「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
名剣でキレた

 「高熱隧道」とゆー実録小説がある。吉村昭の作である。人喰いトンネルとまで言われた、黒部ダム建設用の資材運搬トンネルをブチ抜く際の苦労譚だ。その中には、超音速でコンクリの宿舎を引きちぎり、ひと山越えた大岸壁へ叩きつける泡雪崩。余りの地熱に自然爆発するダイナマイト。突如噴出する熱水。落ちたら数秒で心臓麻痺起こす程冷たい渓流の水。等々のニワカには信じ難いような、苛烈な自然の描写が出て来る。

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 ヨタヨタ歩く老人の団体。日傘さしてウロウロするオバハン連中。それらを見てるとここがその舞台とは到底思えない。秋の欅平の駅前には、実にノドカな光景が展開される。日本最後の秘境の一つ、黒部においても自然は、子飼いの骨抜きにされちゃってるんだろうか?

  歩いて約20分、名剣温泉に到着する。道沿いの一軒宿は土産物屋兼食堂でもあり、前には氷水に浸かったラムネがあった。ひっきりなしに観光客が通る。
  入湯料が幾らだったかも、内湯がどーだったかもキレイサッパリ忘れてしまった。多分詰まんなかったんだろう。外は男女別の、綺麗にしつらえられた露天風呂。深い谷の懸崖上にある割りには、木々に覆われて眺望が効かない。
  かつてこの温泉は谷底にあって、それこそ秘湯中の秘湯だったと言われるが、全くその面影は現在、残っていなかった。

  大したコトないのー、こんなん秘湯扱いすんなよ、と上がって様々な感想を思い浮かべ、割り高のジュースを飲んでる所に、遅れて妻も出て来た(当時はまだ結婚前だったけど)。憤懣やる方ないといった顔で、えらい怒ってる。

 --------どないしたんや?
 --------入ったら、若いコ、3人入って来てん。
 --------オマエかてまだハタチやないか。
 --------そらそーやけど、水着、着とったんよ。
 --------え!?男女別々やのにか?ここフロやんけ、アホちゃうんか。
 --------せやろ。当たり前みたいな顔して入って来て、バカにしたみたいに「裸で入るんですかぁ〜?」やて!ホンマ、ハラ立つ。こんなトコまで来んなゆーたろか思たわ。
 --------黒部ゆーてもアカンなー。情け容赦なしにそーゆーアホ来よるからな。これで外国とかやったら、もっとアホさらしとんやろな。

ドアホ女に遭遇してお気の毒に、と言う他ない。相槌を打つしかなかった。

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 同じく吉村作品で「水の葬列」なるのがある。「高熱隧道」での取材を下敷にしたと思われる架空の物語だ。山奥の、時代から隔絶し、因習と掟に閉ざされた落人部落。絶対にヨソ者に心を開かぬ無言の村民。そこにダム建設が始まる。果して立ち退きの金をもらって彼等は山を下り、現代社会に融和する道を選ぶのか?

 ・・・・・・ 断固として実社会との関わりを拒絶するのである。ラストシーン、村中に火を放ち、痕跡を消し去り、家財道具を背負い、雪を頂いた峨々たる山並みを望み、さらに過酷な自然が待ち受けるであろう奥地へと、彼等は深い沈黙を守ったまま消えて行く・・・・・・一種の寓話ですね。

  このひそみに習ったワケではないが、私達は早々に、さらに奥(といってもすぐだけど)、今夜の宿泊地である祖母谷温泉へと歩を進めたのであった。

  そこの素晴らしさについては、別の機会に譲るとして、今日はここまでです。

Original1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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