幸せな焼きソバ(2)


人だかりのする藤生商店全景(ギャラリーのアウトテイクより。)

 ちょっと前にもっぱら拵えることに主眼を置いて焼きソバについてあれこれ書き連ねてみたばかりなのだけれども、先日、機会に恵まれて
足利の「ポテト入り焼きソバ」の元祖と言われる藤生商店に立ち寄ることができたので、そのレポートも兼ねて再び焼きソバについてあれこれ書いてみたい・・・・・・「みたい」って何とも大上段だなぁ~。まぁ、それだけ焼きソバが好きなんですよ、おれ(笑)。

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 さっそく藤生商店の話だ。京都下鴨神社近くにあった伝説の怪しい飲み屋・「なか川」に匹敵するとにかく衝撃的な店だった。

 実はココ、その日のコース取りからちょっと外れてたために当初の予定にはなかったのだ。ところが立ち寄ろうとしたところが生憎の定休日で、このまま食わずにスゴスゴ帰るのも何だか口惜しく、それならいっそもっとも老舗と言われるこの店を覗くだけでも覗いてみよう、と思いついたのだ。

 足利の駅から数キロ、渡瀬川右岸の堤防を望むこれと言って特徴のない住宅街に何台かのビッグバイクが停まり、人だかりがしてる。近付いてみると果たしてそこが目的地だった。おそらくはかつて商店名が書かれてたであろう青いペンキ塗りのトタンのファサードに白いペンキ塗りのこれまたトタン波板の壁、そしてくすんだ木枠のガラス戸の素晴らしくボロい小屋状の建物・・・・・・それが藤生商店の全てである。
 元々は駄菓子屋が本業だったようで、焼きソバはひじょうに狭苦しい隅っこの厨房で作られる。ただ、もう駄菓子を求める子供も少ないのか、申し訳程度に並ぶだけでガランとした店内には雑然と段ボールが積まれていた。
 ゴメン、有り体に言って店内は古く、雑然としてるだけでなくムチャクチャに汚い。恐らくは長年の焼きソバの油煙が染み込んで埃なんかと渾然一体となり、飴色っちゅうか琥珀色っちゅうか焦げ茶色っちゅうか・・・・・・まぁ要は汚い(笑)。

 そいでもって厨房のそのゴチャゴチャに散らかった汚さはおよそ人の想像を超える。オマケにいろんなモノがあちこちを占拠してて人の動けるスペースがほとんどない。そこで腰の曲がったバーサンがちょっと覚束ない動きで一心不乱に焼きソバを作ってるのだ。
 横で30代半ばくらいの若奥さんも手伝ってるので、おれは注文の仕方について尋ねた。

 ----あの、どんな風に頼んだらいいんでしょうか?
 ----えーっとね、今あの単車の人たちと私の分作ってるから、その後だね。いっぺんに言うとバーチャン混乱するから。
 ----「私」!?店の人ぢゃないんですか?
 ----ハハハ。バーチャンパニック起こしてるから手伝ってるのよ。肉・イモ・玉子入りで340円だから、それ頼めば?お昼は済んでる?
 ----まだですけど。
 ----なら、それくらいで量も十分あると思うよ。

 奥さん、自分で自分の注文した分をパックに盛り付けると、手慣れた様子で新聞紙にくるんで自分でお釣りも計算して出て行った。

 それにしても遅い。焼きソバはスピードが命みたいな料理だと思ってたが、バーサン、炒め終わった麺を6枚の皿に取り分けるだけでも5分くらいかかってる。麺はボロボロ落ちまくりで、鉄板の横のソースの壺や大鍋の上にも情け容赦なく落ちまくってる(笑)。
 だいたい調理法が変わってて、別の鍋でスジ煮のように柔らかく煮た肉を炒め、それをトッピング、件のイモは蒸かしたジャガイモを賽の目に切ったものでこれも炒めてトッピング、さらには肉の汁だか脂を3杯ほど振りかけ、最後に目玉焼きを人数分焼いて載せて完成・・・・・・しない!(笑)。
 半熟に焼けた目玉焼きを載せようとするのだけど、何せ手付きが危なっかしくて、2回に1回くらいしか成功しないのだ。落ちたのはやはりソースの壺や大鍋に落下(笑)。結局6人分載せるのに8個か9個目玉焼きは焼かれていた。

 いつの間にかおれ達の後ろにも行列ができている。バーサンは注文を聞くとカレンダーの裏紙を切ったものに丹念に書き付けて行く。何のかんのでいっぺんに十なん人前のオーダーが通った。注文が済むとどうやら店の表で待つのが不文律のようだ。

