「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
バカとケムリになろう

 昨年「別府特別巨編」と銘打って番外編を出した。つらつら省みるに、ホント、普段はロクでもないとゆーか、他愛ないネタばかり振っている。多少の誇張はしてるけど、よくここまでケッタイな事が起きるものだと、我ながら呆れてしまう。うーむ、たまには正統派の温泉紹介なんぞしたためてみたいものだ。
 ・・・・・・とゆーワケでタイトルは刺激的だが、今週から3回に渡ってズバリ、「高所にある温泉」について触れることにしよう。

 日本最高所の温泉は、立山・高天原温泉である。未入湯。だって辿り着くのに徒歩で2日もかかるのだ。2番目は、白馬鑓温泉。これは行こうとしたけど、悪天候でボツ。いつかスノボかついでハイクアップしてみたい。
 ま、これらは典型的な山男の湯であって、十分な装備を持たずに出掛けるのは危険である。それに夏季のみの営業という欠点がある。
 さて上記2つの欠点は冬場は休業ということだろう。したがって3番目は通年営業では日本で最も高い温泉だ。八ヶ岳・本沢温泉がそれで、特別編第1回の舞台となる。その素晴らしさ、拙い筆力でどこまでお伝え出来るか心もとないが、ともあれ始めよう。

 ・・・・・・高原地帯を等高線に沿って伸びる、ガタガタの林道の分岐点にクルマを捨て、いよいよアプローチの開始だ。約12km、徒歩3時間半の行程だが、険しい山道ではない。明るい森の中をだらだらと上がって行く。ちょっとしたハイキング気分である。
 途中で古い型のジープに抜かれた。自動車は入れないはずなのに、と思ってると、それは旅館の資材運搬用のものだった。

 --------悪いなー、今日は荷物多いんだ。もうすぐだから頑張ってな。

 ようやく、山小屋そのものの古い建物に到着。ここから先は本格的な登山ルートの山道となる。ロクに装備も持たない素人はウカツに近寄ってはいけない。
 当然、館内も山小屋そのもの。煤ぼけた古い木の廊下と、何も調度のない部屋。ズッシリと重いセンベイ布団(無論きれいとは、お世辞にも言えない)が詰め込まれた押し入れ。年代物の鋳鉄のストーブのある談話室・・・・・・あらゆるたたずまいが、登山ベースとして永年の風雪に耐えて来た重厚な存在感を漂わせている。ボロいけど隅々まで手が行き届いている。これがいいんだ。

 さて、目当ての露天風呂までは、ここからさらに10分程登らなくてはならない。急に細く、険しくなった山道を辿って森を抜ける。
 ドン!と景色が広がる。天狗岳・硫黄岳のそそり立つ大岩壁を背景に、すっかり白土化した沢の斜面、畳2帖程の湯船がポツンとあって、白濁した硫黄泉が溢れてる。ただそれだけ。脱衣場も目隠しも屋根も何も、視界を遮るものは何一つとして無い。振り返れば登って来た高原地帯の彼方、遙か上越から甲武国境の山々がパノラマになって見渡せる。

 何もないが、一瞬たりとも飽きさせない緻密な、自然の刻々の変化が確かにそこにはあった。八ヶ岳の裏に陽が落ち、輝く稜線がフェイドアウトする頃まで、私は永い時間を過ごしたのである。

 夕食も楽しかった。何かキマリでもあるのか、山小屋のメシにハムと目玉焼とコロッケは必須アイテムである。ここも御他聞に漏れずそうだ。それに鍋ごと置かれたミソ汁は、恐ろしく具沢山。勿論セルフサービス。

 ・・・・・・・・・・・・

冷たく重い布団に入って仲々暖まらないまま、私は今日の記憶を反芻した。それはこれまでの温泉体験ベストテンに悠々とランクインする、最高の旅の一夜であった。清々しいまでの何もなさと圧倒的な景色、これこそが高所の温泉に私が求めるものなのだ。では又、来週。次も信州が舞台です。


