「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
旅の怪力乱神

 いやいや、先週は済みませんでした。「看板に偽りあり」で全然怖くも何ともなかった。ただ「タイトルでハッタリをかます」のもエクスプロイテーションの基本テク、とゆーコトで洒落てみたんです。ヒラに御容赦願います。

 ・・・・・・で、本当の旅の恐怖譚を書こうと思ったんだが、ロクなのが無いのだな。旅先で出会った事は全く、無い。多分私は壊れたラジオみたいなもんで、妖怪変化・狐狸の類、お化けや幽霊といった連中と波長が合わないのだろう。
 だから今回お届けするのは、当コラムには珍しく、他人からの伝聞も含まれる事を最初にお断りして置く。まあ、何かのネタにでも孫引きして頂ければそれで構わない。

 それでは、円朝もハダシの怪談噺の始まりです。

第1話「本家!幽霊タクシー」

 病院の前でタクシーが長い髪の女性を夜中に拾ったら、途中で掻き消すように消えてしまってた、とは頻繁に聞くエピソードだ。一種の都市伝説とも言える。大阪では千日前から、玉出までと言って夜中に乗って来る女性の話が有名である。そんな中、ここに紹介するのはかなり珍しい例だろう。

 ・・・・・・長い黒髪のFさんはアセッてた。早朝出発の旅行の約束に寝坊しちゃったのだ。無論本人はお化けではなく、レッキとしたうら若き女性である。集合は京都駅、自宅は西大路五条の近くで結構遠い。まだ真っ暗な冬の朝5時。氷雨が降っている。
 五条通りに出た彼女はタクシーを拾おうとしたが、運悪く空車は走ってない。携帯なんてベンリなもんが普及してない時代だ。仕方なく電話ボックスに入った。友人宅は既に出発後。タクシー会社に掛けて呼ぼうとしたが、どれも冷たくかなりの待ち時間を告げられるばかりである。彼女は途方に暮れた。

 そこにスーッと1台の中型タクシーがやって来て、彼女の居る電話ボックスを10m程通り過ぎて停まった。ハザードが点滅してる。小型が殆どの京都で中型とは、それもこんな明け方とは珍しいが、多少高くても止むを得ない。
 渡りに舟、地獄に仏とはこの事だ。彼女は車に近づいた。後部ドアが開いた。

 ・・・・・・Fさんはフト疑問を抱いた。どうして自分がタクシーを待ってることが分かったんだろう?誰か客が降りた様子はなかった。確かに自分は大きな荷物を持ってはいるけど、それだけだ。ハイヤー呼んだってこんなにピタリとは来ない。それにまだ真っ暗だし、木に隠れたここにどうして気付いたんだ?
 急に背筋に冷たいものを感じた彼女は、そのままタクシーの前まで行って運転席の方を振り向いたのである・・・・・・。

 何と!!ボーッと白いモヤが人の形にかすんだ中から、「2つの赤ーい眼」だけがジッとこちらを睨んでいたのであった。

 Fさんの旅行が中止になったのは、今更申し上げるまでもなかろう。

 ・・・・・・・・・・・・

 ところで余談だが、タクシーが幽霊を乗せた場合、一体どう処理されるのか?

 これは一種の「タダ乗り/乗り逃げ」として警察に届けられるのだ。以前タクシーの運転手に確認したのだからホントなのだろう。その彼曰く、自分の会社でも数年に一度あるとの事だった。大抵運転手は2・3日寝込むらしい。

 如何でしたか?今回はホンマに怖い話だったでしょ!?怪談噺を振る時は、ネタに詰まってる時とも言いますが、この調子で来週も続きます。


 さて続きです。淡々と書きますが、ハッキシ言って今週も怖いです。

第2話「記念写真にご用心!」

 親戚が遊びに来たついでに妙なモノを持って来た。世に言う所の「心霊写真」である。どーせ木の影とか岩肌が人の顔に見えとるだけやろ!と、手に取って私は凍りついた。写ってる。キッチリと。

 鳥取への旅行の際に撮ったという一葉の写真。背景は何か巨大な石碑、その後ろは一面の枯れ草に覆われた原っぱ。一人の女性が立っているが、これは話の当人、いとこのネーチヤンである。

 一つは大きな石碑の表面に横になって写った子供の姿であった。影とかそんな甘いもんじゃない。カスリの浴衣着て坊主頭の、10才位の子供だ。目鼻立ちから浴衣の柄、下駄の鼻緒から何から、キレーに灰色の石の上に浮かんでいる。疑り深い私も、流石に驚嘆の声を上げた。
 更に凄いコトに、何と!も一つ写ってた。萌黄の和服に橙色の襦袢着て、ひっつめ髪にした中年のオバサンが枯れ草の奥に座ってる。こっちはやや遠いため、目鼻立ちまでは判然としなかったが、確かにそこに居た。