 焦げだらけでデコボコの鉄板に大雑把にお玉で油を引くと、おもむろにキャベツを鷲掴みにして投入。その刻み方が凄まじい。細かく千切りになってるのからほとんど剥いただけの巨大な破片まで、ムチャクチャである。しばらくそれをコテでこねくり回してたが、バーサンそのまま奥の方に引っ込んでしまった。
 もちろんキャベツはどんどん焦げて行く。いい加減ヤバいんちゃうんか、と不安になった頃、ようやく大量の麺を持って登場、焦げたキャベツはチラッと一瞥しただけで特に慌てることもなく、その上にテンコ盛りに麺投入。隣のアルマイトの大鍋からスープらしき液体を何杯もお玉でぶっかける・・・・・・って先刻、麺やら目玉焼きがそこに墜落してるのをおれは何度も見たぞ。
 ともかく濛々と湯気が上がるそれをコテで切るようにして混ぜて行く。もちろんここでも手早さといった動作はまったくない。ある程度蒸されて火が通ったところで今度はソース、これまた何杯も何杯もぶちまけるようにお玉で壺から注がれる。コテに麺がからむのか気になるのか、後ろの流しに何度もコテを突っ込む・・・・・・が、ちょと待たんかい!そこ、さっきのバイク集団の食い終わった皿漬けてたやないか!(笑)。
 そんな風にしながら、バーサンはいろいろ怪気炎を上げる。

 ----あのね~、うちはもうこれ46年続けてるん、46年!
 ----へぇ~!おれが生まれたくらいっすね~。
 ----始めた頃は、他にこんな店なかったんだけど今は増えたねぇ~!
 ----有名ですよ。足利の焼きソバって。
 ----そぉなの?まぁ、うちもこれで2回TVに出たね。3回目の話があったんだけど、もう断った。あんたらもそれで来たんかい?
 ----いえ、インターネットで見たんです。
 ----ふーん・・・・・・まぁ、いろいろうちの真似するところあるけどさ、「肉一杯!イモ一杯!」とか宣伝してもさ、うちには勝てないね。
 ----そりゃこちら元祖ですもんね。
 ----46年だよ、46年!今でも算盤で計算してちゃんと確定申告してるんさ。

 脈絡が今一つ良く分からないが、おそらくは今でもボケずに元気でやってるってことをアピールしたかったのだと思う。実はもう10年くらい「46年」で止まってたりしたらコワいけど(笑)。

 そのうちおれ達の分の焼きソバも完成。やはり目玉焼きは1度落っことして新たに焼き直してた。最近は玉子の値段も上がってるっちゅうのに、こんなんで元取れるんだろうか?ここまでの所要時間はおよそ40分、驚異的なスローペースだ。店で食べる、と最初に伝え、それを伝票に書き込んでたはずだが、シッカリお持ち帰り用のパックに入ってる(笑)。それにしてもこの乱雑さ、汚さはタダモノではない。税務署への確定申告を算盤でやってんなら、保健所の立ち入りは算盤で殴って追い返してるのかも知れないな、とおれは思った。

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 面白おかしくイジり気味に書いたけど、賢明な読者諸兄におかれては誤解の無きように願いたい。おれはその言語に絶する乱雑さ、小汚さ、メチャクチャさ一切合切を含めて、この店とバーサンに限りない懐かしさと愛おしさを感じたのである。

 そう、おれがガキの頃はこんな風に駄菓子を扱いながら、片手間にタコ焼きや通常より小さなお好み焼きなんかを商うババァの店が街角に必ずあった。ぶっちゃけどこも衛生観念なんかからはほど遠い、不潔極まりない店ばっかしだった。良く食中毒出なかったと思うけど、まぁ当時のガキは今よりも遙かにタフにできていたのだろう。
 しかしながらそれらは、高度経済成長や流通の変革、様々な管理・規制の強化の流れの中で、いつの間にかどれも消えて無くなって行ったのだった。
 それが北関東の足利の町はずれでシッカリ生き残っている。並んでるのは大半がおれも含めて怠惰に倦んだモノ好きなおっさん連中とは申せ、それでも引きも切らず客は来てる。

 渡良瀬川の川っぺりで食べた焼きソバは絶品だった・・・・・・と書ければいいのだが、残念ながらさほど美味くはなかった。何せ鉄板の面積を無視して一度に大量に拵えたもんだから、ソースの濃いところと薄いところがあって味がバラバラだ。元は何だったか分からない得体の知れない焦げもあちこちに入ってるし、キャベツは当然ながらまったく存在感を喪っている。オマケにかなり冷めてもいる。
 多くのサイトやブログがこの店の味について言及しているが、ハッキリ言おう。その味を絶賛してるのはウソつきか、味オンチか、さもなくばただのリップサーヴィスだ。

 でも、実は焼きソバが美味かったかどうかなんて、どうでもいい些細なことに過ぎない。どだい、ガキが小遣い銭を握りしめて買う駄菓子の延長線上にあるものが、そもそもそんなほっぺたが落ちるような世にも妙なる美味であってはならないのだ。マズウマ、でいい。おそらくは昔からこんな感じなんだろう。それにまぁ間違いなくそんなには儲かってないだろう。大体玉子のロスが多過ぎるもん(笑)。

 風の強まり始めた堤防のベンチでジュースを飲みながら、おれは思った。自称46年間、少しも変わらずに焼きソバを焼き続けることができてるあの矍鑠たるバーサンは間違いなくとても幸せな人なんだろうなぁ・・・・・・と。

 食べることで幸せになれる焼きソバもあれば、細々と商うことで幸せになれる焼きソバもある。焼きソバってやはり、何だかちょうどいい身の丈の食い物だ。


入口付近より厨房を望む(同上)。

2011.06.14

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