「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
成金の又三郎、K

 実家のどこかに、相撲の力士の手形つきサイン色紙が今でもあるかも知れない。スモウなんて興味無いから要らん!とゆーたのに、K君が無理矢理みんなに押し付けた代物である。彼の父親はタニマチやってたのだ。

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 3丁目の奥にK君一家が引っ越して来たのは、小学校4年の2学期だった。増殖を続ける新興住宅地で、転校生自体、珍しくも何ともなかったが、ローデンストックのフレームのオバハンメガネかけた彼はルックス以上に異様だった。何が異様か、と言うと、ガキの分際で「金にモノ言わせる」ことが出来たのである。
 新参者の彼は新しい土地での権力を確立すべく、云わば「買収工作」を級友に対して盛んに行った。彼の家は「成金」とゆーことだった。
 子供とは非常に狡猾な生き物である。金ある以外、ヒ弱でまるっきりアホで性格歪みまくってクソ生意気な彼に従うハズがない。ひと月もしない内に、彼はその野心とは裏腹に「全員の便利な財布」に成り下がっていた。
 そして、気付いてないのは本人だけとゆー、裸の王様ぶりも見事であった。

 実際彼の家は、小心翼々として勤勉にアッパーミドルな一戸建てを目指す我等が家々の俗性とは違う俗性に満ちていた。
 両隣の3倍の敷地を独占した、デッカイ門構えと広い庭のある家は端的に言えば、凄まじく「悪趣味」だったのだ。腹出した布袋さん・熊の剥製・屋久杉の輪切のテーブル・壁に掛けたコテコテのタペストリー・・・・・・等々がアナーキーに溢れた満艦飾!子供心にも常人のセンスとは思えなかった。

 木をスライスしたような、謎の物体が干してあるのを見て、私は尋ねた。

 --------何やこれ?
 --------これか?鹿の角や。スキ焼に入れたらうまいんや。

 入れんでもうまいわい!漢方スキ焼なんて、未だに聞いたことない。

 一時が万事この調子で、クルマは当時世界最低の燃費を誇ったリンカーン!チラと見た親父は、光りモンだらけのパンチ君!ハッキシ言ってちょー恐い。

 その日、私達は納戸のサイダーを全部抜いてブチまけるとか何とか、蕩尽の限りをK君の家でやらせてもらったのである。しかし、率先して彼がそーゆーバカをやるのに、何とも薄ら寒いものを感じたのも事実で、何度か同様のことがあってから、私達はだんだん彼との距離を置くようになって行った・・・・・・。

 数年後、彼を襲った運命は、事実ならば冗談のように出来過ぎて、余りに悲惨である。彼は突然中学に来なくなった。夜逃げしたのである。噂では、小さな造船会社を経営していた父親は、倒産させた挙げ句に自殺。下品な例の豪邸は抵当に取られて人手に渡った。確かに空家には、何枚もの貼紙があった。

 ・・・・・・何だったんだ?アイツは?

 性格だけでなく、眼まで近視に乱視に斜視と歪みまくって、全ての豪奢と浪費に倦んだ光を湛えてたK君。色白のカサついてしなびた、老人のような皮膚と華奢な体躯に、狂宴の頽廃を体現してたK君。
 富める者さえもがそれなりの貧しさを引きずっていた時代の、哀しくも滑稽な道化師だった、と一言で切り捨てられない地平に私達は到ってる。なのにだ!

 ・・・・・・地道な努力の結果(笑)、両親は先年一戸建てを購入した。帰ったら、猫足のマニエリスムな形の応接セットが置いてある。私はゾッとした。次に帰ると、ゴテゴテの螺鈿の座卓と、青磁の香炉があった。その後もEギャレまがいのガラスの置物やら何やら、得体の知れない調度は増える一方だ。

 だから目下、親と同居する気は、全く毛頭、無い。

Original1997 Add 2004
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