海藻野郎


今時、若布と聞いて「ワカメ酒」を想像するヤツは殆どいないだろう(笑)。

 海藻をここまで常食する民族は日本人くらいだと聞いたことがある。なるほどそう思って見回してみると、例えば英語では海藻全般を意味する”Sea Weed”ってコトバがあるだけ、細かく分類されてなかったりするくらいなんで、そもそも食べる以前に歯牙にも掛けず、全く見てさえいなかったことが伺える。

 一方で、呆れるほどに海藻を表す日本語は豊かだ。一般的な海苔・昆布・若布に始まり、ヒジキ(漢字では「鹿尾菜」)、モズク(海蘊)、あおさ(石蓴)、アラメ(荒布)、カジメ(搗布)、寒天の原料のテングサ(石花菜)、最近人気急上昇でギバサの呼び名の方が一般化しつつあるアカモク(赤藻屑)なんてのがすぐにスラスラと挙げることが出来る・・・・・・漢字は知らんかったが(笑)。沖縄名物の海ブドウだって、北海道で味噌汁にして食った仏の耳(銀杏草)だって海藻だ。

 名前が細かく存在するってコトは、それだけその言語を使う民族がその事物に長く関わって来たコトの最大の証と言える。まぁ「エスキモーは氷を100通りに呼び分ける」っちゅうエピソードはガセらしいけど。でも、「津軽には七つの雪が降る」って、たしか吉幾三(※)は歌ってたよな(笑)。

 ちなみにありとあらゆるものを食材にしてしまう中国人も、海藻については琉球文化の影響でだろうか、一部の地方で若干昆布を食べる習慣があったり、後はやはり日本からの影響で韓国で海苔が食される程度で、これほどまでに多種多様な海藻をただ食べるだけでなく、出汁取ったり、糊やつなぎにしたり、ゼリーに仕立てたりと、いじらしいまでの工夫でいろんな生活の中に取り込んでるケースは世界的に見てもないらしい。
 だからって日本エラい!グレートォ~ッ!とか言う気はサラサラない。要はそれだけかつての日本が貧しく、食べ物に窮していた、ってコトの裏返しだ。さほど威張れたハナシでもなかろう。健康に良い、っちゅうたかてその事実を知って食してたワケではない。科学の進歩によって、あくまで結果論で身体に良いってコトが判明しただけのコトだ。

 ・・・・・・と、堅苦しい前置きはこれくらいにして、おれは海藻類全般が大好きだ。だから我が家の食卓に海藻類の上る頻度もかなり高い方ではないかと思ってる。今日はそんな海藻についての極私的なお話をあれこれ。

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 まずは海苔だ。おれは佃煮よりも味付け海苔よりもとにかく焼き海苔が大好きなんだけど、よくよく考えてみると、世界広しと言えど「携帯できる野菜」は他にないんぢゃないかと思う。とてもヘンっちゃヘンな発明品ではなかろうか。
 それはともかく板海苔をトロ火で炙る。本当は炭火の火鉢でもありゃぁ最高なんだろうけど、そうも行かないからガスコンロの火を一番小さくして、ユックリヤンワリ、こまめに裏返したり、熱当てる場所を動かしたりして炙ってくと、黒かったのが鮮やかなブリティッシュグリーンに変わる。そうなったらもぉ余分な熱を加えちゃいけない。この一瞬を逃して焦げて茶色くなったりしたら最悪だ。香りも何もあったモンぢゃない。
 良いカンジに焼き上がったたのをまるで折り紙でも折るように畳んで、キチッと折り癖付けて割く。最近は初めからミシン目が入れてある製品があったりもするが、食べる前の所作として心を込めて丁寧に折るのは決して悪くない。それくらいの時間の余裕はむしろあった方が良いのではないかとさえ思う。そいでもって熱々のご飯をコイツに醤油をちょっと付けてクルッと巻いて頬張る・・・・・・ウ~ン!やっぱコレやね!マジで最高に美味い。申し訳ないけどこの至福感は、味付け海苔なんかでは絶対に味わえまへんわ。

 続いては昆布。実はコイツ、とてもポピュラーな存在のクセに何かと扱いがむつかしいように思う・・・・・・っちゅうのも、言うまでもなく鰹節と並ぶ代表的な出汁素材のクセに、食材として使用すると意外に主張が激しくて料理全体が昆布臭くなったり、ヌメリが出たりしちゃうのだ。そんなんで、これまでナカナカ自分で納得の行く使い方が出来ないままだったりする。とにかく低温で抽出するのが良いってトコまでは分かったんだけど、何かそれだけだと一味足りないような気がするんですわ。利尻だ羅臼だとペダンティックな戯言ほざいてても始まらないんで、誰か実践的かつ効果的な昆布出汁の取り方や、昆布を使った煮物の作り方を教えて欲しいモンだ。
 しかし、出汁取った後の昆布と鰹節、あるいは煮干しや干し椎茸なんかも含めて佃煮作るとこれがまた美味いんだわ!市販のは一体全体何を余分なモン入れてんだ?って思っちゃうくらいに素朴だけど力強いのが出来る。ぶっちゃけ出汁は口実で、佃煮のために昆布を使ってるんぢゃなかろうか?って気さえしてる今日この頃だ・・・・・・そら血圧も下がらんわな(笑)。
 そうそう!昆布については一つ、不思議な幼少時の記憶がある。父親はよく、とろろ昆布と鰹節を汁椀に入れて醤油を一回し掛けたところに、熱湯を注いで即席の吸い物を作ってた。「お前もやってみるか」とか言われて、まだ素直だったガキのおれは真似して拵えるのだけど、当然ながらそれだけでは何か水っぽくてあまり美味いものには思えなかった。改めてネットで調べると、結構全国的にこの即席吸い物は知られてるみたいで、例えば焼き魚の切れっ端とか、余り物の竹輪とか蒲鉾とか、具を一工夫するとかなりチャンとした吸い物に近付くみたいである。