 先週に続いて信州の高所の温泉を紹介する。とはいえ標高2000mを超える本沢温泉よりは随分低く、標高は1500弱。名前を白馬蓮華温泉と言い、白馬岳の北方に位置する。登山縦走コースの起点である。
 ここも約12km、徒歩3時間余の行程で、ゲートの所にクルマを捨てねばならない・・・・・・のだが、アレ!?ずーっと整備された舗装路が続く。余裕でバスが離合出来る巾員もある。何で通行止めにしてるのか分からない。急に道が途切れるんだろうか?

 首をひねりながら行くと、結局温泉に到着してしまった。何やねん、一体!?

 巨大なログハウス風の造りの、立派な山小屋である。近年建て替えられた模様だ。外観はかなり美しいが、中身はやはり山小屋。ガランとした畳の部屋の内部やセンベイ布団は、先週の情景と変わらない。

 さ、風呂に行こう。
 建物の背後から笹に覆われた斜面を登って行くと、遊歩道に沿って露天風呂が点在する。全部で7ケ所位あっただろうか、それぞれに名前が付いて泉質が微妙に異なるそうだ。いつしか霧が流れ始めていた。
 まずは「三国一の湯」だ。ん?何じゃい!ただの水タマリやないかい!コラ!こんなん誰が入れんねん。パス!みんなこんなやったらどうしよう。

 更に上がると広い所に出た。吹きつける風の為か、噴気地帯だからなのか、ひどくガレた場所だ。急に視界が開ける。6月だというのに風は冷たい。ここに「疝気の湯」と「薬師の湯」が少し離れてある。どっちも湯船だけ。周囲の荒涼たる風景にはふさわしい。早速手頃な岩の上に、服脱いで入ろうとした。

 熱い〜っ!さっきは水で今度は熱湯かい!

 湯が流れ込む塩ビの水道管をずらし、流れっ放しになっているゴムホースの水をドンドン注ぎ足す。裸じゃ寒い。もういいだろうかと足、入れる。まだシビレる熱さ。足、引っ込める。濡れて風吹いて余計寒い。
 これをアホみたいに繰り返して、おおよそ20分。やっと適温になった。

 落ち着いて見渡すと、大分晴れて来ている。ガスッてた山々もその姿を現した。残雪を頂いた雪倉岳・朝日岳・犬ケ岳等は、裏はもう黒部につながる。実際、地図を見ると、直線距離で黒部峡谷とは15km程しか離れてないのだ。
 又、ここは広い枝尾根の上で、さらに上に伝って行けば頂上は白馬乗鞍岳のハズだ。普通、温泉は谷底や沢といった水系に湧くものなので、こんな稜線上に湧くなんて珍しい例と言えるだろう(白馬鑓温泉も同様で、どこに水脈があるんだろうと不思議になるそうです。白馬の特異的な現象なのかも)。

 結局、まともに入れたのはこの2つだけだった。再び下った所にあった「黄金の湯」とか何とか、どれもこれも落ち葉に埋もれかけて、露天風呂とゆーよりは、正に「コエタンゴ」といった面持ちである。入る気にはなれない。
 夏の本格的な登山シーズンまでには整備するのだろう。本で入ってる写真見たことあるもんな。

 宿の内湯も、特色はないがシブいものだった。そして夕食もやはり、山小屋の定番といえる内容で、それはそれで非常に楽しめたのである。ホント、これでいいんだ。スタッフのカッコもハマってる。今時下界で、Gパン+チェックのシャツ+頭にバンダナ+銀ブチメガネでは、ファッションセンスどころか正気を疑われるが、これも山の上には似つかわしい。

