「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ジンベイザメを見て死ね

 最初に言っちゃうならば、私は大阪海遊館よりは須磨水族館の味方である。理由はカンタンだ。須磨の方が、・シブい・種類が多い・夏ならイケてるTバックのオネーチャンもついでに鑑賞出来る、からだ。どや!?参ったか!?

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 春の終わりのとある曇り日だった。子供にせがまれて出掛けた海遊館は、相変わらずの盛況ぶりである。
 客はお決まりだ。退屈してる修学旅行生。迷子札みたいなツアーバッチつけた老人団体。はしゃぎ回る遠足のガキ共。それらに階上から階下まで螺旋状に取り囲まれて、巨大な茶筒を思わせる大水槽をジンベイザメは悠々と泳いでいた。彼等には、あれでもまだ窮屈だろう。表に出ると、ヒナ段になった広い中庭の中央辺りに、10人程の人だかりがしてる。野次馬な私は、妻子を放り出して見に行った。

 地べたに爺さんが倒れている。微動だにしない。

 胸に着けてるのは、件の迷子札みたいなバッヂだ。団体の一人に違いない。周囲は同じツアーの客と、まだ若い添乗員。皆、なす術もなく茫然と突っ立ってる。言っちゃ悪いが、パニックに直面して硬直した人間が見せる、特有のアホ面をさらしている。雨がポツポツ降り始めていた。

 やがて救急隊は到着し、ストレッチャーに乗せられるまでの間も、あれこれ懸命の蘇生術は施されたが、爺さんが息を吹き返す様子はなかった。だって救急隊員も、首、横に振ってたもんな。
 添乗員が、爺さんと同じ位に顔面蒼白だったのは、今更言うまでもない。

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 旅の途上で亡くなる事を客死と言う。他人に世話は掛けるし、遺族は降って湧いた事態にオロオロするし、ヘタに資産家ならば遺恨を残すことだって十分あり得る。ホンマ、客死がハタ迷惑な死に方であることには違いない。
 しかし思ったのだ。あの爺さん、あれでものすごく幸福だったのではないか?一目見たかったジンベイザメを、目の当たりにしたのだから。畢竟、観光も快楽の一種だ。その快楽の内でお迎えに来てもらえるとは、他人はともかく本人としては最高の死に方ではないのか?
 少なくとも「失楽園」の主人公の2人よりは(つまり追い詰められた言い訳みたいに、自死の手段をドラスティックにコジツケるよりは)、素直でよろしい。エッチの最中に服毒だぁ〜!?エエカッコすな!ボケーッ!

 私もあの爺さんのように逝きたいものだ。状況は何だっていい。本人が楽しい時に死が訪れる。他人に呆れられ、失笑を買う程に美化しようもないが、その死に方は爽やかだ。

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 先日、出入りの旅行屋が渋面作っていた。訊けば、苦労してプランニングした、フランス・イタリアツアーの行きの機内で、別団体に死人が出て、巻き添えくらって後の予定が無茶苦茶になったのだと言う。パリの初日の目玉、三つ星レストランでのディナーも、空港到着が23時半ではどうしようもない。

 --------・・・・・・で、死んだ人はどないなったん?
 --------ハバロフスクで降ろしてくれへんから、結局パリまで一緒でしたわ。
 --------んで終わりかいな。可哀相に。二人羽織でもして観光に連れてったったら良かったのに。ほれ!「ナポリを見て死ね」っちゅーやんか。
 --------もー、とうの昔に死んでまんがな!!

Original1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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