 続いては若布・・・・・・思うんだけど、ワカメってみそ汁か中華スープの具、あるいは酢の物やヌタ、あとはサラダにたまに使うくらいで、強いて言うなら春限定で筍と合わせて若竹煮にするくらいしか用途がない気がする。どぉ言えば良いんだろ?海藻の中ではあまりにポピュラー過ぎて、ちょっとばかし軽んじられてるのかも知れない。安い定食屋の味噌汁とかで、煮込まれてデロデロになったのとかが沈んでると、ちょっと可哀想な気分にさえなってしまう。根っ子に近い、昔は捨てられてたような部分が「めかぶ」なんてそれなりに人気を博してるのに、本体部分はあまりにも日陰の存在になっちゃってる。
 でも、サッと火を通して鮮やかな緑に変わったあたりで食す若布の味は海藻にしては癖もなく控え目で、それでいて歯応えも良く、意外と何にでも合うし、他の食材を邪魔しない。もちょっと色んな使い途がないか研究してみる価値はあるのかも知れない。

 ヒジキは近年旗色が悪い。何でも砒素が多く含まれてるとか、どこぞの国の研究機関が発表したのだ。それで売り上げが急減したらしい。しかしその含有量を調べてみると、乾燥ヒジキ(乾燥だよ、乾燥)1kgに約60mgである。水で戻すとこれは約8kgに相当する量だし、戻せば7割方は水の中に流れ出てしまう。要するにこれは「ほぼ含まれない」というコトだ。誰がそんなに食うねん!?ボケ!っちゅうくらい食わんとアタらへんのである。これは「コーヒーのカフェインで死ぬ~!」っちゅうて騒ぐのとさして変わらない。ちなみにコーヒー飲んでカフェイン中毒で死ぬには、濃い目に抽出したのを少なくとも5リッター一気飲みしないといけない。
 最近は数字に弱い人が多いから、とかくこうしたニュースの見出しだけでビビッてしまうのはホントに困った話だと思う。もちょっと算数の勉強してから発言しろ!って言いたい。
 ともあれヒジキはやはりかやくご飯(炊き込みご飯)にするのがいっちゃん好きだ。後は揚げや人参等と炒め煮にしたり、ヒジキ豆にしたり、白和えにしたり、サラダの彩りにしたり・・・・・・と色々あるけど、おらぁやっぱかやくご飯だな。

 モズクも大好きな海藻である。めんどくさいんで普段は3パック100円くらいで、初めっから酢の物にして売られてるのをツルッと啜り込むくらいだけど、冷やご飯が余ってる時なんかは、生モズクを買って来て雑炊や中華粥にして食べることが多い。個人的にはこれが実は最もモズクの味と食感が愉しめる調理法ではないかと思う。
 ちなみにモズクは細いのが「絹もずく」などと呼ばれて持て囃されて値段も高い。しかし、味はあくまでおれの感覚では太い方が美味しいような気がする・・・・・・で、上で述べたようなご飯にブチ込んで、ってな場合、太いモズクでも食感はそれなりに良いので、安いので十分だろう。も一つちなみに、かき揚げにする場合も太い方が美味い。是非お試しあれ。
 ところで、冒頭にいささか露悪的に掲げた「ワカメ酒」なんだけど、おらぁ昔から「モズク酒」って命名した方が余程リアルで良いんぢゃないかって思ってる。同じ意見の人はきっと多いに違いない。ではなんでそうなってないのか気になって調べてみたところ、どうやらモズクが全国的に流通するようになったのは意外に最近、養殖技術が確立された70年代も半ばを過ぎてのコトらしい。
 初代内閣総理大臣・伊藤博文は若い頃から、お座敷芸としては「女体盛り」と並んで有名なこの「ワカメ酒」愛好家だったと言われるが、お座敷芸華やかな時代にはモズクがまだ市中には出回ってなかったのだ。

 ・・・・・・ハナシが大分ダレて来た。あとのちょっとマイナーなのはもう割愛しちゃっていいかな?ギバサとかこの20年くらいのニューカマーにも美味しいのはあるんだけどさ。

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 焼き海苔に若布の味噌汁、昆布の佃煮、モズクの酢の物、ヒジキ豆・・・・・・ほ~ら、こうして並べれば立派な朝食完成だ。海藻サラダも加えればフノリやミル、トサカノリなんかも摂れちゃうよ。

 海藻類の沢山並んだ食卓は、健康に良いとか悪いとか、効くとか効かないとかは置いとくとして、おらぁ何かとても健全な食卓ではあると思うな。 



※2019.12.17追記
 啓太さまからのご指摘で、「吉幾三」ではなく「新沼謙治」ってコトが判明しました。感謝いたしますと共に、ここに謹んで訂正させていただきます。

2019.12.11

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