ウスターソースの味


これがイカリソース。大阪では昔からこれがいっちゃん普及してたのは事実。

 大阪のたこ焼き・お好み焼きに対して東京のもんじゃ焼き、って思ってる人はとても多い。こっちに暮らすまではおれだってそう思ってたんだから、あんましエラそうには言えない。
 ところが実態はかなり異なっている。大体、もんじゃ屋って東京でもそれほど一般的な存在ではないのである。月島とかは観光名所にするために強力にプッシュしたのもあってか沢山店が並んでるんだけど、実際、足立区や荒川区、江東区といった下町にだって、そんなにもんじゃ屋があるワケではない。それに子供が小遣い銭握りしめて行くような店は絶滅寸前だったりする。

 ぢゃぁ東京には比するものが無いのか?っちゅうと必ずしもそうではない。一つは焼きソバだ。関西のちょっとした街角にたこ焼き屋やお好み焼き屋が必ずあるような遍在ぶりからすると、群馬~埼玉、千葉の木更津界隈と偏在(あいやぁ!どっちも読みが「へんざい」やがな!笑)の傾向があるとは申せ、古くからの住宅街の中に倒れそうなバラックの店が残ってたりするのを意外に見ることがある。
 どこの店も大体同じような売り方で、サイズが小・中・大、店によってはそれ以上って分かれてるだけで、関西が肉だの海老だのイカだの玉子だのって具材で料金が変わったりするのとは異なり、基本はただもう量の多いか少ないかだけである。小だと2~300円くらいからっちゅうまことにささやかな商売だ。

 また、埼玉の行田近辺に限られるものの、「フライ」なんちゅうお好み焼きにかなり近いものがあったりもする。行田にはさらに「ゼリー」なるおからで作ったコロッケみたいなものもあって妙にB級系に強い。それはさておきこの「フライ」、薄くて食感がムニュッとしててお好み焼きっちゅうよりは一銭洋食に近いものの、基本的な味はそんなに大差ない。青海苔や粉鰹を振るのも一緒だ。
 また純粋な粉モンではないが、栃木の佐野界隈には「いもフライ」を売る店が多数ある。茹でたジャガイモを串に刺し、ボテッと厚めの衣を付けて揚げ、ソースにサッと漬けたものだ・・・・・・あ、衣が粉モンではあるな(笑)。これがひじょうに素朴な味で美味い。

 これらを突き詰めてくと、結局どれもこれもウスターソースが味付けの要って共通項が浮かび上がってくる。串カツなんかもそうだわな。最近はスノッブに抹茶塩とかヌかす店も現れてるが、ありゃやっぱしウスターソースでなくちゃ締まらない。

 こう述べると或いは「え!?たこ焼きってもっとトロミのある中濃ソースやトンカツソース使うんとちゃうん?」と疑われる向きも多いかも知れない。

 断言してもいい。今はそれなりにハイグレード化や専業化、細分化が進んだんで、そういった専用ソースを仕入れて使うケースも増えたろうが、元はありゃただのウスターソースがベースだった。だってガキの頃食ったたこ焼きやお好み焼きは最近のフルーティーなのとは異なり、フツーにウスターソースの味がしてたもん。
 こっからは推論なんだけど、ウスターのままではシッカリお好み焼きやたこ焼きに塗れないんで、各店で工夫してメリケン粉を湯で練ったのを混ぜ込んだりしてトロミを付け、味が薄くなった分を適当に砂糖やら醤油やらケチャップやら酢やらでチューンアップなんかもしたりしてたんだと思う。そう、色だってそうだった。最近はたこ焼きやお好み焼きに塗ってあるソースって茶色味とか赤味が強いけど、昔はもっともっと黒っぽかった。

 ともあれ、ウスターソースの味って懐かしい、過去への憧憬の味だ。

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 しっかし、ウスターソースってそもそも何物なんだ?

 ウィキ等で調べてみると「ウースターシャイアソース」、っちゅうのが正しい呼び名らしい。イギリス発祥の調味料である。どうやらオリジナルのレシピではもっと甘みが少なくて香辛料の辛みやクセの強いもののようだ。どちらかっちゅうとタバスコ的な存在なのかも知れない。カレーなんかと同じく明治のかなり早い時期にはすでに日本には製法が伝えられて市販化もされている。
 一方、トンカツソースや中濃ソースは日本独自のもので、売り出されたのは戦後であり、中濃に至っては昭和39年っちゅうから上でのおれの推察とも符合してくる。大阪だと家庭に一般的に普及したのは昭和40年代も半ば過ぎからではないかと思う。

