「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
カレーが帰る場所

 ラッキョと福神漬をカレーに添えた嚆矢は、とある外洋航路のコック長だと言われる。それまでは紅ショーガや沢庵で、「丼」の一種に扱われてた。焼飯に紅ショーガが乗っかってるのも同じ理由による。本当ならザーサイかキューリの中華風漬物が正しかろう。ホンマかどーかは知らんけど。
 ちなみに塚口の有名なカレー屋、「アングル」の付け合わせはザーサイだ。

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 幼い私を相手に、父は勿体つけて言うのだった。目の前には、アラジンの魔法のランプみたいなんにルーの入った、セパレートのカレーライスがある。

 --------これがな、本式のカレーライス。一口づつすくって掛けるものだ。
 --------ふーん。全部掛けたらアカンの?ジャガイモ無いやんか。
 --------ニンジンもタマネギもジャガイモも、溶けるまで煮込むのが本式なんだ。(生粋の大阪人のクセに妙な標準語使うなって!)

 今になって思えば、ペダンティックなクセに全部「誤った知識・カン違い」である。知識レベルとしては、伝聞と風評を基にした滑稽なものだ。重々しさに敬意を表して、「東方見聞録」やプリニウスの「博物誌」並としてあげよう。俺も孝行息子やね。

 日本のカレーはインドを直接のルーツとしてない。当時そこを植民地にしてたイギリスの、「クリームシチューのカレー風味」をベースにしてる。これが明治初期に輸入され、軍隊食として重宝されたりしながら広まったらしい。
 どだい敬虔なヒンズー教徒の多いインドはウシ食わんし、イギリスは米食文化じゃない。所謂「カレーライス」とはレッキとした「和食」なのだ。だから昔からウドン屋のメニューにある・・・・・・ウソです。
 ジャガイモは元来入らないし、タマネギは煮て溶かすのではない。各種の香味野菜と共にすりつぶしたのをアメ色になるまで炒めて使う。バターなんちゅー高級なモンも使わんらしい。インドではギーという純植物油で作る。付け加えるならアブラ身は徹底的に取り去るものなんだそーだ。あのケッタイな容器もシチューポットの1人鍋版で、インド料理屋では使わない。どだい何より「カレー粉」なんてモノは存在しない。

 なーにが「本式」や!そーゆーアンタのエセスノッブが死ぬほどイヤで、私はパンク少年に育ったのだよ!だから何だっけ?中村紘子がCMやってるカレーは嫌いだ。

 とまれ、カレーは和食な上に家庭料理でさえある。「お袋の味」とかゆーモノだ。厳然たる証拠がある。外食産業や集団給食で、最もクレームの多いのがカレーなのだ。ハエでも入ってたんならともかく、味が違う!と言って来る。
 曰く、甘いだの辛いだの、肉が大きい小さいだの、色が黄色過ぎるだの、飯の上から掛けろだの、生玉子はどーだのこーだの、煮込み過ぎだの、足らんだの・・・・・・だ〜っ!黙って食うか眼ぇ噛んで死ねっ!

 つまりそれだけ気安く、タワケた難癖がつけれるまでにカレーは生活に浸透し、各家庭の味が出来上がってる。恐ろしい事には関東・関西での地域差まである。この点で、日本独自の進化を遂げたラーメンとは双璧をなす。
 その差とは肉だ。牛角肉系の関西に対し、関東は豚コマ切れ系が一般的なのだ。理由は分からないが、比較的年配の人ならうなずかれるコトだろう。
 しかしながらそうして家のチャブ台に並んだカレーには、幽に「ハイカラな洋食」の香りと異国への憧れが載っていた。ガキには少なくとも「サバの塩焼」よりトキメく何かがあった。ちなみに余談だが、県民一人当たりのカレー消費量がいっちゃん多いのは鳥取県だそうな。

 現在密かにサンタ印のカレーの缶詰を探してる。が、どこにも売ってない。それが見つかった時、私はきっとやるだろう。幼い子供達を前に、横ワケにせんと上からぶっかけ、生玉子をポンと割り、ウスターソースをグルグルかけ、勿論ラッキョに福神漬も添え、勿体付けて言うのだ。

 「・・・・・・これが本式のカレーライスなんや!」と。

Original1997 Add 2004
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