「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ヘンな店列伝(U)

 前回の続き。

 京大西部講堂の裏手の裏通り、万里小路通、って名前だったかな?狭いその通りに面して「たぬき」って居酒屋があった。素朴な美味さで有名な「東京ラーメン」の斜向かいだったと思う。今でもあるかどうかは知らない。まぁ、多分とっくになくなってるだろう。

 看板も出てないし、パッと見はまったく飲み屋に見えない。アルミサッシの引き戸が6枚並んだ3間幅の構えは、古い自営業の店によく見られたタイプだ。あけると1間が上がりがまち、2間がウナギの寝床の三和土になってて、昼間はそこが作業場兼出荷倉庫、夜は配達車の駐車場になってたりするようなアレだ。

 そんな家に夕方になると「たぬき」と書かれた小さな赤提灯と、色褪せた紺の暖簾がかかる。入ると手前の薄暗い三和土のところに小さなデコラのテーブルが3つにドーナツ型の赤や緑の丸いすが並んでいる。天井からかかるのは蛍光灯だ。青白い光がなんとも寒々しい。奥は何やらいろいろなものが埃かぶって積み上げられていた。

 おれは「メチャクチャに安い飲み屋がある」と友人に誘われて行ったのだが、とりあえずメニューがほとんどない(笑)。酒はビールと1級酒と2級酒、それだけ。あとは漬物・冷奴・納豆・目玉焼き・ウィンナ炒め・コロッケ・缶詰(?)・・・・・・そんなモン。つまり手間のかかった献立は何一つない。おれでもジューブン作れるって(笑)。
 たしかにウワサどおりどれもこれも安かった。今から20年以上前の話とはいえ、ビール以外で200円どころか100円を超えるメニューはなかったと思う。しかし、安いとちゅーたってこれは「中身相応の値段」と言うべきだろう。
 バーサンが一人でやってて、注文してもなかなか出てこない。調理を必要とするようなモン、ロクにないのにねぇ(笑)

 ともあれ、こんな辛気くさい店だから飲んでてもサッパリ盛り上がらない。お通夜の晩のような、って喩えがあるけれど、まったくその通り。しかし小声でボソボソと喋りながら、一等安い1合140円の2級酒で杯を重ねていると、それでも少しはメートルが上がってくる。

 --------ウワハハハ!!

 その途端、奥からバーサンがダダダダ〜ッと走り出てきた。 それくらいの勢いで料理も出してほしいもんだ(笑)。

 --------シィ〜ッ!奥で病人が寝てますから!

 「おっくっでっビョーニンが、っねってっまっすっかっらぁ〜」といった妙に力んで芝居ががった調子はナカナカ笑えたな。たしかに奥からはジーサンが苦しそうに咳き込む声が微かに聞こえて来るのだった。

 でもさぁ〜飲み屋、って、雰囲気を買いに行くようなもんでしょ?ただ飲むだけなら何か買ってきて家で飲んだ方がよほど安いし、気がねなく飲める。ましてや漬物・冷奴・納豆なんて肴、ムリに店で食わなくてもいいものばっかしやんか。ましてやこんな荒廃した店で飲まなきゃならん必要がどこにあるのだろう。

 何か根本的に違ってるよなぁ〜、と思いながらおれはその店を後にしたのだった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 何もヘンな店は個人営業に限ったことではない。

 ・・・・・・酒屋の配達でたまに祇園界隈を回ってたことは以前書いたが、その時のことだ。多分、四条通を少し下がって、ゴチョゴチョと入ったあたりだったと思う。飲食店の建ち並ぶ迷路のような狭い路地に1軒の「王将」があった。
 当時の京都といえば「餃子の王将」の絶頂期で、ホントありとあらゆるところに大小さまざまな店があったのだが、しかしその店は尋常ではなかった。

 異様に狭いのだ。

 一坪くらいしかない。でもまぁ、お持ち帰り専門ならば納得できる広さではある。・・・・・・と思って店内を見ると、信じられないことにカウンターがあるではないか。対角線状に狭い室内を横切るそこには無論、イスも置いてあった。2つだけ(笑)。もちろん割り箸やタレ、ラー油のツボ、積み上げられた小皿もある。店内で飲食可能なんだ!?
 ここからはちょっと記憶があやふやとゆうか、あまりにヘン過ぎて、自分でもいまだに信じられないのだけれど、そうしてカウンターとイスがあるにもかかわらず、この店には信じられないことに「入口のドア」がなかった。代わりに1mほどの高さのにじり戸があるだけ。茶室かよ!?
 おれが通りかかった時はまだ午前中で店はまだやってなかった。町の性格上、夕方以降に開店するのだろうし、ほとんどの客はお持ち帰りなのだろうが、それにしてもあのにじり戸から入って中でワザワザ食べるヤツがいるのだろうか?

 まったくもってナゾである。

 しかしもっとナゾなのは、その後何度も配達でその辺を走ったにもかかわらず、その茶室のような「一坪王将」の前をふたたび通りかかることはついぞなかった、ってことだ。
 20年以上が経過し記憶はどんどん薄れてきている。王将の店もずいぶん減った。小規模な店はどんどんスクラップされ、今は完全に郊外のファミレス系に業態をシフトした感がある。
 ホントにおれはあの時あの店を見たのか?さえも最近はちょっと自信がなくなってきた。

 ・・・・・・ま、どっちゃでもいいけどしかし、白昼夢なら白昼夢で、もっと色気のある内容を見たいもんですわ。
 

2005.11.23
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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