 唐突に私事になるが、まことに浅薄な高踏と衒学に裏打ちされた色んな意味不明の拘りや因習に満ちたおれの育った家では、ソースはウスター、それもイカリしか買わない、ってのがあった。要はただもう父親が小さい頃からその味に馴染んでた、ってコトなんだろう。ホームタウンデシジョンは郷土愛の一形態であり、それはそれでそこまで悪いものではなかろう。たしかにイカリといえば大阪の老舗である。残念ながらバブルの時の放漫経営のツケで倒産して、今はブルドッグソース傘下で再建中だ。
 彼の主張によるならば、「ソースはイカリ、って決まってますねん。それにとんかつソースなんてな、ふのり混ぜてるだけです。ウスターと違うてすぐに無くなってしまうし」との御託宣である。「ふのり」などと妙に製法を正しく知ってたのは、ひょっとしたら若い頃、演劇青年気取りで定職にも付かず、色んなバイトを渡り歩いてたプータローだったのが、何かの縁でソース工場で働いたことがあったのかも知れない。
 とは申せイカリがそんなにズバ抜けて美味いのか?っちゅうとその辺はちょと微妙で、ぶっちゃけ人それぞれだと思う。大体、ウスターソースに各社そこまで大きな味の差異は存在しないのだし。母親も、父の小うるさいのは知ってるから仕方なくイカリ買うようにしてるのだけど、たまに間違えたり、安かったりでカゴメとかを買ってしまうと、ガラスのソース瓶に移し替えてシレッと食卓に出していた。父親も能書き並べ立ててるワリには、ソースが替わってるのに気付くことは決してなかった(笑)。
 ともあれ神戸系のオリバーとか、当時全国的に広まりを見せつつあったカゴメも食料品店やスーパーの棚に並ぶようになってた時代の話だ。南海沿線だったんで、南海の社章をパクッたとしか思えない羽車ソース、なんてのもあった。

 ただ、弁護する気はないが、ソースの趣味趣向にも大きく関東/関西の違いがあるのは事実だ。関西は今でも圧倒的に粘度の低い昔ながらのウスターソースが強く、関東はややドロッとした中濃ソースが強い。中濃を最初に売り出したのは元は中京資本のカゴメなんだけど、恐らくは関東への本格的な進出時に中濃を売りまくったからかも知れない。

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 学生時代にトンカツ屋で一時期働いてたことは何度か書いたが、たまに来る客にまことに不思議なオバハンがいた。狭い西陣の町で大体の客は近所の常連さんばっかしだ。大将もみんな顔見知りだったりするし、どこに住んでるのかも知ってる。だが、このオバハンはもう何年も前からたまにフラーッと現れはするものの、どこから来るのかは大将も他の常連さんもまったく知らないという。何故かいつも昼のラッシュが一段落した頃に来店して、店の一番奥あたりに座る。
 こぉ言っちゃなんだがオバハン、ちょっと狂ってる系のカテゴリーの人で、目線は定まらず、呂律も回らず、動作は胡乱でいつもブツブツ独り言言って、着てる服は夏も冬も小汚いだけでなく妙にチグハグで頓珍漢なコーディネートだった。かなり不気味である。何の拘りがあるのか頼むのは定食の中で最も安いメンチカツ定食である。

 ------め、め、めんてぃかとぅとうぇぃしょくぅ~。
 ------はい~。メンチカツ定食っ!

 ・・・・・・って、よく心得たモンでおれが注文通す前に大将すでにメンチカツ揚げ始めてるやんか(笑)。

 揚がったメンチに自慢のドビーソースをレードルでテローッと掛けていっちょ上がり。相変わらず小声でブツブツ言ってるオバハンのトコに持ってく・・・・・・うわ~っ!初めてその異様な光景を見た時には呆然としたね、おれ。

 オバハン、テーブルに置かれたソース差しからウスターソースをひたすら掛け続けるのである。筒型の透明アクリルで茶色い蓋の付いた、飲食店では一般的な形だ。満タンで2~300ccは入るだろう。あれを手に取るとおもむろに大将自慢のドビーソースも、添えられた千切りキャベツのマヨネーズも何もお構いなく、ナサケ容赦なくドボドボと掛けまくる。当然皿の上のあれこれは全部ビチャビチャに真っ黒になり、ヒタヒタに溜まる。

 こうして儀式が済むとオバハンは何事もなかったかのように平然と食い始めるのだった。

 大将曰く、「そらお客さんやし、食い方は自由やけどな~・・・・・・あんなにソース使われたら利益出ぇへんわ!」とのことで、ソース代別途50円をオバハンからは貰ってた。

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 ウスターソース、それは甘くて、辛くて、酸っぱくて、サラッとしてるようでベトベトもして、ツヤツヤ輝くようで底なしに濁った黒さを秘めて・・・・・・思えばそれは人生そのものではないか。

 そんなんに子供のころから馴染むことができた人は、ちょっと地味だけど案外幸せ者かも知れない。そんな気がする。


あ~!これこれ、こんなんでした。

2016.08.20

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