日もとうに落ちて街灯にぼんやりと照らし出された京の町家と町家の間、幅1.5mほどの石畳の細い路地を入った奥に人が立っている。そこだけ少し明るくなっていることからすると、中から灯りが漏れてるのだろう。
思えば、そこは畳み一枚分くらいの大きさで普段は戸板がはまっているところだった。路地の奥にお得意さんがいて、たまに酒を配達に行くのだが、これまでは配達時間が昼間ばかりで分からなかった。「何で壁にこんなものがハマってるんやろう?」と少し不思議に思ってたのだが、そのナゾがやっと今解けた。
そこは表通りから10mほど入った細い路地に面した「立ち飲み屋」だったのだ。表通りたって、それ自体一方通行の狭い道だったし、路地の入口に何がしかの店を示す看板が出てるわけでもなかった。どだいその路地は人通りがほとんどない。
おれは酔客にぶつかっちゃいけないのと、抑えきれない興味から、乗ってたカブから両足ついてゆっくり通り過ぎながらその店を観察した。前述の通り横幅1間ほど、高さは1mほどに壁に穴があいている。下の縁はカウンターになっており、その奥行きはおよそ30cm。割箸をさした竹筒や醤油・七味が置かれてある。そして、店内(厨房?)の奥行きはぎりぎりオバハンが一人立てる程度しかなく、奥の壁にはコップや徳利、小皿が申し訳程度に並んでいた。
立って飲んでたのはオッサン。その頭上は特段差し掛け屋根も何もない青天井で、狭い夜空が見える。雨の日はどうするのだろう?傘さして飲むんだろうか?
奥の家に酒を届けて帰りしな、もう一度ジックリ観察したのだが、やはりそれは立ち飲み屋に間違いなかった。
店に戻っておれはジーサンに言った。
-------今行った家の手前、夜は飲み屋なんですねぇ。
-------ああ、あそこ、やってましたか。あれあそこの奥さんがやってはりまんのんや。
-------しかし、あんな路地の奥で、壁に穴空いてるだけ、って変わってますよね〜。あそこに店があるって誰もわかりませんやん。
-------ま〜、あそこの奥さんがそぉゆうのが好きでやってはりまんのやわ。
いつものようにジーサンはあまり感情を込めないでおれに説明してくれたのだった。
そのうち一度客としていってやろうと思いつつ、行くと必ず閉まっている。そうして機会に恵まれないままバイトも辞めてしまい、その町とは縁が切れてしまった。
もう四半世紀近くも前、おれが酒屋の配達をしてた京都は壬生の町での話である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・ファミレスやコンビニが普及したおかげで、おれたちは安くそれなりに均質なサービスに浴することができるようになったけど、その分こぉゆう「ヘンな店」に遭遇する機会がずいぶん減ったような気がする。それは外食が「冒険」ではなくなったことの証でもあろう。今の日本で飲食関係で冒険しようと思うと、ボッタクリのスナックにでも行くしかない。それは少し寂しいことのようにも思える。
そんなワケで、ちょっと連作で、おれがこれまでに見たり体験した「ヘンな店」をいくつか紹介してみたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
壁に穴の空いただけの店は立ち飲み屋では珍しいけれど、しかし、昔はたこ焼き屋でけっこう見かけたものだ。まぁ、たいていはオバハンが小遣い稼ぎに始めたもので、道路に面した台所か何かの壁をぶち抜いて、申し訳程度の鉄板を並べてチマチマとたこ焼き焼いたりしてるのである。そのうちに多角経営化を推進し、回転焼きなんかも扱ってるケースも多かった。
でもさすがに路地の奥にはなかったよなぁ〜。
関東に越して来てからとゆーもの、町角のたこ焼き屋そのものがめったにない代わりに、焼き鳥屋で似たようなのを見たことがある。千葉に住んでた同僚の部屋に遊びに行ったときのことで、線路際に建ち並ぶ家の一つがそうなっていた。
それはそれで懐かしさのよみがえる光景だったが、むしろおれはその隣家に驚いた。
民家がそのまま飲み屋なのだ。
どういえばいいのだろう、要は3,980万円とかで売られてるようなフツーの2階建ての建て売り住宅。入口に小さな門塀があって、表札が出ていて、基礎の分だけ2〜3段上がると玄関の扉があるような、つまりは民家。その門に赤提灯がかかっている。塀の下には今日のオススメメニューとか何とか小さな看板も立てられている。
入りやすくするためだろうか玄関は開け放されていたが、靴脱ぐようになってて、下駄箱や傘立てなんかが置かれてあったりして、内部もやはり普通の民家。
一体入るとどこに通されるんだろう?居間だろうか?それともダイニングルームだろうか?そこの家のオッサンがプロ野球かなんか見てる隣とか、塾から帰ってきた中学生の息子かなんかが遅い夕食食べてる向かいとかで飲むのだろうか?それよりまず最初にスーツ脱いで着替えさせられたりして(笑)。多分、「今日のオススメメニュー」って、その家の夕食の献立なんだろうな。
想像はどんどんふくらむばかり。ものすごく入ってみたかったのだが、その日おれの財布の中はスッカラカンの状態だった。到底カードが使えそうな雰囲気でもなく、後ろ髪を引かれる思いで立ち去るしかなかった。いまだ真相は未解明のままだ。かえすがえすも残念なことである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アマチュアリズムほど面白いものはないと思う。そこには無作為のシュール、無自覚のアヴァンギャルド、無意識のハードコアが横溢している。つまり、ムチャクチャ、ってコトだ。
|