「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
煙幕の彼方に消えた・・・・・・2ストに捧げる鎮魂歌


250cc45psを初めて市販車で達成した名車、RG250γ

 2ストが絶滅寸前である。しばらく前まで2輪の世界GPは2ストばかりだったのが、きれいにいなくなってしまったし、市販車でも今はもうほとんど残っていない。

 2ストとは「2ストロークエンジン」の略称で、2サイクルエンジンとも言う。こんな講釈、知ってる人には面白くもなんともないだろうけど、今日の主題なのでちょっとその仕組みの説明から始めてみよう。
 クルマとかで一般的なエンジンは4サイクルであるが、これは燃焼室の中に吸気バルブから混合気が吸い込まれ(吸気)⇒圧縮され(圧縮)⇒爆発して(爆発)⇒排気バルブから排出される(排気)という4つの工程が1つづつ独立して起きる。クランクの回転でいうと2回転に1回爆発することになる。
 これに対し2サイクルは吸気・圧縮を同時に行い⇒爆発・排気を同時に行う。エンジンの回転でいうと1回転に1回爆発することになるのでかなりせわしない。

 ものすごく乱暴な言い方すると、2ストは4ストの爆発間隔が半分だから、リクツでは馬力が倍出る。それに加えて燃焼室の上に吸気/排気バルブを持ち、それを駆動するための仕掛け(DOHCとかSOHCとかOHVとかゆうアレ)がどうしても必要な4ストに対し、2ストは負圧を利用して薄っぺらい弁のようなものでフタするだけの仕組みなので、機構的にとてもシンプルに作れる。機械的な摩擦も少ない。また軽くなる。したがって、比較的小排気量のエンジンとして重宝されたのである。

 特徴はその排気音だ。4ストがアイドリング時に重低音を響かせるのに対し、2ストはカラカラとかパランパランといった類の乾いて軽い音がする。

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 2ストの魅力が何か、っちゅうと、この「軽量な車体にハイパワー」に加えて「圧倒的な加速」を忘れてはならない。

 上記の通り、吸気しながら圧縮し、爆発しながら排気するって構造ゆえに、ピストンの圧縮比があまり上げれない。燃焼効率は圧縮比に比例するから、馬力を出すにはコレをどうしても上げてやる必要がある。4ストの場合は基本的に燃焼室の密閉性が高いので、余分な空間を如何に減らすかといった工夫が中心になるが、2ストは原理的に燃焼室がスカスカなので、別の工夫が必要になる。具体的には排気管の太さをいろいろいじることで排気の流れをワザと溜め込んで、漏れ出た吸気を燃焼室に押し戻すようにして圧縮費を稼ぐのだが、どうしてもそれがマトモに効き始めるのが、ある程度回転が上がったところからなのである。それも唐突に効く。

 実際乗っててアクセルを開けると、最初はスカスカで馬力もなく、ナカナカ吹け上がらないのに、5000rpmあたりを境に、急にドカーンと回転が跳ね上がる。つまり急加速する。ターボエンジンなんかも同じような特性があるけれど、その猛々しさにおいては2サイクルの足許にも及ばない。ただ、あとはレッドゾーンまでパワー全開か、っちゅうとそうでもなくて、せいぜい8000rpmくらいで急にストンとパワーが落ちる。この馬力の出ている回転域(パワーバンド)を上手く維持して走れば、立ち上がり加速の鋭い、空恐ろしい速さで走らせことができるワケだ。

 たしかにこれは刺激的だ。250ccバイク復活のキッカケとなったヤマハの初代RZ250の兄貴分に350ってーのがあったが、フレームやサスがヤワだったのもあって、うかつにアクセル開けるとあまりの加速に前輪が浮きまくった。下宿の隣の部屋のヤツが白と青のツートンのこれに乗ってて、ちょっと貸してもらって乗ったのだけど、もうちょっとでおれは事故りそうになった。1速なら分かるが、3速でもまだウィリーしようとするんだもんな〜。
 70年代「キチガイ」「じゃじゃ馬」と呼ばれたカワサキのマッハVにしたって、レーサーレプリカの先鞭をつけたスズキのRG250γにしたって、ホンダのNSR250にしたって、みんな2スト。これらの特性を強調していたワケだ。

 しかし面白いエンジンではあるが、扱いやすいとは決して言えない。いつもいつもタコメーターとにらめっこしながら回転域をキープして走るのは神経を使う。それに危険でもある。コーナリングで倒しこんでるときにうかつにアクセル開けると、イッパツでタイヤはグリップを失う。そのままコケればまだいいが、驚いてアクセル戻してグリップが復活したら最悪のハイサイドが待っている。車体がカラダの上に降って来るような転倒だ・・・・・・まぁこの危険さがスルリとサスペンダー一杯で楽しかったんだけどね。

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 どうも昔から重厚長大なものに惹かれる傾向が強かったのと、自分の乗り方に合っていたのとで、結局のところおれは4サイクルインライン4(4サイクル並列4気筒エンジンのこと)を乗り継いだ。だけど、決して2サイクルエンジンが面白くなかったワケではない。以前も書いたが約2年だったか、カワサキ一世一代の失敗作、KR250に乗ってた時もある。

