丸っこいフォルムには唯一無二のオリジナリティと美しさがある。それはクールでスマートな美しさっちゅうよりは、どこか有機的でユーモラスな可愛さと言った方がいいように思うのだけど。

 本当のところはコイツ、現代的な観点からすると、大いに欠点だらけのエンジンでもある。何せ左右にシリンダヘッドが飛び出してるからバンク角が浅い。これは単車としてはかなり致命的なコトだ。オマケに慣性力でうかつにアクセル開けると車体がグラつく。さらにはシャフトドライヴにするしかないから車体重量がどうしたってかさむ。
 しかし、良好な整備性や重心の低さがもたらす安定性といった、ギンギンに飛ばすばかりが性能やおまへんで的な人間臭さが一方にあって、それが何とも丸っこい形と調和しているように思うのは、果たしておれのうがち過ぎだろうか?

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 エンジンがむき出しになっている単車に較べると、自動車のエンジンはボンネットの中に収まってるために美しさ云々を持ち出しにくい。殊に最近のエンジンは見た目のためか、あるいはエンジンルーム内の整流のためか、樹脂製のカバーがかぶせられていることが多く、ヘタするとパッと見では縦置きか横置きかさえも分からなくなってしまった。
 これはとても悲しむべきことのように思う。取りあえず、昨今多いとかゆう「だってぇ〜軽自動車だからぁ〜、軽油入れちゃいましたぁ〜」みたいなアホを今以上に増やしかねない。子供のメカニズムに対する興味も失わせる。何より整備にひと手間かかるようになる。

 ・・・・・・と話がいささか横にそれるのはいつものコトだが、えーっと何だったっけ?あ、自動車のエンジンの美しさだったな、これにはやはり自家用車よりもレーシングマシンのエンジンを持ち出した方が良いだろう。

 毎年最先端の技術が投入されると同時に、誰の都合なのか猫の目のようにレギュレーションが変わるF1の世界で、しぶとく四半世紀近くに亘って活躍したエンジンがある。末期はまぁヘロヘロで弱小チーム御用達状態になってたとはいえ、それでもこれは驚異的なことである。大したモンだ。厳しいプロスポーツの世界で還暦過ぎた年寄りがハンデなし・イーヴンの条件で出てくるのに等しい。
 ちょっと詳しい人には今さら説明する必要もないだろうが、フォード・コスワースDFという水冷90度V型8気筒DOHC4バルヴのエンジンがそれだ。最初に出たのはDFVっちゅうが、その後数えきれないほどの改良版が出された。

 このエンジン、文句なしに美しい。補器を取っ払った状態で見ると極めてシンメトリカルでどこにも無駄がないフォルムをしている。おれはあまりV型エンジンを好まないのだけど、カムギアトレーンとシム式の直打カムによるコンパクトなヘッド(・・・・・・どうやらおれはアタマでっかちなエンジンが嫌いみたいだなぁ、笑)、補強のリブ以外に余分な凹凸のないシリンダブロックやクランクケース、60年代の発表とは思えないくらいに極限まで詰められた寸法がもたらす塊り感、やや頂点が開いた2等辺三角形を描くカバー・・・・・・フォードだろ?アメ車だろ?大味だろ?ってな予断をまったく許さない、緊張感と安定感の絶妙なバランスが確かに、ある。
 有り体に言って、ピストンがエノキ茸のように並んだフェラーリの12気筒なんかより、絶対こっちの方がおれは美しいと思うな。

 ところで、レーシングマシンの対極たるFF車のエンジンに美は宿らないのか?

 もっぱら直列4気筒エンジンを横置きにしてミッションをその後方に搭載し、フロントドライブシャフトに駆動力を取り出すこの方式は、駆動系と操舵系がコンパクトにまとまることで、キャビンや荷室を広く取ることができるという極めて合理的な考え方に基づいている。そんなに合理的なら何で最初からなかったんだ?と訊かれそうだが、それは単に初期の自動車産業のテクノロジーでは実現が不可能だったからだ。何せクルマの主要パーツであるエンジン・ミッション・ドライブシャフト・サスペンションがボンネット周りにギュウギュウ詰めになるのだから。つまり、極めて高度な技術なのである。

 ところが残念なことに、ここまでガチガチに方式が決まってしまうと、自ずとどれもこれも同じような形になってしまう。もはや個性もヘチマもないワケだ。トヨタも日産もホンダもマツダも一見まったく区別がつかない。それにこれらのクルマに於いてエンジンメカニズムそのものは歯牙にもかけられないから、そのフォルムが紙上を賑わすことは滅多にない。いっそ後方排気でも作ったら面白いのに。
 美は誰にも気付かれぬまま複雑に絡み合った補器類の中に埋もれている・・・・・・そう信じたい。

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 今回取り上げたのはあくまで一例だ。ホンダの偉大なる傑作・スーパーカブ、ヤマハTZ、モトグッツィの異様なV型、かつて一世を風靡した2サイクルのスクエア4(4サイクルでは作りようがない)、ちょっと古めかしさも目立つけどソレックス3連キャブ時代の日産の直6・・・・・・どれにもメカニズムが持つ、過剰を排した美しさがあふれていておれは大好きだ。いやいや、万婦みな小町なり、ぢゃないけどどこのメーカーのどんな形式だって実は構わないのだ。ちょっと悪く書いたけど、CBにはCBだけの、GSにはGSだけの美しさはある。おれはやはりエンジンの造形美を偏愛してるのだろう。

 ・・・・・・と、最後まで書き終えて気付いた。この内容がこのカテゴリーに収まってるのは収まりが悪いよね(笑)。どうしたって自然には良くないモンだもん。

※最近出されたZepherXでは空冷4バルヴが採用されている。もはや空冷でカリカリのハイチューンにする用途もないからだろう。


極めて端正、かつコンパクトなポルシェ911の空冷水平対向6気筒。
排気系の取り回しの巧みさには目を見張る。


http://www.octane-magazine.com/より

2008.06.17

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