ゴボウ男


左上にある黒いのが大浦ゴボウの煮物。

https://imamura-cosmeconsultant.com/より

 タイトルは言うまでもなく若杉公徳の怪作・「デトロイト・メタル・シティ」の中で何度も出て来るセリフである。松山ケンイチ主演で映画化もされたんで、ご存知の方も多いと思う。
 ・・・・・・で、この「ゴボウ男」、要は華奢でヒョロヒョロと頼りない男をディスるコトバなんだが、ぶっちゃけ今までこの作品以外で聞いたことがない。作者は大分県の豊後大野出身っちゅうから、あっちの地方だけで使われる方言なのかも知れないな。

 事程左様にゴボウっちゅうのは、なんとなくナサケない存在だったりする。泥だらけだし、細長くて下拵えが面倒だし、地味で野暮ったいしで、野菜のメインストリームを歩んでる感じがまったく無い。そもそもあんまし野菜感がない。何でも聞くところによると悪食で知られるあの中国でさえ食材として使われることはなく、世界広しと言えどほぼ日本でのみ生産・消費されてるらしい。それによってかつて不幸な事件さえ起きたりしてる。たしかオーストラリアだったかニューギニアだったか、太平洋戦争中に日本軍の捕虜になってた欧米の連中が、食事にゴボウが入ってて、戦後に開かれた戦犯裁判で「木の根を食わされました~」なんて無知丸出しで言っちゃったもんだからサァ大変、それでB級だかC級だか忘れたけれど、非人道的だってんで判決は見事、デス・バイ・ハンギングになっちゃったのだ。ゴボウ食わせて死刑だぜ。ホンマにヒドい。

 それ言い出したら大根だってニンジンだって木の根っ子なのにねぇ。ほんまムチャクチャな話やで。

 しかしおれはそんなゴボウが大好きなのである。いや、実のところそこまでゴボウが好きって自覚は最近まであんましなかったんだけど、ヨメに指摘されて、改めて大好物であることに気付いたのだ。きっかけはキンピラだった。
 血圧に悪いってことは分かってはいても、おれは「常備菜」とか「飯の友」って呼ばれるモノがないとどうにも落ち着かない。例えば漬物、佃煮、煎り煮の類が該当する。塩鮭やタラコなんてのも同じポジションにいるよな。あぁそうそう、先日なんて市販品がどうも高いばっかしで美味くないんで、余りの作業の細かさにイ゛~ッ゛ってなりつつも、京都名物「おじゃこ(実山椒とチリメンを薄味に炊いた佃煮)」を拵えたりもした。それはともかくとしてヨメ曰く、キンピラゴボウを作った時のおれの消費ペースは異常なまでに速いんだそうな。
 そう言われてみると、お仏飯みたいに茶碗に山盛りのご飯でも、これさえあればワシワシ食えてしまってる自分がいる。思い返せばすき焼きにゴボウを入れるってのはお店でも家庭でもレアケース(山形の一部地方で入れる、って聞いたことがある)と思われるが、いつの頃からか自分ちで作る時は大量のささがきを入れるようにしてる。生まれ育った家でもそんな習慣はなかったから、何となく自分の趣味で始めたのだ。だって牛肉とゴボウってメッチャ合いますやん。

 前置きはこれくらいにして、今回はそんなゴボウの話。

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 まずはレアなゴボウについてのネタから始めることにする。

 「成田山の大浦ゴボウ」は恐らく日本のゴボウの中では最もレアな存在と言えるだろう。成田市街からケッコー離れた匝瑳(そうさ)市ってトコの大浦地区で細々と作られており、何と出荷先は成田山新勝寺のみとなっている。さらに驚くべきことには市の天然記念物に指定されてたりする。そんなん食っちゃってエエんかい?とも思うが、今は信徒会館での精進料理に供されてる。おれも縁あって一度食わせてもらったことがあるが、とにかくその化物じみたヴィジュアルに驚いた。

 およそゴボウとは思えないくらいメチャクチャに太いのである。おれが食った時はイマイチ成長が悪かったってコトで直径10cmほどのが斜め切りになってたけど、何でも育つと直径30cmくらいにまで太くなるらしい。大根よりもヨユーで太い。そいでもって育ち過ぎなのか何なのか、中心には大きなスが入ってドーナツ状になってる。何も知らなかったおれは最初、精進料理なんだし黒く煮た車麩かと思ったくらいだ。
 ゴボウ本来の味が分からなくなるくらいにおっそろしく甘く、軟らかく煮られたそれは、何だか筋っぽいワリにパスパスしてて、ぶっちゃけ美味いかどうかと訊かれたらかなりビミョーだったんだが、まぁ珍しさでは第一級だろう。直会付きのコースで御祈祷してもらえば頂けるんで、興味のある方は行ってみられると体験として面白いかも知れない。