 ・・・・・・てな感じで、行きの舗装路にやや興ザメしたとはいえ、この白馬蓮華温泉も記憶に残る素晴らしい温泉だった。素朴さを失わず続いてほしいものだ。

 今週はここまで。来週は舞台を北海道に移します。では。


 ♪ルールールルルル、ルールルル・・・・・・と「北の国から」のテーマも口をついて出ようというものだ。何たってココ、富良野だもんな。

 北海道の屋根、大雪山系には無数の温泉が存在する。特に奥地は徒歩で3日とか、ヒグマのうじゃうじゃいる所を越えて行くとか、到底山の素人が辿り着けない、実にハードコアな温泉が目白押しである。私はそこらまでは行ってない。残念だが、限られた休みならもっと数をこなしたいからだ。

 旭岳温泉を振り出しに、天女の湯・天人峡・白金・吹上(これらも相当レベル高い温泉です)と回って今日の宿泊地が、眺望絶佳の北海道代表とも言える十勝岳温泉である。大雪山系の南端、数年置きに活動を続ける活火山、十勝岳の側生火山の一つ、上ホロカメットク山の直下にあるのだ。

 泊まるのなら「凌雲閣」に限る。一番の老舗である。名前こそ高級だが、実際はかなりのボロさである。結構山小屋入ってる感じだ。しかし何より、立地・ロケーションが良い。巨大なボウル状にえぐられた安政の爆裂火口のヘリ、僅かに開けた平地に、引っ掛かるように建っている。
 他の旅館はどれも富良野を向いて建っており、それはそれで結構な景色だ。しかし要は前田真造の写真でおなじみの、パイロットファームや牧草地の織りなすシンプルでアブストラクトな色の対比である。それはここ以外でも見れるし、同じなのだ。それにこんなに遠景で見てもつまらないと思う。

 行ったのは10月1日。本州はともかく、北海道は既に紅葉真っ盛り。ともあれ建物の裏手の露天風呂にそそくさと向かう。内湯の外に、平凡な混浴の湯船がポンとあるだけだ。湯は火口近くにしては珍しい、赤褐色の湯であった。
 平日だとゆーのに人で一杯。入湯だけでもOKなのだ。老若男女20人はいただろう。チチも見えればケも見えるが、んなこたぁどーでもよろしい。瑣末なことは気にしちゃいけない。ただもう眼前の風景に圧倒される。

 直径1kmを優に超える巨大なスリバチ一面に、秋の木々が映えている。湯船の縁から下を覗けば、そこはもう深く切り立った崖。無論一面に紅葉。白茶けた岩壁に微妙なトーンの変化を見せながら、赤やら黄色の木々が散らばる様子に、私は突然「タラコふりかけ」を思い出した。火口底の中央辺りからは、今なお噴煙が昇る。

 前2回とは異なり、そこは名前もある旅館。簡素ではあるが、流石にハム+目玉焼+コロッケの取り合わせは見られなかった。部屋にはTVもあったし、布団も柔らかいものだった。まあ、ここまで紹介した中では最もまともに旅館してたと言えるだろう。極寒地故か、丹前ではなく浴衣と同じ丈の綿入れであったことが印象深い。
 しかしもっと忘れられないことがある。夜8時を過ぎて会社から電話が入ったのだ。受話器の向こうで、パソコンが動かへんとワーワー言ってる。結局2時間は付き合ったろうか、遠く離れた事務所の機器が復旧した時、ふと柱にかかった温暖計を見ると2℃!寒いハズだ。

 もし北海道を旅することを考えておいでなら、富良野は最有力候補の一つだろう。それならここ、十勝岳温泉「凌雲閣」は自信を持ってオススメしたい。そして仕事をキチンと済ませて行くことも、同時にオススメしたい。

 翌日、私はキッチリ風邪ひいていたのであった。

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 3週に渡って駆け足でお送りした「高所の温泉」番外編、楽しんで頂けましたでしょうか?ホント、バカとケムリは止めらんない、を結びの言葉として筆を置くことに致します。それでは。

Original1997 Add 2004
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