さしすせせうゆはむらさきだ


最も普及してる醤油はやっぱこれだろう。

 当たり前の話ではあるが、不味い醤油は本当に美味くない。塩でも掛けた方がマシでなんぢゃねぇの!?って言いたくなるような醤油が昔はけっこうあった気がする。
 それは醸造元が悪いばかりではなく、家庭での保存方法に難があったコトも原因なんだろうけど、とにかく醤油はあまりに日常生活の身近にあったもんだから、さほどありがたみを感じたりする存在でもなかった。言っちゃなんだが何となく惰性で焼き魚や玉子焼き等にチョコッと掛けるものだったように思う。

 関西の家庭では、小瓶に入れてあって卓上で掛けるのは濃口、料理には薄口ってな風に棲み分けが出来ていた記憶がある。だから未だに煮物やおでんなんかに濃口が使われて黒っぽいのは今一つピンと来ない・・・・・・とは申せ、こっちに来てからはスーパーにも殆ど薄口が置いてないし安売りの濃口なんかからすると倍くらい高かったりするんで、いつの間にかすっかり遠ざかってしまったんだけどね。

 料理の基本中の基本の調味料の一つであるにも拘らず、ことほど左様におれの中では極めて醤油はぞんざいに扱われてたワケで、これでは中国の怪しい髪の毛醤油を嗤う資格はない。それでも最近は小銭が出来たせいでもないけれど、ちょっとばかし醤油には拘りが出て来た。冒頭に書いた通りで、美味い醤油はやっぱし本当に美味いコトを知ったからだ。

 そうそう、料理の基本といえば「さしすせそ」が有名だ。〽ちょっとネーチャンさしすせそ、〽子供のくせになにぬねの、〽だってチンチンたちつてと・・・・・・なんて猥歌ではない(←無理矢理にブッ込むな!ってね、笑)。あまりに有名で今更おれがここで述べることでもなかろうが、料理について白痴的なまでに疎い人も増えてる昨今の状況を鑑みて、おさらいがてら記してみよう。調味料を入れる順番のことである。

   1.「さ」 ⇒ 砂糖
   2.「し」 ⇒ 塩
   3.「す」 ⇒ 酢
   4.「せ」 ⇒ せうゆ、醤油
   5.「そ」 ⇒ 味噌

 これにはちゃんと科学的な理由もあるんだけど、詳しくはググれば3秒で分かるので割愛する。ちなみに上に出て来ない調味料について触れておくと、通常、酒や味醂は砂糖より前に入れる。香辛料についてはケース・バイ・ケースが多い。香りを重視するものは後な印象だ。あまり使うものでもなかろうが、ダシの素や化学調味料はあらゆる調味料の前に少なめに入れるべきだろう。まぁ、今でも年寄りがやってる居酒屋なんかで漬物や刺身に味の素を最後にパラパラ振りかけるのをたまに見掛けたりするが・・・・・・。

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 閑話休題。

 醤油の味に拘るようになったキッカケは、旅先で意外に今でも小さな醤油蔵が各地に残ってることに気付き、1本2本買って帰るようになったコトだ。しかしながら小さい所、マイナーな所だったら美味い、っちゅうのは日本酒と同様で、何の根拠もない幻想である。残念ながら見掛け倒しのところが多い。ぶっちゃけこれならヤマサの「鮮度の一滴」買った方が千倍美味い、ってトコが多い。あれは本当に大手では美味い醤油だとおれは思う。別段キッコーマンに恨みは無いが、おらぁ生醤油ならヤマサを推すな。

 そんな中、特筆すべきは千葉は富津の宮醤油だろう。いや、別に酸化防止パッケージに入ってるワケでもなんでもない。昔ながらのガラス壜である。それに製法だって大豆の搾り粕やアルコール添加してたりするからそれほど古式ゆかしくってワケでもない。昔ながら変わってないのは恐らく、佇まいと仕込の桶くらいなモンだろう。
 元々、房総系ラーメンに宮醤油は絶対欠かせないっちゅうのは有名な話で、その存在だけは遥か昔から知ってたんだけど、実際に買うようになったのは震災のちょっと前だから5~6年前からだ。
 何がスゴいって、旨味が凄いのである。房総系ラーメン・・・・・・っちゅうか近年は竹岡式などとも呼ばれるその最大の特徴は、鶏がらや煮干しといった出汁を一切取らないことにある。叉焼炊くために使った肉の味の染み出た醤油を麺を茹でた湯で割るだけなのだがそれで十分に美味い。その理由は醤油の旨味にあるのだという。たしかにダシ醤油なのではないかというくらいに旨味成分の強い他に類例のない変わった醤油だ。

