「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
祝梅温泉という奇蹟


暮れなずむ風景の中シュールに転がる巨大なピン(笑)

 【奇蹟】 常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象。「―が起こる」「けががなかったのが―だ」
      キリスト教など、宗教で、神の超自然的な働きによって起こる不思議な現象。
 (大辞泉)
      常識では理解できないような出来事。
      主にキリスト教で、人々を信仰に導くため神によってなされたと信じられている超自然的現象。
        聖霊による受胎、復活、病人の治癒など。
        原始キリスト教では当時の魔術信仰に対抗するため、また使徒(預言者)のしるしとして特にこれを宣伝した。
 (大辞林)

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 未だにイマイチこちらの地理、っちゅうか方向感覚が出来上がってないので、石狩平野の中の町の位置関係が良く理解できていない。市街地図はあまりに縮尺が大き過ぎて詳しすぎるもんだから、全体としてどうなってんねん!?が実に分かりにくい。色分けとかランドマークが増えるほど地図って分かり辛くなるもののようだ。なもんで、もちょっと縮尺の小さな地図で全体像を学んでみることにした。そうして情報が整理されると見えてくる。
 平たくゆうと、時計回りに札幌、岩見沢、追分、千歳を頂点としたちょっといびつな縦長の長方形あるいは平行四辺形を描いて、右辺を室蘭本線、左辺を千歳線が走ってるようなイメージで眺めてると、これまでの方向音痴がバカバカしいほどクリアに土地のイメージが醸成されてきた。

 そうして分かり始めると出掛けたくなるのは、そりゃ人情ってモンだろう。

 なもんで近場でどこぞおもろいトコはないのかとあれこれ調べてたら、長沼や千歳にいくつか冷鉱泉が点在してるってネタに行き当たった。どうせ昨今大流行のスーパー銭湯ちゃうんか!?と思いつつさらに調べると、必ずしもそんなんばかりではなく、なかなかシブそうなトコもあるみたいで俄然興味が湧いてきた。そんな中の一つが祝梅温泉である。

 地図で調べてみると、それほど道順はややこしくなさそうだ。新千歳へのエスケープルートの一つである国道337号からホンの僅か入ったところである。祝梅川というめでたい名前の川の、おそらく流路を改修した時に残った三日月湖と呼ぶのもおこがましいような細い水溜りの畔にある。
 そして意気揚々と出掛けてってキッチリ迷った(笑)。言い訳させてもらうと、ナビの地図はポリゴンで構成された味もそっけもない地図で、肝心の三日月湖の表示が抜けてたのである。横着せずにPCから地図をプリントアウトして持ってきゃ良かったのだが、そもそも今のおれの住む部屋にプリンタはない。

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 暮れて行く牧場地帯の真ん中でおれは途方に暮れていた。尋ねようにもとにかく人が歩いてないのである。ここまで来て諦めるのも何とも悔しく、あちこちをウロウロしてると、一軒の酪農家で農機具小屋にトラクターか何かを仕舞おうとしているのが見えた。敷地内までドコドコ入ってって大声で尋ねる。我ながら図々しいとは思うが、迷った時はこれが一番だ。

 ------あ〜!?祝梅温泉!?知らんねぇ・・・・・・
 ------このすぐ近く、ってことは分かってるんです。
 ------(しばらく考えて)それならヨシダさん、ってーのが自分ちで温泉やってるらしいけどな
 ------(根拠はないけど)あ!それですそれです!きっとそれです。
 ------元の道に出て、川渡ったとこから左入ってズーッと行くとあるよ。結構曲ってからある。
 ------ありがとがざますっ!!