第3話「真夏の夜の悪夢、そして続き」

 --------・・・・・・でさ、夜になると火葬場の方から、人のザワザワした気配ってゆーか息づかいみたいなのが、鉦やら鈴の音と一緒に近づいて来て、家の前を通り過ぎて行くんだ。姿は無いんだけどね。
 --------毎晩かいな?
 --------いやいやいつもじゃない、たまにだよ。それに区画整理して、家建て替えてからは聞こえなくなった。だから小学生の終わり頃までだったな。
 --------良かったやんけ。
 --------いや、それがよー、それから町内っつーか、俺ん家の前の通りばっかなんだけど、不幸が続くんだよな。
 --------ホンマかいな。どんなんやねん。
 --------5軒隣のジイサンが前の公園で焼身自殺だろ。その隣は息子が気ィ狂っちゃってさ。も少し離れたトコのジイサンはテトラポットから落ちて溺死。他にも一杯ある。ホントすげえぜ。何かあるよ、絶対。

 呑みながら郷里である静岡の海沿い町の事を話すTは、大学の同窓であった。下宿も近かった。酒の上のヨタ話なので、当然誰もマジメには聞いてない。
 それがヒョンなコトから、急に野郎ばっかし5人で伊豆に泳ぎに行く事に決まり、件の彼の実家に一晩お世話となる運びになったのである。

 ・・・・・・フツーの町だ。斎場だって無いと困るモノの代表だ。200m程離れた小山の中腹に望まれる。因縁話めいた例のエピソードも良く考えれば、日本中どこにでも転がってるもんだ。パチンコの連チャンの逆で、不幸が重なる時期はあるだろう。

 蒸し暑い夜だった。呑み倒した挙句寝る段になって、誰か一人を隣の部屋で寝させる事にした。よし!ついでに決め方は、タロットで「死神」を引いたヤツにしよう。私達は伏せられたカードを皆で順番に引いて行った・・・・・・。

 出ないのだ。

 山が最後の1枚になって、普段は唯物論者を自ら任ずるMも青くなってる。そしてめくった・・・・・・違うやないか!!・・・・・・最初から「死神」のカードなんてどっか失せてしまってたのである・・・・・・。

 このバカバカしい夜から1年半後、しかし、Tは発狂した。知らせを聞いて駆けつけた親御さんに、あの日のもてなしの礼を型通り言いながら、私は彼の薄気味悪い因縁話を思い出していた。


 いやー、何とも前回はやり切れない結末に終わった。ちょっと後味が悪い。
 さて、今週はいっちゃん怖いのをドーンと持って来よう。

第4話「キレて切られて・・・・・・」

 さて、知人の心優しきハードコアパンクス、Aさんの家で呑んでた時である。彼の友人でSさんという方がやって来た。この前紹介した因縁話にたまたま話題が及んで、それまで静かに聞き役だった彼は急に口を開いたのだった。

 --------状況は一緒やねんけどな、俺もゴッツイ怖い思いしたことあるで。

 何が一緒か?とゆーと、男5人で海水浴に行き、友人の実家に泊めてもらったこと、だけが同じなのだ。アホかいなと思ったが、後に続いたのは身の毛もよだつ猛烈に恐ろしいハナシだった。

 日本海の方の友人の実家に泊めてもらって、最後の晩だったそうだ。それまでにも増して全員のメートルは上がっていた。こーゆー時のアイデアに、まともなものは出ないと相場が決まってる。定番「肝試し」をする事になった。それで少し離れた墓地に勇んで繰り出したは良いが、一同はガッカリした。
 予想以上に狭かったのだ。座敷位しかなかったとのことだから、相当小さな墓地だったんだろう。肝試しにもならない。酔いも手伝って彼等は激怒した。

 それから行った乱暴狼藉の数々は、極悪非道の限りである。卒塔婆を叩き折り、墓石を押し倒し、その上で記念撮影し、お供えや花をぶち撒ける・・・・・・聞いてる私も流石に呆れた。目茶苦茶やおまへんか。

 意気揚々と家に戻って来て、玄関に入るやいなや電話が鳴った。出ると相手は中年のオッサンで、おまえらな〜!とエライ剣幕で怒ってる。ま、深夜にやかましかったのは事実だし、不承々々謝って受話器を置いた。そしてゾッとした。
 その呼び出し音は、別棟の事務所からの内線の音だったのだ!

 落ち着かねばならない。部屋に上がって一人が煙草を吸おうとしたが・・・・・・切れてたのである。スパッと紙箱の中で。仕方なく新品の封を切った。しかし煙草は全部ズタズタに切れてた。全員のが。

 ようやく、自分達のやった馬鹿がトンでもない事態を招いてることが、全員分かりかけて来た。誰かがカメラの事を思い出してフィルムを巻き上げようとしたが、シャラシャラ云うだけだ。えーから開けろ!別の一人が怒鳴り、全員が見守る中、カメラの裏ブタは開けられた。

 フィルムもズタズタに切れていた。

 死者の怒りはそれだけでは収まらなかったらしい。その後1ケ月もしない内に、騒ぎに連座した5人全員、切ったはつったの大怪我をした。Sさんも単車のスプロケで左手人指し指の先端がトンだ。それを見せて彼は言った。

