「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
有閑バーサンのBMW

 雷電海岸は風化と浸食によって出来た急峻な断崖と奇岩の織りなす勇壮な海岸美、とゆーよりはトンネルの大崩落で最近は有名になってしまった。ここより山へ約3km、道内有数の秘湯(と言ってもメジャーだが)雷電朝日温泉はポツンと建っている。ここへ行った時のハナシだ。

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 ニセコの温泉群を丹念に入り倒し、岩内の町で遅い昼食に寿司食ったらこれがバカウマのバカ安!シャリはともかく、ネタが異常にウマかった。「寿司は小樽」と言われるが、ありゃウソだ。結構高いし、そんなにウマくない。札幌のラーメンと一緒のパターンで、名前だけである。寿司は岩内に限る、と独断と偏見で申し上げとこう。

 海岸から大して離れてないので楽勝やと思ってたら、トンでもない大間違い。国道を離れた林道は見事なソロバン道路!当時はまだFFセダンに乗ってた頃なので、腹をガンガン当てながら這うようにして辿り着く。駐車場には4駆ばっかし。平べったいハードトップの4ドアが場違いな感じである。
 そんな駐車場に、当時フルモデルしたての緑のBMW325iが停めてある。私の国産車より一層場違いなのは言うまでもない。品川ナンバーだ。

 一軒宿で電気は自家発電。湯治場というよりは登山ベースの温泉のある山小屋といった雰囲気が強い。旅館の裏にカマボコ屋根の温室みたいな湯屋があって、そこから小径を上がったトコに混浴の小さな露天風呂がある。湯は真っ白な硫黄泉だ。期待に違わぬ素晴らしいロケーションだった。休前日で人が多かったのがタマにキズだが・・・・・・。

 さて、食事の時間になって隣り合わせたのが、例のBMWの持ち主であった。年の頃は70過ぎのバーサンと40前後の息子と称する人物である。

 よく上がって来れましたね。私はもー大変でしたわ。
 やっぱり、ドイツ車は頑丈に出来てましてねえ。これに乗り換えるまでベンツだったんですけど、これもまあ丈夫でした。昔はアメリカのにも乗ったんですが、ダメですね。エンジンが落ちたり(!)雨漏りしたりで・・・・・・。まあ、自動車自体珍しかった時代ですから。

 そこからこのナゾめいた老婦人の、延々と続くクルマ談義は始まったのである。その内容は一々書ききれないが、とにかく外車ばかり乗り継いで10数台目であること。それがハッタリとも思えない位に、詳しく知ってること。持論は「クルマは乗ってナンボ」で、BMWも買って6ケ月だが走行距離は既に2万kmを超えてること。加えて年がら年中、この「息子」と共に温泉旅行に出掛けてること。ちなみに今回の北海道は、出発して約1ケ月になること・・・・・・等々。
 それらが決して金持ちの自慢話に聞こえず楽しく聞けたのは、我ながら不思議だった。

 加えて温泉の知識がハンパではなかった。ハッキリ言って負けた。舌を卷く情報量と体験談の数々はポッと出の私が太刀打ち出来るモノではない。安宿にも詳しいが、高級旅館も良く識ってやがんだ、このババア。年季入っとる。

 こーなると下世話な事だが、この人達の氏素性が気に掛かる。大体考えてもみて欲しい。このクソ忙しい時代に、働き盛りの齢のオッサンが、オカンだかなんだか高級外車に婆さん乗せて、少々のキズやヘコミもお構い無しに日本中を練り歩く・・・・・・こんなに浮世離れしておめでたく、そして奇妙な人達とは一体何なのだろう?
 それとなく聞いてみたが、TV関係の仕事としか分からなかった。

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 ともあれ翌朝、自分の車は後輪がパンクしてた。BMWの方は何ともなかった。ドイツ車はタイヤまで丈夫なんかいな、とかなんとかボヤきながら私は苦労してテンパタイヤに履き替えて温泉を後にした。

 タイヤ交換してくれる店が見つかったのは、結局数十kmも走った寿都の町だった。

Original1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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