 おれにとって乗り物は遠出のための道具なので、ある程度アバウトに運転できないと却ってストレスがたまる。また、車体が軽く、また味付けにおいても軽快さを強調しているのも、逆に言えばハンドリングに落ち着きがないワケで、遠出にはデメリットだ。京都から静岡の掛川までを往復したとき、高速上でおれは何度もヒヤッとさせられた。
 さらには瞬発力には優るものの、高速巡航性の点では厳しい。何せ狭いパワーバンドを過ぎると悪い冗談のように力が抜ける。この点、おおむね回すほどにリニアに馬力が出る4ストは有利だ。あくまでKRでの話だけど、時速170キロ弱で頭打ちになると、どんなけカウルの中に伏せてもそこから先は全く伸びてくれなかった。

 オマケにセルが付いてない(原理の問題ではなく、軽量化のためスポーツモデルでは省かれていたのだ)。キック一発!・・・・・・アレ!?かからんがな〜っ!
 「カブる」のである。クルマと異なり未だに機械式のキャブレターが主流の単車の世界では、寒い時期はチョーク引いて混合気の濃度をあげてやらなくちゃならない。後述するが2ストは潤滑油がその中に含まれるので、プラグが濡れて火花が飛ばなくなるケースが4ストより断然多い。奈良に走りに行った帰路、全くこれでエンジンがかからなくなって押し掛けしてもそれでもかからず、結局興福寺の前あたりから近鉄奈良への長い坂道を惰性で下ってようやく回りだした、なんてコトもあった。

 要は使い方の問題で、近所の慣れた峠道に持ち込んでブン回すと(・・・・・・と言っても、臆病者のおれは極端な無茶はしなかったけど)、これはもうチョー面白い。アクセルとギアの選択に神経を集中させて、軽い体重移動でヒラヒラ切り返してコーナーを抜けていくのは、4ストには真似のできない楽しさがあった。

 一言で言うと「ヒィヒィ言わせると楽しいけどやたらと手のかかるオンナ」みたいなモンだったな(笑)。

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 最初に書いたとおり、今や2ストは風前の灯だ。そうなった理由は私見だが3つ挙げられると思う。1つはやはり危ないこと。次に4ストに対するアドバンテージがなくなったこと、そして最大の要因は年々厳正化される排ガス規制だ。

 危ないことについては前述の通りだからもういいだろう。このピーキーな特性を緩和するためにいろんな吸排気デバイスが考案されたのだけど、どうしたって抜本的な解決にはならなかったし、それに改善すればするほど2ストならではの楽しさをスポイルしかねない。諸刃の剣、ってヤツだ。

 4ストに対するアドバンテージも、250ccのマルチ化・・・・・・すなわち4気筒16バルブ、2万回転近くまで回って馬力自主規制の上限値である45馬力を同じように搾り出す、っちゅう超精密機械のようなエンジンを積んだモデルが各社から続々と売り出されたことで、市販車ベースではほぼなくなってしまった。出力特性もリニアだし、扱いやすさでは断然4ストの方が良い。

 最後の問題がやはりトドメだろう。そもそも2ストは潤滑オイルをエンジン内部に溜めて循環させるということができない。ぢゃどうするのか?ちゅうと、混合気といっしょに潤滑油をチョビチョビ流しこんで、爆発と同時に燃やしてしまうのだ。つまり、ガソリン以外に余分なものを燃やしていることになる。オマケに圧縮比が低いのも完全燃焼には不利だし、さらには構造上、吸気ガスが若干だがそのまま排出されてしまう問題もある。要は仕組みのすべてが排ガスのクリーン化には不利だった。

 ともあれこんなんだから、2ストを全開で加速すると、まるで煙幕でも張ったように豪快に白煙を吹き出す。ディーゼルの黒煙なんてメぢゃない。かといって中途半端な回し方ばっかしてると今度はマフラーからは燃え残った潤滑油がボタボタ垂れて来たりもする。エンジン内部にもカーボンやスラッジが溜まるのか、ドンドン調子が悪くなってくる。一体全体どれくらいが適正な回し方なのかサッパリ分からなかったけど、少なくとも言えるのは、6速でエコランなんかしてちゃあ全然ダメ、ってコトだ。とにかく回して回して、回しまくってナンボなのである・・・・・・が、それはそれで焼き付きの原因となる。あちらを立てればこちらが立たず、っちゅうやっちゃね。
 ともあれナンバープレートが飛び散った油で真っ黒になるのはある意味、2スト乗りの勲章のようなものだった・・・・・・ポリに追われても見えにくくなるしね(笑)。 

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 冒頭の通り、2ストは今や絶滅寸前だ。特に98年からの2輪排ガス規制が致命的だった。これで2ストスポーツバイクは軒並み生産中止に追い込まれた。いや、日本のメーカーの技術力を持ってすれば排ガス規制をクリアすることはできたのかもしれない。しかし、80年代の空前の2輪ブームはすでに遠く、マーケットは縮小の一途をたどっており、巨額の投資はとてもできなかったのが実情だろう。
 今や残った僅かな原付スクーター類も、モデルチェンジを機に次々と4ストへの転換が進んでいる。間違いなくこのまま2ストは滅んで行くのだろう・・・・・・。

 コーナーでベッタリ寝かし込まれた2ストが、立ち上がりで白煙を撒き散らしながら猛然と加速して視界から消えていく・・・・・・そりゃ〜環境には絶対良いわきゃなかったんだろうが、しかし、今となってはその風景が懐かしい。


KR250の特異なタンデムツインの透視図。

2007.11.24

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