 探してたポイントは根本的に間違ってた。もっと南東の方角だったのだ。薄暗くなりかけた農道みたいな道を行くと国道の土手が近付いてきて、そして祝梅温泉はすぐに見付かった。国道の向こうは自衛隊の基地が迫っている。入り口付近に一体全体どっから持ってきたものか、巨大なボーリングのピンが半ば倒れ掛かっていて、そこに達筆な字で大きく「祝梅温泉」と出ている。しかし、それより驚くのは敷地内を埋め尽くすかのような瓦礫の山だ。ここはバタ屋か?東日本大震災の被災地から集めたのか?とツッコミ入れたくなるほどにおびただしい廃材が入り口から続いていて、正直いささか残無い光景である。それを動かすためかユンボまである。

 そんな奥に控えめな看板の出た浴室はあった。わりと新しい、パッとサイデリアかなんかで外壁をクリーム色にした2階建ての建物だ。クルマを停めると額に十字の星のある犬が尻尾を振りながら近付いてきた。温泉の犬の例に漏れず、大人しくて人懐こい。結構な数のクルマが停められており、こんな時間でも人気のあることを伺わせる。

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 家の玄関みたいな戸を開けると薄暗くて広い土間、左にさらに戸があって、光が漏れ、奥から人の声が聞こえてくる。靴を脱いで上がると居間みたいなところにソファーがあって、男女が談笑してる。祝梅温泉の看板と足許に並べられた直売の野菜類がなければ、知らん人の家に上がり込んだような感じである。料金は350円と格安で、アバウトな料金表が手書きで貼られてあった。

 一番年嵩のバーサンにお金を払って入ることにする。湯殿は男女別に分かれており、居間の横から入る。広い脱衣場は畳張りだが、湯気で内部は霞んで湿気がスゴい。こんなんぢゃ畳がすぐにブヨブヨになって駄目になってしまうのではないか。広いわりに洗面台が狭く、脱衣棚も少ないのがいかにも手作りな印象。何となく一貫性のない足拭きマットや子供の玩具みたいなのがあちこちにある。
 浴室は会談を5段ほど降りたところに入り口がある。良く分からないけど、祝梅川の土手の斜面に沿うようになっているみたいだ。
 入ると、さらにスゴい湯気。泉質なのか掃除が行き届いてないのかどっちかは不明だが、何となく床がヌルヌルしてるのが分かる。さらに最近おれは長年慣れ親しんだコンタクトを止めたので、こぉゆう時、眼鏡が曇って大変だ。

 やはり件の三日月湖を見下ろすように浴室は建っていた。窓の外はこれまた素人っぽく造られた庭園風になっており、なぜか象の形に切り抜かれた黄色い看板が立ってるのが見える。源泉は対岸から湧出しているようで、ゴムホースは流れを渡ってこちらに引き込まれている。大きな湯船には、関東沿岸部の銭湯温泉を思わせるヌルッとした黒い湯。この辺は泥炭地帯なのであるいはモール泉なのかも知れないが、十勝のそれがどことなく赤っぽいのに対し、おれには黒緑色っぽく思えたから、ちょっと異なる気がした。熱めとはいえそこそこ適温で、オッサンが一人、湯舟の縁で仰向けになって寝ている。
 この何とも言えない素人の手作り感丸出しの、どうにも垢抜けなくも雑然とした独特の佇まいは極めてB級スポット的であり、かつて訪ねた葉山の奇湯・稲龍神山温泉や北摂の珍湯・山空海温泉を思い出させるものだった。スッカリおれは気に入ってしまった。

 そんなのが外国からの旅客機も頻繁に離発着する新千歳空港から10分少々の、大型トラックが頻繁に行き交う道路からさして離れていないところにある。実に素晴らしいことだと思う。

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 以前のおれなら、ここで奇蹟的迷湯だ!などと言下に片付けていたろうが、ちょっと待て。「奇蹟」って冒頭に書いた通りで、本来的には人為の物ではないのである。超自然的なのである。野湯でさえ奇蹟と称するのは烏滸がましいってモンだろう。
 祝梅温泉の奇観はただもう人の着想と衝動、そして情熱と努力の傾注の結果に過ぎない。え!?情熱と努力が奇蹟を呼ぶ、って?・・・・・・ハハ、受験生ぢゃあるまいし(笑)。ちゃうちゃう。

 では何が奇蹟なのか?

 日本のあちこちに温泉だか鉱泉だか、とにかくなにがしかの成分を含んだ水が湧いていて、不思議なことにそこにはなぜかいつの時代も、乏しい資金力をものともせず一生懸命に無い知恵絞ってちょっとヘンテコな湯屋を建てる人が必ずや現れる、ってコトだ。

 また、本腰入れて温泉巡りをしたいな、って気分になった。


廃材置場そのものの敷地内。右端にユンボのアームが見える。

2011.12.07

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