 加えて店の佇まいと女将のキャラがムチャクチャに面白い。この人と会話を交わすのが楽しくて年に1~2度、房総方面に出掛けたついでに立ち寄ってるようなモンだ。面白いと言っても冗談ばっかしで話好きとかそんなんではない。逆である。何だか昔の中学の歳食った女教師を連想させる謹厳でニコリともしない堅物の応対ぶりがおれはとても気に入ってるのだ。何せフツーに黙って売ってくれない。

 ------こんにちは~。
 ------いらっしゃいませ。
 ------結構種類あるんですね。
 ------どうぞ、味見なさってください。
 ------(一通り舐めてみて)あの~、この「かずさむらさき」下さい。大きさはどっちにしようかな?
 ------お宅ではどれくらいで醤油を使い切られます?
 ------そぉだな~、こっちの1000ml瓶で3ヶ月くらいな感じですかねぇ。
 ------(有無を言わさぬ調子で)それなら1800ではなく1000の方にして下さい。
 ------あ、はい。分かりましたっ!他はえ~っと(再びちょっとづつ味見して)、この「再仕込」にします
 ------(一瞬だけ笑って)それがベストチョイスです!

 何だか試験されてる学生の気分になった。ともあれおれは合格だったんだろう(笑)・・・・・・っちゅうても決して気難しい人ではない。要は良い物作りをしてるんだ、っちゅう矜持と、ちゃんと理解・納得させないまま安易に勧めたくはないって正直さの顕れなんだと思う。
 売上だけ取るなら、一升壜の方を売るに決まってる。値段だけで言うならさらに上級の「たまさ超特撰」や「丸大豆」なんかもあるんだけど、特に勧めもしない。いや、それどころか「丸大豆」なんかはあまりオススメではない、な~んて断言したりもする。

 ここの醤油、もちろんスーパーの安売りよりは遥かに高い。しかし何せ旨味が強いので、煮物に使ったりしてもあまり沢山量を使わなくて済むっちゅう利点もある。通販もやってるみたいだし、どうやら生協では取り扱ってるみたいなので、興味のある方は試されてみては如何だろう?・・・・・・個人的には、あの女将さんから直接買うのを一番オススメしたいが。

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 本来、味噌と比べて醤油は贅沢でたいへん高価なものだった。そらそうだ、謂わば「味噌のエッセンス」みたいなモンだから、原材料に使う量からすると取れ高はチョビッとだ。それに出来上がるまでにものすごく時間が掛かる。冬に仕込んで春にはできる日本酒よりも遥かに掛かる。

 そんなもんが1リットルのペットボトルに詰められて、スーパーに山積みになって150円とかで売られてることがそもそもおかしいのだ。言うまでもなくそこにはいろんなカラクリが存在する。それは原料であったり製法であったり、流通業のメーカーに対する垂直統治っちゅうか徹底的な搾取だったりするんだけど、ここで言っても野暮なだけだろう。

 いずれにせよ。せめて主食や基礎調味料くらいは真っ当な値段で美味しいものを選ぶべきではないか?とおれは思うようになったのだ。その一つの象徴が醤油なワケだ。
 戦後の日本は一貫してこれらの価格を安く抑えようとしてきた。それはもちろん終戦直後の食糧窮乏期に於いては決して間違いではなかったろう。しかし、これだけ飽食の時代を迎えて尚、そういった考え方が当たり前のように横行してるのはやはりおかしい。
 あ!想い出した!最近ではもう忘れられた珍理論としてしか世間から見做されてないが、「資本論」の中でマルクスは、「労働者が安物を食うようになることは自分の労働価値を下げるんだ」みたいなことを言ってる。

 ・・・・・・ね?みなさん、醤油くらいは拘ったってバチは当たりません、って。


渋い佇まいの宮醤油店(リンクしてます)。

http://www.miyashoyu.co.jp/より

2016.10.23

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