 その次は「八尾の若ゴボウ」っちゅうのだ。恥ずかしながら大阪出身のおれもこの歳になるまで存在を知らなかったんだけど、これまた縁あって、たまたま知り合いから大量に頂いた。今は八尾市を挙げて地場野菜としてPRに努めてるんだそうな。
 コイツの美味さはこれまで食ったあらゆる野菜の中でも間違いなくベストテンに入ると思う。独特の香りがあってとにかく鮮烈、ババァが好きなのは純烈(笑)。ともあれゴボウであってゴボウでない。譬えとしてはやや大袈裟かもしれないが、ちょっとハーブや香味野菜っぽいとも言える。

 見た目的にもまったくゴボウではない。三つ葉の中で「根三つ葉」っちゅうて茎の太くて長い、シッカリしたのが春先から初夏にかけてたまに売られてるのをご存じだろうか。あれの葉っぱをもっとワサワサ大きくしたようなモノ、と言えばかなり近いような気がする。
 驚くべきことにこの若ゴボウ、捨てる部位がない。全部食える。根は当然ながらゴボウだから食えるし、茎も葉も全部食える・・・・・・ってーか茎や葉がメインで根は細くて短くて洗うのがかなりめんどくさい。そんなんでゴボウのクセにお浸しやサラダ、菜っ葉の煮物等々にできる。香りを活かすようにさえすればどんな風に調理しても美味い。正直かなりビックリした。
 ただし、残念なコトに懸命の情宣活動と近年の地場野菜ブームで盛り上がりつつあるとは申せ、まだまだ出荷量が少ない上に、出回る時期も限られてる。これ書いてる今はそろそろ終わりの時期である。まぁ、旬を忘れて年中出回るようになっちゃ野菜もおしまいだと思うんで、それはそれで仕方のないことだろうけど。

 話は逸れるけど、コロナ騒ぎのおかげもあってか、今年はこうしたちょっと珍しい食材を他にも食することが出来た。例えば根芋。千葉の柏でのみ生産される里芋の新芽を白ネギみたいに土かぶせて育てたモノなんだけど、本来は高級食材として一般市場にはあんまし出回らないみたいである。それが飲食系が開店休業に陥って行き場を失ったのもあって、これもひょんなことから入手して食ったりもした。前回書いたタケノコにしたってそうだ。例年になく立派なのが大量に安く出回ってたもん。

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 ゴボウに話を戻す。

 上に挙げたのはかなり特殊な例で、やっぱしゴボウっちゃぁ、一般的には直径3~4cm、長さ6~70cmほどで黒く土だか泥だかにまみれたヤツだろう。下拵えの面倒を省くために「洗いゴボウ」っちゅうて既に洗浄済みのモノも売られてたりするが、多分品種的には同じだと思う。年柄年中、特に目立つこともなくスーパーでは定位置にあるような感じで主役感に乏しく、旬がいつなのかも良く知らない。
 土中に生える根菜の常として、どれだけ洗ったってなんかちょっと土は残ってしまうモンなんだが(・・・・・・そぉして考えると大根や人参の売られ方って逆にちょっと異常なのかもね)、一方でゴボウの香りは皮にあると言われ、土を気にして皮をゴッソリ剥いてしまうと美味くなくなってしまう。ゴボウと付き合うには文字通り「土を喰らう」気持でないとアカンのである。だからせいぜい包丁の背でガリガリやるくらいにしとかないといけない・・・・・・ってのもしかし、昨今の「衛生」の殺し文句の下、妙に何事に対してもナーバスになるバカな風潮からするとちょっと不利に働いてるのかもね。

 さらには調理が面倒なことが多い。乱切りとか筒切りでカンタンに作れるの、筑前煮とか八幡巻、酢漬け、味噌漬け、叩きゴボウくらいしかないのではなかろうか?ほとんどの場合、ささがきにすることが求められるんだけど、そんなさぁ、「コツは鉛筆を削るように」っちゅうたかて、そもそも最近鉛筆を手で削ったことのあるヤツなんてどんだけおんねん!?ってハナシで、そんなんでおらぁ専らピーラーでシューッて薄く削るようにしてる。薄く長く削り出したのをクシャッと丸めてかき揚げや唐揚げにしたら見た目も面白く、ビロビロ大き過ぎるっちゅうんなら適宜包丁で細かくすればよい。鉛筆を削るようにするよりよほど速い・・・・・・と弁護はしてみたものの、野菜の中でかなり手間ヒマが掛かってしまうのはどしたって事実だな、うん。

 でもですよ、柳川鍋にゴボウが無かったらどうだろう?かやくご飯にゴボウが無かったらどうだろう?豚汁にゴボウが無かったらどうだろう?・・・・・・ね?無くても何とかなりそうでその実、無かったらその料理が成立しないような気がしません?

 大事なんっすよ、ゴボウ。

 ・・・・・・さ、先日作った件のおじゃこもそろそろなくなるし、ヒマ見付けてキンピラゴボウでも作ろうかな?


これが八尾の若ゴボウ。まったくゴボウには見えないのがスゴい。

https://www.fukka-hf-labo.com/より

2020.06.30

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