 --------俺はなー、それでFのコードが押さえれんようになったんや。トニーアイオミみたいには、行かんもんやなぁ。

T・アイオミとは、不屈の努力で指先欠損を、独特の低音のリフで克服してる「ブラックサバス」のギタリストのコトだ。Sさんもノー天気なヒトだ。

 ・・・・・・・・・・・・

どーですかぁ〜?コレ。マジで怖いハナシだったでしょ?「旅の恥はカキ捨て」とばかり、無茶をやるのも考えもんですね。次週は自分のハナシです。


 最初にお断りした通り、個人的には怖いハナシがあまりない。奇妙だなー、ワケが分からんなー、という程度のものだ。2つ程紹介して締めくくろう。

第5話「真夜中の追跡者」

 かつて単車に狂ってた。カワサキの傑作、GPz900Rとゆーモンスターマシンに跨がって、銭湯に行くのもそれだった。ヒマな時は、良くフラリとツーリングに出掛けたものである。まだノホホンと学生やってた時分だ。

 いつものノリで夜に夕涼みがてら下宿を出発して、京都産業大学から奥に真っ暗な中を岩屋不動に向けて走ってた時のコトだ。ワインディングを通ってるのは自分だけ。山道なので浮き砂利にさえ気を付けてれば、昼間より却って安全な位だ。

 と、その時急に後ろからパツシングされた。振り返ると誰も居ない。そのまま行くと又、パアッと照らされた。無論、今度も誰も居ない。

 何せひねくれ者で、屁理屈は大好きな方である。自分のヘッドライトがカーブミラーとかガードレールのキャッツアイに反射し、それが後方で更に反射して、自分のミラーに映ったんじゃないのか?単車を停めて、色々やってみた。確かにバックミラーに映ることは映る。しかし、2回反射してるだけあって暗い。鏡面にポツポツと光点が並ぶだけだ。

 首をひねりながら再び走り始めていくらもしないうちに、三度目のパッシングをされた。私は思わず絶叫した。そして思った・・・・・・岩屋不動の集落まではあと僅かだ。そこまで行けば人家もある。家々の明かりも漏れているだろうし街灯もあるだろう。あとちょっとだ!ものすごいスピードで私はバックミラーを見ないようにして走り続けたのだった。

 よく事故らなかったものだが、ともあれ目的地には無事ついた。そうして消防団の詰所の前で、誰か市内方面に向かうクルマが来ないか震えながら待った時間の長かったこと!!
 ・・・・・・どれくらい待ったろう。運良く市内に向かうと思しき軽トラックが民家から出てきたので、私はトロトロそれそれにくっついて無事に戻れたのであった。

第6話「これはこれは御丁寧に」

 旅行とは直接関係ないのだが、かつて病院の宿直のバイトをやってた。救急輪番の乙グループとかで、ほんまヒマ。患者は大方が老人。なのに今から12年前で、一晩7500円もくれた。当然高人気で、アキが出るのを1年待ってやっと週一回入れるようになったのである。

 これがもう楽勝な上に、全然怖くない。深夜の巡回も平気だった。死人が出た時は流石にイイ気持はしなかったが、死んだ当人は周囲から「天寿を全うしてメデタイ!」なんて言われるような高齢者。これでは、「魂魄この世にとどまりてぇ〜」と出る方が筋が通らない。
 そんなある日の晩の事だった。まだ9時頃だ。仕事上がってタクシー呼んだ看護婦と2人並んで、事務所でTV見てた。自分達のすぐ真後ろはドアで、50cmも離れてない。外はそのまま既に真っ暗なロビーである。当時は携帯電話なんてものはまだなく、夜でも赤電話用に両替とかの依頼があるため、ドアは常時開けてあった。

 --------こんばんは!

 ホント耳元で明瞭な声が響いた。同時に2人は振り向いた。

 誰も居ない。私はすぐ席を立って廊下に出たが、やはり誰も居ない。無論、隠れる場所なんて何処にも無いし、そんなオチャメな老人患者はいなかろう。
 やがてタクシーが到着し、看護婦はそそくさと帰ってしまった。

 ・・・・・・・・・・・・

 あれは幽霊だった。多分。でも丁寧やったし、あとから何もなかったし、ええんちゃうか、と思ってる。
 多分、このえー加減さこそが、旅行で怪しのモノに出くわさない最大の理由なのではなかろうか?その上、集中しだすと他の物が目に入らない、何でも自分の都合の良い方に解釈してしまう・・・・・・これじゃ驚かす方も張り合いがない。多分、私は避けられてるんだろう。
 だから稲川淳二みたいに旅先で必ず遭遇する人が、少しうらやましい。


2004補足
 この項には盛り上げたり、旅行ネタに牽強付会に持っていくための脚色がこまごまと多い。
   ・幽霊タクシーの話は、ご本人が旅行に出かけるのではなく、滋賀の実家に急用で帰る時のできごと。
   ・煙草ズタズタの話での行先は、日本海ではなく、単に山科の幼稚園を経営する友人の実家に飲みに行った時のこと。
   ・パッシングの話はGPz900Rではなく、まだ400Fに乗ってた当時のこと。

Original1997 Add 2004
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